恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい

文字の大きさ
上 下
2 / 35

2 公爵令嬢に起きた異変

しおりを挟む
「セオドア様が留学して半月も経つわねー。今頃何をしているんだろう。私も外国に行ってみたいなぁ。でも、食事が口に合うか分からないわよね。セオドア様はお元気かしら?」
「身体は頑丈な方です。食べ物の好き嫌いもないですし、きっと元気にやっていますよ。あら? カトラリーがセットされていませんでした」

 お昼休み。私とドロテアは食堂に来ていた。いくら貴族が通う学園とは云え、成績優秀な平民も特待生として通っている。社会に出る前に自主自立の精神を植え付けるためと、テーブルについて給仕をする者はいない。
 注文した品だけでなくナプキンやカトラリーまで全て揃えてくれて提供してくれるが、自身で空いているテーブルまで運び、食事を済ませた後には洗い場口まで生徒が下げる。受け取った時点で気がつけば良かったのだが、ドロテアのお喋りを聞くのに夢中で確認する事を失念していた。

「あら、おばさんが置き忘れたのね。いいわよ、私、今日は朝食を摂る時間がなくて、もう一品食べようかと迷っていたところなの。ついでに取ってきてあげるわー」
「そんな、悪いですから私も一緒に行きます」

 ドロテアは立ち上がりかけた私の肩を押さえ、目を閉じながらかぶりを振った。

「いいから、いいから。慣れない新入生は麗しきモニカ様が通る度に黄色い声を上げて食事どころではなくなるから、モニカは大人しくここで待っていて」
「まあ。逆に迷惑になってしまうのですね。それではドロテアさん、お願いします」

 私が椅子に落ち着いたのを見届けると、ドロテアは素早い身のこなしで注文口に向かった。が、少し右往左往し食堂の職員の方と話しをした後、切なげな表情でカトラリーだけを持って戻って来た。

「どうかしたのですか?」
「栄養分たっぷりそうな物しか残ってなかったの。最近お肉が付いてきたのを思い出しちゃったから、見るだけで我慢することにしたわ。――はい、モニカ様。こちらをどうぞ」

 ドロテアは、大袈裟に悲しそうな顔をしながら小声で秘密を教えてくれた後、今度はおどけて恭しくカトラリーを配置してくれた。

「フフッ。そうだったのですね。ありがとうございました」



 その日以降、食堂で働く人たちは私の注文だけ盛りつけを極端に減らしはじめた。
 公爵家の娘が食堂での食事量に口出しし、浅ましいと捉えられては家にも恥をかかせてしまう。違和感を抱きながらも、私は黙って様子を見る事にした。



「あたしらの作る料理がそんなに不味いなら、食べに来なきゃあいいのにねぇ」
「わたしゃあ、人を顎で使う奴が大嫌いだよ」

 次第に、私が食堂に行って注文口に立つと、食堂の職員の間からそんな囁き声が聞こえるようになった。全く身に覚えがないのだが、どうやら私に向かって放たれている言葉らしい。盛りつけられるランチの量はますます減っていった。
 だが、私は十六歳の食べ盛り。さすがに全部合わせても一握り程度の昼食ではお腹が減って仕方がない。私は練習に励み、さらに上の技術を目指す男性が魔術学校で学ぶ空間収納魔法を身に付け、食堂に行った後に家から持参した公爵家自慢の料理でコッソリお腹を満たしていた。

(学園の食堂も悪くはないけれど、公爵家の料理人の方がやはり腕が良いわ。食堂の料理が不味いって云うのも、あながち間違いじゃないのかも。あ、次は乗馬の授業ね。早く着替えないと)


 急いで乗馬服に着替え終え更衣室を出ると、困惑した顔のドロテアが目に入った。

「ドロテアさん? なにかあったのですか?」
「あのね、月のモノが来たみたい。今からまた着替えないと……。ああ、でもどうしよう。昼休みの内に、図書室に本を返さなきゃいけなかったのに……。間に合わないよー」

 ドロテアの腕には、返す期限がきているらしき本が抱えられていた。

「それなら、私が返しておきますよ」
「ありがとう、モニカ。じゃあ、お願い。その後は先に授業に行ってていいよ」
「分かりました」

 私はドロテアから本を受け取り、着替えの邪魔にならないよう更衣室前を去る。急いで頼まれた本を図書室に返し、そのまま馬屋へと向かった。

「ドロテアさん、早かったですね。大丈夫でしたか?」
「うん……」

 お腹の辺りを押さえて表情を曇らせているドロテアが心配で声を掛けた。

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと!」
「ドロテアさんが本当にお可哀想ですわ」

 何が起きたのだろう……。いきり立つアニーさんに、嫌なモノでも見るような目を向けてくるライザさん。そしてそれを面白そうに眺めるクラスメイトたち。大抵は傍観者だが、クラス全体の雰囲気が悪い。私は何があったのかを聞こうとした――

「集合~! それでは授業を始める」

 しかし、先生が来てしまい皆と話しはできなかった。授業中も俯いて元気がないドロテアが心配だったが、その日なら体調も悪くなるはずだ。

(あまり無理をしなければ良いのだけれど……)



 なんとか乗馬の授業を最後まで乗り切ったドロテアに声を掛ける。

「本当に大丈夫でしたか?」
「うん。でも、念のため家の者を迎えに呼んだの。それまで医務室で休んでいくから、今日モニカは先に帰って」
「分かりました。それなら医務室までは一緒に行きましょうか?」

 青白い顔で力なく微笑むドロテア。

「仰々しいと、男子にばれてしまうから、遠慮する」
「そうですよね……。では、先に帰ります」



 ――翌日――

「ライザさん、アニーさん、おはようございます」
「「……」」

(あれ? 聞こえなかったのかしら?)

 頭をひねるうちに、ドロテアもやって来た。

「おはようございます、ドロテアさん」
「おはよう……」

「ドロテアさん! 早くこちらに来て!」

 眉を吊り上げ、ドロテアの手を引いて私から離れて行くアニーさんたち。困惑したような、脅えたような表情をするドロテア。

「うん……」

 三人は私から距離を取るように、早足で教室の中へと消えた。昨日の乗馬の授業の前から、同じクラスの人たちの私への反応が変わっていた。



 それから、少しずつ少しずつ、ドロテアとも他のクラスメイトたちとも話す機会が減っていった。忌避されているのは分かったけれど、そもそも避けられて無視される理由が思い当たらない。

(自分の身に起きている事くらいは、把握させていただきますか……)

 私はみだりに他人の事を詮索したくはなかったが、食堂での件もある。自分の話題の時だけは会話の内容を把握出来るようにと、読唇術と集音魔法を練習し身につけた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

コワモテの悪役令嬢に転生した ~ざまあ回避のため、今後は奉仕の精神で生きて参ります~

千堂みくま
恋愛
婚約を6回も断られ、侍女に八つ当たりしてからフテ寝した侯爵令嬢ルシーフェルは、不思議な夢で前世の自分が日本人だったと思い出す。ここ、ゲームの世界だ! しかもコワモテの悪役令嬢って最悪! 見た目の悪さゆえに性格が捻じ曲がったルシーはヒロインに嫌がらせをし、最後に処刑され侯爵家も没落してしまう運命で――よし、今から家族のためにいい子になろう。徳を積んで体から後光が溢れるまで、世のため人のために尽くす所存です! 目指すはざまあ回避。ヒロインと攻略対象は勝手に恋愛するがいい。私は知らん。しかしコワモテを改善しようとするうちに、現実は思わぬ方向へ進みだす。公爵家の次男と知り合いになったり、王太子にからまれたり。ルシーは果たして、平穏な学園生活を送れるのか!?――という、ほとんどギャグのお話です。

捨てられ令嬢、皇女に成り上がる 追放された薔薇は隣国で深く愛される

冬野月子
恋愛
旧題:追放された薔薇は深く愛される 婚約破棄され、国から追放された侯爵令嬢ローゼリア。 母親の母国へと辿り着いた彼女を待っていたのは、彼女を溺愛する者達だった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました

天宮有
恋愛
 魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。  伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。  私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。  その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...