猫が鼠を追う理由~五百年も想われていたなんて、神様の愛は激甘です~

めもぐあい

文字の大きさ
上 下
5 / 9

5 休息

しおりを挟む
 明け方の淡い光りに照らされたなばりの地は、息を呑むほどに幻想的だ。

 周囲を囲む青山には、梅、桃、杏の花が彩りを添え、春の優しい風にのって花びらと芳香が里へと舞い降りる。
 これから多くの作物を育む農地は丁寧に耕され、色濃くなった土が夜露を含んでテラテラと輝き、山裾の眺望が良い場所には、壮大な寝殿造の建築物や、質実剛健とした武家屋敷が建てられていた。

 日本の原風景と歴史的な建造物を一度に眺めた由良は、感嘆の声をあげる。

「とても綺麗な所ですね」

「一概には言えねぇよ」

 にべもなく五百枝いおえに返されたが、興奮気味の由良は、直ぐさま別の方向を前足で指し示す。

 中央になだらかに広がる平地には、しっかりと整備された幅広の道が敷かれ、両脇にはびっしりと建物が連なっていた。

「一番賑わっているのはあの辺りですか?」

「そうだな」

「では、最初に行って情報を集めるのはあそこですね?」

「まあな」

 会話を試みれば、ポツポツとだが五百枝は返答をくれる。

「他の干支守えともりの皆さんに会うのも、隠の地を見られるのも楽しみです」

『能天気な未通女おぼこじゃな』

 はしゃぎ過ぎた由良は、生成きなりに小馬鹿にされた。煩わしそうに五百枝が付け足す。

「ここには黄泉や現し世のことわりからはずれた奴が、好き勝手して暮らしてんだ。観光気分はやめろ」

「すみません」

「あとさ、ニニギみてぇな堅っ苦しい喋りはやめてくんないか? 思い出すわ」

「あ、すみま――ごめん。これから気をつけるね」

 会話が途切れ、五百枝と生成は黙々と歩みを進める。五百枝の肩から彼の横顔を覗き見たが、怒ってはいなさそうで由良はホッとした。

「なんだ?」

「ううん。連れていってくれてありがとう」

「ああ」





 商店が並ぶ大通りでうしもりについて尋ねると、すんなり情報が手に入った。
 この先に続く、紅蛍べにぼたると呼ばれる歓楽街で店を出していると教えられ、その足で向かう。

 紅蛍に入ると一軒一軒の店構えは小さくなり、奥まった方に目を向ければ、複雑に入り組んだ路地が見えた。店の看板やらごみやらが雑多に溢れ、すえた臭いもしてくる。

「裏通りには一人で入るなよ。隠での死は魂の死だ。黄泉に行けず消え去るぞ」

「うん」

 どんな場所でも、生き物が集まって暮らせば『裏側』はできるのだろう。この美しい隠の地も例外ではない。
 教えて欲しい事は山ほどあったが、先ず、単刀直入に分かりやすく、危険を説明をしてくれた五百枝に由良は感謝した。

「まあ、その店が大通り沿いなら安全だろう」

 軒下の看板を確認しながら、人気のない歓楽街を行く。

「早くに来てしまったかな?」

「誰かしらはいるだろ」

 朝一でやって来たので、この時間店は閉められている。

「五百枝はここによく来るの?」

「いや。最後に呑み来たのは五十年くらい前だな」

 五百枝は一体いくつなんだろうと聞いてみたい気持ちはあったが、干支守ではない五百枝がただ迷い込んでここに住み着いたのか、それとも黄泉に行かなかった理由があるのか、まだ出会ったばかりで尋ねるのははばかられた。

「そうなんだ。あ、あそこにオジサンが居るよ」

 丑の守は有名らしく、あっさりと目星がついた。

「丑の守? ああ、きっと和美かずみさんだ。紅蛍の中ででかい牛を飼っているからな。それに、ちょっと前に隠に来たって言ってたしよ。間違いねえと思う」

 昨晩飲み過ぎちまってと、井戸から汲み上げた水をガブガブ飲みながら、気の良さそうなオジサンが教えてくれる。

「店の名前は『すなっく和美』ってえんだ。ちょっと行った右手にあるぞ」




 オジサンの言う通り探し、程なくしてお店の場所は確認できた。
 だが、やはり和美さんは不在だったので、夕方頃に出直すことにした。

「眠い……」

 由良はある程度眠ってからここに来たが、五百枝は鼠を追い掛けだした生成を捜索し、ずっと眠っていなかったのかもしれない。申し訳ない思いで五百枝を見上げる。

「五百枝、大丈夫?」

「買い物をしたら、一旦家にもどる」

「うん」

 商店街まで戻り、いかにも老舗という雰囲気の店の暖簾を、五百枝は由良に当たらないようめくった。

「いらっしゃいませ」

 入った店にはずらりと反物が並べられていて、ここでも由良はうっとりして声をあげそうになり、生成に睨まれてしまう。

「仕立て済みの物はあるか? こんくらいの女が着るんだが」

 五百枝は自分の胸先で、地面と水平にした手のひらをブラブラする。

「このあたりでしたら、全部丁度良いですよ」と案内された先で、五百枝が迷わず指をさした。

「じゃ、こいつと、合う細めの帯と草履を貰おう」

 勘定をして足早に店を出ると、五百枝が由良に小声で囁いた。

「あんたの好みを知らねぇから、取り敢えずこれで我慢しろ」

「えっ!? 私のだったの? でも、私、お金を――」

「金なら腐るほどある。気にすんな」

 まさか自分の着物とは思っていなかったので、由良は面食らった。
 ただ、返せるお金もなければ、パジャマしかないのも心許なかったので、素直に礼を述べる。

「ありがとう……。大切にする……」

 鴇色ときいろに桜文の可愛らしい着物の一揃えが、由良が五百枝から受けとる初めての贈り物となった――



 それから飯屋に入り、馴染みらしい五百枝は品書きにはない握り飯や惣菜を作らせ、「器はそのうち返す」とテイクアウトまでした。

「生成の魚が冷めないうちに帰るぞ」

「ナ~オン」

 商店街の大通りから一本入ると、ズラリと長屋が並び、長屋住まいの子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる。微笑ましく感じながら街中を抜けると、小さいながらも戸建てが増えてきた。

「家はここから近いの?」

「すぐそこだ。由良が人形ひとがたに戻るうまの刻前には着く」

「じゃ、ゆっくり休める時間はあるね。良かった。五百枝もしっかり眠った方がいいもの」

 不馴れな時刻に戸惑いながらも計算し、由良は満面の笑みで五百枝に伝えた。

「ははん。お前もしかして、俺を襲う気か?」

「えっ?」

『五百枝様……』

「真に受けんな生成」

「なっ! 違うよ! ずっと付き合って貰って、申し訳ないと思ってただけだって!」

「……。冗談が通じねぇのばっかだな……」


 賑わう中心地から少し離れた場所に、五百枝の暮らす家がある。古井家ふるいけ住宅を改装した室内は物が殆ど置かれておらず、寂しいほどこざっぱりとしていた。

(掃除がしやすそうだね)

 五百枝と言う男の生活が垣間見え、自分の物差しで測るのはよろしくないと、由良はプラス思考で考えてみた。

「ボサッとしてないで食えよ。食わなくとも死んだりしないが、食欲はあるんだろう? 檜皮の身体で食ったって、なんも問題ないはずだ」

「そっか。ここは世界なんだ……」

「ああ。皆、人間みたいだが、違うんだ」

 遠い目をした五百枝に、なぜか悪い事をしてしまったような気がして、由良は悲しくなる。
 でも、この状況を、隠に来たことを、けしてマイナスには捉えたくなかった。

「うん。でも、私の魂は変わらないんだよね。なら、ちょっとした環境の変化だよ。慣れればいいだけ。人間だって、生きていれば歳をとるし、いつか黄泉に行くんでしょう? でも魂は――心は変わらないもの」

「そうか。そうだな。――食ったら寝るぞ」

 五百枝は一瞬瞠目したが、握り飯を口一杯に頬ばってあっという間に咀嚼し、敷いた布団にゴロンと横になった。
 本当に疲れていたのだろう、五百枝は深く眠ったため、時折歯と歯を合わせるカチリとした音がする。
 生成も五百枝の足元の方に、早々と潜り込んでしまった。

 白銀に煌めく睫毛が長い。ゆるゆると動く唇がおかしくて、由良はフフッと吹き出しそうになる。相変わらず整っているが、起きている時よりずっと幼く見えた。

(ずっと見てられる)

 そっと布団に上がり、五百枝の体温で温められた場所に陣取る。由良も仮眠程度だったので、またもや眠気がやって来た――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...