三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

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第二部 三流調剤師と約束

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……え、えええええ。約束って、それ!?

『ずっとラグナルだけだって約束する』確かにその約束のほうが記憶に新しい。けど私が想定したのは別のものだ。

「違うから! と、とりあえず落ち着こう」

 ラグナルの体の下から抜け出そうともがくが、あっさり腕をとられ動きを封じられてしまう。

「あの、ラグナル? 座って話を……」
「嫌だ」

 冷静に話をしようとかけた言葉に、鮸膠も無い答えが返ってくる。

「い、嫌だって言われても……」

 がっちりと掴まれた腕は全く動かない。おまけに重なった体に苦しくない程度に体重をかけられては、抵抗は不可能だった。

「あ、の、皆、待ってるから。キーランもウォーレスもルツもノアも心配してっ……え?」

 間近で注がれるラグナル視線が険しくなり、私は言葉に詰まった。

「ノアのところへなど行かせるものか!」

 吐き出すように言うラグナル。
 ――もしかして、記憶が混濁してる!?
 約束をした直前の会話を思い出して、血の気がひいていく。

「ち、違う、行かない」
「一年間……俺が遠ざけられていた間、あいつがずっと側にいたかと思うと、腸が煮えくり返る」

 ラグナルは憎々しげにそう言ったれど、その声は怒りよりも悲しみが勝っていた。

「……ごめん」

 今回のことで思い知った。姿を消した大切な相手を探す辛さを。

「ごめんね。信じられなくて……。私、自信がなかった。ずっと逃げ道ばかり探してた。勝手に消えてごめん」

 ラグナルは何度も想いを伝えてくれたのに。
 自分が傷つくのを恐れて私は逃げたのだ。

「でも、もう逃げないから」
「本当に?」
「本当に」

 微笑んで言えば、ラグナルの顔がほんの一瞬、泣きそうに歪められる。

「イーリス……好きだ。二度と離れない」

 黒い瞳が近づく。銀の髪が額に落ちた。かと思うと唇にかさついた柔らかいものが押してられる。
 触れるだけの口付けは長く続かなかった。

 ――!?

 焦れたように唇を突くものにびくりと体がこわばる。
 ここで、この状況でこれ以上は無理だ。何より、皆が心配して待っている。

「っっらぐ」

 名前を呼ぼうとするのは悪手だと、すぐに気付かされる。開いた隙間から口内に熱が侵入した。

 ――!!!???

「ちょっ……」
「……まっ」
「やっ、っ」

 途切れ途切れに言葉を紡ごうとするが、そのたびにより深く、より容赦無く、責め立てられる。
 酸欠なのか、それとも他のなにがしかの作用なのか、頭が真っ白になる、という経験をした。
 力が全く入らなくなったころ、ようやくラグナルが顔を離す。
 黒い瞳からは怒りも悲しみも消えていた。代わりに占めるのは確かな欲望の色。

「好きだ。ずっと俺だけを見ていろ」

 ラグナルは、はあと荒い息を吐き出すと、また唇を押し当てる。
 私の頭はとっくに思考を放棄していた――


「一応聞いておきたいんだが、合意のうえか?」

 ――!!!!!!??????

 何度目かのパニックに襲われる。

「判断に困るんだが」

 呆れたような声。
 私は慌ててラグナルを押しのけ、体の下から這い出る。

「うぉ、ウォーレス、これはあの、違って、ほんとに、ちょっとした行き違いで、なんか、こうなって」

 身振り手振りで誤解を解こうと……いや、言い訳をしようとすると、背後から腕が巻きついた。首に息がかかり、濡れた音がする。

「わあああぁぁぁぁぁあ!! いい加減、目を覚まして! 白狐! 傷つけないように服を引っ張って、引き離して!」

 白狐はできる奴だ。
 ラグナルの黒い上着に破る勢いで噛みついてひっぱり、ようやく体が離れる。
 私は袋から丸薬を取り出すと、ラグナルの口の中に放り込んだ。

「魔力回復薬、飲んで! すっごい苦いからね!」

 ケジケジ青虫。あれは火にかけると苦味がでる。日持ちは改良されたけれど、味は最低に改悪された薬である。
 熱に浮かされるようだった瞳にやっと理性が戻る。

「正気に戻った?」
「ずっと正気だ」

 いやいやいや、正気な人間が人前でいちゃつこうとするかね!?

「ノアを止めて俺が来て良かったぜ」

 ウォーレスがにやにやと笑いながら言う。
 穴があったら入りたいとはこのことだ。とっくに穴の中にいるけども。
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