6 / 10
6 マクシムの画策
しおりを挟む
14年間の外遊から帰り、兄の公務を手伝っていた俺は、ある日、兄から相談を受けた。
「王女も生まれたことだし、今後、女性騎士の活躍の場が増えるだろう。女性騎士の定着率を上げたいが、そなたに頼めないか?」
確かに、毎年行われる入団試験では、必ず数名の女性が合格している。だが、10年以上も前に入団した者が、たった1名残っているだけだ。
俺は、状況を把握するため、騎士団に向かった。
始めは、彼女が他の女性をいびり、女性たちが辞めていく理由の1つにでもなっているのかとも考えていた。
しかし、その浅はかな想像は、如何に愚かだったかと、すぐに後悔した。
団長のオレノから聞き取りをすると、大抵の新人女性団員は、1年も経たず結婚をして辞めていくと言われた。どうやら、その一点だけが早期退団の理由らしい。
総団員数の100分の1程度しか、女性が入って来なければ、男所帯の騎士団では取り合いになるだろう。
まして、難関の騎士試験に合格した優秀な女性なら、男は黙って指をくわえて見ていない。
結婚すれば、相手の男は団を辞めさせるだろう。気持ちは分かる。惚れた女が、男に囲まれた場所にずっといるのは許せない。
だから早々と子が出来る前に、結婚と同時に女性たちは辞めてしまう。
子どもが出来れば、生み育てる女性はいずれ退団する。遅かれ早かれの話なら、尚更早く辞めさせるだろう。
後はこちらで対応を考えるだけだ。『方針が決まったらまた来る』と言って、俺は団長執務室を出た。
オレノ団長の話は、ある程度予想していた通りだったので短時間で済んだ。一切話題に上がらなかった女騎士は、どんなゴリラ女かと、ふざけた考えが湧いていた。
時間もまだあるし、冷やかすような気持ちで、俺は第4師団を覗きに行った。
無造作に1つにまとめられてはいるが、薄い青色の髪が風を優しく含み、しなやかになびく。少しつり上がり気味の同じ空色の瞳が、意思の強さを感じさせた。
鍛えられた身体は白く伸びやかで、思わず咽がごくりと鳴った。天の色を纏い、空から舞い降りて来た女神がいるのかと見紛う程、美しい女がそこにいた。
彼女が、他の第4師団の騎士が連れて来た魔物に、何か語り掛けていた。魔物の毛を撫で、花が綻ぶような笑みを浮かべる彼女は、慈愛に満ち溢れ、この世の全ての生命を慈しむかのようだった。
完全に一目惚れだった。彼女が他の女性をいびる? ゴリラ? この歳になってまで、俺はどこまで浅慮なんだ。彼女の事がもっと知りたくなり、再び団長執務室に駆けこんだ。
「考えが変わった! やはり先ほどの件は、私自ら潜入調査する!」
俺は、そうオレノ団長に宣言していた。オレノは多少困惑していたが、紛れ込みやすい入団試験から潜入をした方が良いと、手筈を整えてくれた。
新人訓練の合間に彼女のことを観察していると、どうも気になる事があった。
他の4つの師団長が交代で、彼女の周りをうろついている。彼女を知るのと同時に、彼らのことも調べていると、色々と分かって来た。
新人の中には、彼女を口説こうとする者もいる。当然だろう、年齢が10程度離れていようが、彼女の強さと美しさは本物で、惹かれないわけがない。
***
「俺、テレーズ師団長のところに行って来る!」
そう言って休憩中、意気揚々と彼女の元に向かった奴の後を追うと、第1師団のミカエルが奴に声を掛けた。
「聞こえていたぞ。お前は騎士団に何をしに来たんだ? テレーズの後を追い回すためか?」
奴はまだ、生真面目だったのだろう。すごすごと、休憩をとる新人の輪に戻って行った。
***
ある者は、仕事終わりに彼女を誘おうと待ち伏せし、第3師団のエミールに捕まった。
「どうしたのかなー? まさかテレーズを誘おうなんて、大それたこと考えないよねー?」
「そ、そんなこと、私の自由ではありませんか?」
「ふうん? 反抗的だね、君。体力があり余ってるみたいだから、僕と居残り訓練だねー」
ズルズル引きずられて行った男は、エミールの魔法から逃げ回るだけの訓練を、夜更けまでさせられていた。
***
当然、人の好みはそれぞれだ。性別や年齢だけで、彼女を馬鹿にする者もいる。
「何で女が、師団長やってんのかな? しかもオバサンだぜ?」
そう言った男は、盛大に第2師団のテオドールから拳骨をくらっていた。
***
「行き遅れんとこの訓練楽勝だぞ! テイムする魔物を探す振りして、ずっと昼寝してた!」
その男は次の第5師団の訓練後、人相が変わっていた。ああ、確か正式に、第5師団に配属されたな。
彼女が結婚しないでいてくれた理由を掴めた気はしたが、念のため団長執務室に向かいオレノから話を聞くと、やはり『テレーズを陰日向になって守る会』なるふざけたものを作り、師団長達が活動していた。
しかし、彼らには感謝した方が良いのか。彼らのお陰で、こうしてテレーズと出会うことが出来たのだから。
**********
やっと最後に、第4師団での訓練遠征だ。他の師団長の目が届かないうちに、彼女との距離を縮めておかねばならないな。
「ちょっと、あなた? どうしてそんな、『今から強盗殺人でもします』って、恰好しているの?」
初めて彼女に話しかけられた。少しでも師団長らしく、威厳があるようにと演じているのか、透き通るような声なのに、わざとすごむように話すのも可愛らしい。
そのまま、森に入った彼女をつけていると、ユニコーンに付き纏われているではないか……。
まさか……! 彼女の身体は綺麗なままなのか!? 何ということだろう! 男のロマンが詰まっているではないか!! クラクラする……。
だが今は、涙ぐむ彼女を助けなくては!
「ねえ。色々と事情があって、大変な事になるから、この事は言わないで欲しいんだけど……」
可愛いお願いだ。只々聞いてあげたくなるが、この機会は無駄にしない。そそくさと逃げようとする彼女に、名前を覚えてもらい、俺のところで預かるユニコーンの名前を付けさせる。
これで接点が出来た。『ユニ』とは安直過ぎだが、そんな分かりやすさも可愛いな。
「ねえー。俺はどう? 取りあえず、お試しで付き合ってみようよー」
「ええーでもー。まだ、研修期間も終わってないしー」
腕まくりをし、ジリジリとカスに近づいていく彼女と、彼女の見張り担当のテオドールより先に、俺が動く。
カスが私の容姿を不細工と言って来たので、彼女に勘違いされても気分が悪い。
カスも一緒の女も頭は良くなさそうだし、彼女はずっと第4師団だ。王城内で私の顔を見る機会はなかっただろう。テオドールは真面目な男だ。間違いなく私のことを口外しない。
バサリと身体に身につけていた黒い布を取る。女の反応が面倒だったが……。
脇の方から息を飲む気配がする。彼女も驚いたことだろう。自慢ではないが、外遊中は他国の王族や貴族のご令嬢から、引っ切り無しにお声がかかった。女性に好まれる顔であることは理解している。
女をハッキリとした態度で拒絶すると、カスナタンと女が逃げて行った。しかし胸糞悪い。彼女を貶めるとは。
怒りはなかなか治まらないが、まずは、その様子を眺めていた彼女に声を掛ける。
「かばってくれてありがとう。でも、マクシムって、もっと冷静なタイプに見えたんだけどね」
冷静なタイプに見えると言われてしまった。俺の想いの丈を知った時、果たして同じような評価を彼女は出来るのかな? 彼女が去った後、木陰に潜んでいたテオドールを呼ぶ。
「出て来い。テオドール」
「まさかマクシミリアン様が、このようなところにいらっしゃるとは……」
「『守る会』とやらのメンバーには他言無用だ。俺から顔を出すまでは、第2師団の騎士達にも伝えるな」
「……かしこまりました」
「テレーズは俺が貰う。それならお前たちも安心だろう? お前も早く休め」
「……」
テオドールにそう言って釘を刺す。複雑そうな顔をしていたが、テオドールは既婚者だ。純粋にテレーズを見守っているだけで、他のメンバーより私の言うことを納得しやすいだろう。
カスナタンがインプを使って、俺の肉に『マモノコロリン』をかけて来た。救いようのない奴だ。
様子見していると、彼女がやって来た。ミカエルを伴って来たのは面白くなかったが、俺を心配して助けようとしてくれているのが嬉しくて仕方ない。
簡単にボロを出したナタンを、『守る会』のメンバーが連行して行くが、彼女はインプを森に返しに行くと言う。本当に優しい女性だな。
彼女を『守る会』のメンバーも、ナタンの聴取に行ったところだ。夜の森に1人で行かせるわけにはいくまい。後を追い、声を掛けると驚かせてしまった。
確かに暗殺者か犯罪者だな。テオドールに正体を明かしたのだ、ここらで動いてみるか? 待ち合わせをして会えないか頼んでみると、初心な反応を見せながらも了承してくれた。たまらない……。
セルジュを待ち合わせ場所に遣わし、今か今かと、彼女の到着を待った。
薄っすらと化粧をし、真新しい服に、整えてきたらしい髪型。俺に会うため、いつもより頑張ってくれたかと思うと抱きしめたくなる。
私が王弟で、今は王位継承権を放棄し、臣籍降下した公爵であることを伝えると、驚きはしたようだが、冷静に受け止めていた。
しかし、騎士団の新人訓練に潜入することはもう止めろと言われてしまった。自分でも馬鹿なことをしていると分かってはいるが、まだまだ彼女のそばにいたい。
「ああ。でも……」
良い案を思いついた。思わず笑いがこぼれてしまう。
早速、王の執務室に向かい、女性騎士団の創設と彼女の団長就任、そして自分が副団長になる旨を伝えた。
女性騎士を増やすためにも、女性騎士団を創設する事は承諾されたが、俺が副団長になることは反対された。
「私が兄上を立て、王にするため、14年間も外国に行ってやったことをお忘れですか? お陰で私は貴族連中から、放埓王子と揶揄されているみたいですが?」
兄は俺に甘い。渋々だが副団長就任も承諾した。兄を急かして王命による任命文書を書かせ、その足で騎士団長オレノに会いに行った。
オレノは頭を抱えながらも、団長・師団長会議で決めていた新人騎士の配属先を変更した。団長執務室に3名の新人女性を呼び、女性騎士団の団員になることを伝えると、戸惑ってはいたが、全員が納得した。
そうして俺の計画通り、彼女が女性騎士団長に就任した。その日は儀式が終われば休みのようなものだ。打ち合わせを口実に彼女を昼食に誘い、『守る会』の見張りが交替する隙に、2人で街に出た。
昼食だけで帰す気はサラサラない。飲み始めさえすればこちらのものだ。彼女の気質なら、俺に注がれれば注がれただけ飲もうとするだろう。
例え彼女がどんなに酒に強い質でも、俺が先に潰れることはない。無理強いは決してしないが、周囲に知らしめる事実が必要だ。
真面目なテオドールが、決まった時間に登城するのは把握済みだ。まずはテオドールをこちらに引き入れよう。
後は、俺の実力でゴリ押せるはずだ――
「王女も生まれたことだし、今後、女性騎士の活躍の場が増えるだろう。女性騎士の定着率を上げたいが、そなたに頼めないか?」
確かに、毎年行われる入団試験では、必ず数名の女性が合格している。だが、10年以上も前に入団した者が、たった1名残っているだけだ。
俺は、状況を把握するため、騎士団に向かった。
始めは、彼女が他の女性をいびり、女性たちが辞めていく理由の1つにでもなっているのかとも考えていた。
しかし、その浅はかな想像は、如何に愚かだったかと、すぐに後悔した。
団長のオレノから聞き取りをすると、大抵の新人女性団員は、1年も経たず結婚をして辞めていくと言われた。どうやら、その一点だけが早期退団の理由らしい。
総団員数の100分の1程度しか、女性が入って来なければ、男所帯の騎士団では取り合いになるだろう。
まして、難関の騎士試験に合格した優秀な女性なら、男は黙って指をくわえて見ていない。
結婚すれば、相手の男は団を辞めさせるだろう。気持ちは分かる。惚れた女が、男に囲まれた場所にずっといるのは許せない。
だから早々と子が出来る前に、結婚と同時に女性たちは辞めてしまう。
子どもが出来れば、生み育てる女性はいずれ退団する。遅かれ早かれの話なら、尚更早く辞めさせるだろう。
後はこちらで対応を考えるだけだ。『方針が決まったらまた来る』と言って、俺は団長執務室を出た。
オレノ団長の話は、ある程度予想していた通りだったので短時間で済んだ。一切話題に上がらなかった女騎士は、どんなゴリラ女かと、ふざけた考えが湧いていた。
時間もまだあるし、冷やかすような気持ちで、俺は第4師団を覗きに行った。
無造作に1つにまとめられてはいるが、薄い青色の髪が風を優しく含み、しなやかになびく。少しつり上がり気味の同じ空色の瞳が、意思の強さを感じさせた。
鍛えられた身体は白く伸びやかで、思わず咽がごくりと鳴った。天の色を纏い、空から舞い降りて来た女神がいるのかと見紛う程、美しい女がそこにいた。
彼女が、他の第4師団の騎士が連れて来た魔物に、何か語り掛けていた。魔物の毛を撫で、花が綻ぶような笑みを浮かべる彼女は、慈愛に満ち溢れ、この世の全ての生命を慈しむかのようだった。
完全に一目惚れだった。彼女が他の女性をいびる? ゴリラ? この歳になってまで、俺はどこまで浅慮なんだ。彼女の事がもっと知りたくなり、再び団長執務室に駆けこんだ。
「考えが変わった! やはり先ほどの件は、私自ら潜入調査する!」
俺は、そうオレノ団長に宣言していた。オレノは多少困惑していたが、紛れ込みやすい入団試験から潜入をした方が良いと、手筈を整えてくれた。
新人訓練の合間に彼女のことを観察していると、どうも気になる事があった。
他の4つの師団長が交代で、彼女の周りをうろついている。彼女を知るのと同時に、彼らのことも調べていると、色々と分かって来た。
新人の中には、彼女を口説こうとする者もいる。当然だろう、年齢が10程度離れていようが、彼女の強さと美しさは本物で、惹かれないわけがない。
***
「俺、テレーズ師団長のところに行って来る!」
そう言って休憩中、意気揚々と彼女の元に向かった奴の後を追うと、第1師団のミカエルが奴に声を掛けた。
「聞こえていたぞ。お前は騎士団に何をしに来たんだ? テレーズの後を追い回すためか?」
奴はまだ、生真面目だったのだろう。すごすごと、休憩をとる新人の輪に戻って行った。
***
ある者は、仕事終わりに彼女を誘おうと待ち伏せし、第3師団のエミールに捕まった。
「どうしたのかなー? まさかテレーズを誘おうなんて、大それたこと考えないよねー?」
「そ、そんなこと、私の自由ではありませんか?」
「ふうん? 反抗的だね、君。体力があり余ってるみたいだから、僕と居残り訓練だねー」
ズルズル引きずられて行った男は、エミールの魔法から逃げ回るだけの訓練を、夜更けまでさせられていた。
***
当然、人の好みはそれぞれだ。性別や年齢だけで、彼女を馬鹿にする者もいる。
「何で女が、師団長やってんのかな? しかもオバサンだぜ?」
そう言った男は、盛大に第2師団のテオドールから拳骨をくらっていた。
***
「行き遅れんとこの訓練楽勝だぞ! テイムする魔物を探す振りして、ずっと昼寝してた!」
その男は次の第5師団の訓練後、人相が変わっていた。ああ、確か正式に、第5師団に配属されたな。
彼女が結婚しないでいてくれた理由を掴めた気はしたが、念のため団長執務室に向かいオレノから話を聞くと、やはり『テレーズを陰日向になって守る会』なるふざけたものを作り、師団長達が活動していた。
しかし、彼らには感謝した方が良いのか。彼らのお陰で、こうしてテレーズと出会うことが出来たのだから。
**********
やっと最後に、第4師団での訓練遠征だ。他の師団長の目が届かないうちに、彼女との距離を縮めておかねばならないな。
「ちょっと、あなた? どうしてそんな、『今から強盗殺人でもします』って、恰好しているの?」
初めて彼女に話しかけられた。少しでも師団長らしく、威厳があるようにと演じているのか、透き通るような声なのに、わざとすごむように話すのも可愛らしい。
そのまま、森に入った彼女をつけていると、ユニコーンに付き纏われているではないか……。
まさか……! 彼女の身体は綺麗なままなのか!? 何ということだろう! 男のロマンが詰まっているではないか!! クラクラする……。
だが今は、涙ぐむ彼女を助けなくては!
「ねえ。色々と事情があって、大変な事になるから、この事は言わないで欲しいんだけど……」
可愛いお願いだ。只々聞いてあげたくなるが、この機会は無駄にしない。そそくさと逃げようとする彼女に、名前を覚えてもらい、俺のところで預かるユニコーンの名前を付けさせる。
これで接点が出来た。『ユニ』とは安直過ぎだが、そんな分かりやすさも可愛いな。
「ねえー。俺はどう? 取りあえず、お試しで付き合ってみようよー」
「ええーでもー。まだ、研修期間も終わってないしー」
腕まくりをし、ジリジリとカスに近づいていく彼女と、彼女の見張り担当のテオドールより先に、俺が動く。
カスが私の容姿を不細工と言って来たので、彼女に勘違いされても気分が悪い。
カスも一緒の女も頭は良くなさそうだし、彼女はずっと第4師団だ。王城内で私の顔を見る機会はなかっただろう。テオドールは真面目な男だ。間違いなく私のことを口外しない。
バサリと身体に身につけていた黒い布を取る。女の反応が面倒だったが……。
脇の方から息を飲む気配がする。彼女も驚いたことだろう。自慢ではないが、外遊中は他国の王族や貴族のご令嬢から、引っ切り無しにお声がかかった。女性に好まれる顔であることは理解している。
女をハッキリとした態度で拒絶すると、カスナタンと女が逃げて行った。しかし胸糞悪い。彼女を貶めるとは。
怒りはなかなか治まらないが、まずは、その様子を眺めていた彼女に声を掛ける。
「かばってくれてありがとう。でも、マクシムって、もっと冷静なタイプに見えたんだけどね」
冷静なタイプに見えると言われてしまった。俺の想いの丈を知った時、果たして同じような評価を彼女は出来るのかな? 彼女が去った後、木陰に潜んでいたテオドールを呼ぶ。
「出て来い。テオドール」
「まさかマクシミリアン様が、このようなところにいらっしゃるとは……」
「『守る会』とやらのメンバーには他言無用だ。俺から顔を出すまでは、第2師団の騎士達にも伝えるな」
「……かしこまりました」
「テレーズは俺が貰う。それならお前たちも安心だろう? お前も早く休め」
「……」
テオドールにそう言って釘を刺す。複雑そうな顔をしていたが、テオドールは既婚者だ。純粋にテレーズを見守っているだけで、他のメンバーより私の言うことを納得しやすいだろう。
カスナタンがインプを使って、俺の肉に『マモノコロリン』をかけて来た。救いようのない奴だ。
様子見していると、彼女がやって来た。ミカエルを伴って来たのは面白くなかったが、俺を心配して助けようとしてくれているのが嬉しくて仕方ない。
簡単にボロを出したナタンを、『守る会』のメンバーが連行して行くが、彼女はインプを森に返しに行くと言う。本当に優しい女性だな。
彼女を『守る会』のメンバーも、ナタンの聴取に行ったところだ。夜の森に1人で行かせるわけにはいくまい。後を追い、声を掛けると驚かせてしまった。
確かに暗殺者か犯罪者だな。テオドールに正体を明かしたのだ、ここらで動いてみるか? 待ち合わせをして会えないか頼んでみると、初心な反応を見せながらも了承してくれた。たまらない……。
セルジュを待ち合わせ場所に遣わし、今か今かと、彼女の到着を待った。
薄っすらと化粧をし、真新しい服に、整えてきたらしい髪型。俺に会うため、いつもより頑張ってくれたかと思うと抱きしめたくなる。
私が王弟で、今は王位継承権を放棄し、臣籍降下した公爵であることを伝えると、驚きはしたようだが、冷静に受け止めていた。
しかし、騎士団の新人訓練に潜入することはもう止めろと言われてしまった。自分でも馬鹿なことをしていると分かってはいるが、まだまだ彼女のそばにいたい。
「ああ。でも……」
良い案を思いついた。思わず笑いがこぼれてしまう。
早速、王の執務室に向かい、女性騎士団の創設と彼女の団長就任、そして自分が副団長になる旨を伝えた。
女性騎士を増やすためにも、女性騎士団を創設する事は承諾されたが、俺が副団長になることは反対された。
「私が兄上を立て、王にするため、14年間も外国に行ってやったことをお忘れですか? お陰で私は貴族連中から、放埓王子と揶揄されているみたいですが?」
兄は俺に甘い。渋々だが副団長就任も承諾した。兄を急かして王命による任命文書を書かせ、その足で騎士団長オレノに会いに行った。
オレノは頭を抱えながらも、団長・師団長会議で決めていた新人騎士の配属先を変更した。団長執務室に3名の新人女性を呼び、女性騎士団の団員になることを伝えると、戸惑ってはいたが、全員が納得した。
そうして俺の計画通り、彼女が女性騎士団長に就任した。その日は儀式が終われば休みのようなものだ。打ち合わせを口実に彼女を昼食に誘い、『守る会』の見張りが交替する隙に、2人で街に出た。
昼食だけで帰す気はサラサラない。飲み始めさえすればこちらのものだ。彼女の気質なら、俺に注がれれば注がれただけ飲もうとするだろう。
例え彼女がどんなに酒に強い質でも、俺が先に潰れることはない。無理強いは決してしないが、周囲に知らしめる事実が必要だ。
真面目なテオドールが、決まった時間に登城するのは把握済みだ。まずはテオドールをこちらに引き入れよう。
後は、俺の実力でゴリ押せるはずだ――
94
お気に入りに追加
1,116
あなたにおすすめの小説

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。
夏
恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。
初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。
「このままでは、妻に嫌われる……」
本人、目の前にいますけど!?
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる