三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

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第二部 三流調剤師と大罪

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 ノアが耳を塞いでしきりにラグナルに話しかけている。キーランは無駄だと悟ったのか、ウォーレスとルツと輪になって話し始めた。
 ラグナルはそんな周囲の反応などまるで御構い無しに黒魔法を放ち続けていた。
 力技でどうにかしてしまおうとするあたり、さすが激情型のダークエルフ……
 けど、ラグナルでもこの遺跡を壊すのは無理そうだ。階下では轟音が響いているのだろうに、ここは静けさに包まれている。
 些か引いてしまったが、段々と不安が頭を擡げる。
 ラグナルには時の支配の印が残っている。黒魔法を使いすぎれば、彼に待ち受けるのは逆行と消滅。
 3割は魔力を残す、という約束をちゃんと覚えているだろうか。
 はらはらしながら黒魔法を放つラグナルを見下ろし、首をかしげる。
 あれ? あのとき、ちゃんと答え聞いてないような気がする。

『イーリスの許可がないと俺は黒魔法を使えない』とかなんとか言って話が流れてしまっていたはずだ。

 ――もしかして、約束成立してない!?
 俄然焦りが湧く。
 ――ど、どうにかして止めないと!
 でもどうしたら。いくら床を叩いてもビクともしないのはわかった。
 一斉に、階下の皆が驚いた顔で天井を見上げた。
 キーランは剣の柄に手をかけ、ウォーレスがルツの腕をひき、胸の中にかばう。
 ノアは耳を塞いだままぽかんと口を開けていた。
 かと思えば素早くその場を飛び退り、キーランたちの側に立つとスタッフを構えた。
 ただ一人、ずっと変わらず黒魔法を放つラグナルの真っ黒な服に、ぱらぱらと細かな塵が落ちる。

「あら、まさかメルタサイト石にヒビでも入ったの? あの男、ずっと碌に魔力を使えなかったはずなのに、腐っても魔力馬鹿のダークエルフってことかしら」

 メルタサイト石なる石の名は聞いたことがなかった。しかし私の知る他のどの石よりも硬いのだということは分かる。
 リュンヌはため息をついた。

「それにしても、天井が崩れたらどうしようって考えないのかしらね。本当にあの種族ときたら直情すぎて呆れちゃう」

 たしかに、崩壊でもしたら魔力切れで逆行の前に生き埋めになる。
 さらに悪いことに、ほど近くで聞き覚えのある音がした。
 まさかと、顔を上げて、血の気が引くのを感じた。
 また一体、狒々神が階下へ運ばれようとしていた。
 いくらラグナルの魔力が甚大だろうが、キーランたちの剣の腕が優れていようが、限界は遠からずくる。
 切れ味が鈍った剣をふるうウォーレスが担った右の羽は、もう半分も切り離せていない。
 キーランでさえ二度剣を振るわねばならなかった。
 ラグナルは……角を切ると、黒魔法で頭を吹き飛ばしていた……。
 抜き身の黒剣を持ったまま、またも天井に向かって黒魔法を放ち始めるラグナル。

『魔力の無駄遣い』

 口の動きでノアがそう言い放ったのがわかる。
 私の身を案じてくれているがゆえの行動なのがわかっているから、こんな風に思うのは申し訳ないけれど……脳筋すぎる。

 ――温存して! いざとなったらラグナルが頼りなんだから。お願いだから魔力を温存してー!

 激情型で、黒魔法ジャンキーで、19歳で……様々な要因が、彼をちょっぴり思慮のかけた行動に走らせるのだろうか。
 狒々神がこれほど大量にいるとは、想像がつかないのもあるだろうけど。
 それにしても、どうしたらいいのだろう。
 私は臍を噬む。
 あの時、狒々神の死体に近づかなければ、もっとちゃんと行動できていれば……。
 顔を上げて、部屋の中を見渡す。パッと見て、扉らしきものは見当たらない。そもそもこの部屋から出られても彼らの元にたどり着ける保証はない。
 狒々神が送り込まれるのを止める術もない。
 私は横目でリュンヌを見た。
 無表情で階下を見下ろしていたリュンヌが、視線に気づいたのか顔をあげる。

「なあに?」

 リュンヌは自身を監視者であり守護者であると言った。守護といっても、助力を焦がれて聞き届けるようなものでないのは明らかだ。本来、魔神や魔女は人間が近づくべき存在ではない。
 それでも請わずにはいられなかった。もう、他に方法がない。

「リュンヌ、お願いです。貴女の力で、彼らを助けていただけませんか。それが無理なら、どうか私を階下に下ろしてください」

 リュンヌは嬉しそうに微笑んだ。

「どっちもお断りね。私は彼らを助けるために力を使ったりしない。貴女が助ければいいのよ」

 私は黙って、リュンヌを見つめる。

「支配の解除を願いなさい」

 やっぱり。
 そう言われると思っていた。

「しかし、たとえ支配がとけて、魔力が……印術が使えるようになったとしても、仲間を助けられるとは限らないと思うのですが」

 階下に戻る方法も、狒々神をこの場に留める方法もわからない。

「随分と謙遜するのね。力が戻れば、直接手を触れなくても、ここにいる全ての狒々神を支配下におけるはず」

 ……私は息をのんだ。
 かつてのイーは誰にも悟られることなく、全ての生物の中でもっとも印に影響を受けにくいとされる人間に、容易く印術を施し意のままに操ったと聞かされて育った。
 その強大な力を恐ろしいと思った。
 だが想像以上だったようだ。
 数十体の狒々神を支配下におくなどと……
 体が震えた。武者震いではない。恐怖からだ。

「驚くことなんてないでしょう? 貴女は――魔人の血をひいているのだから」

 びくりと、一層大きく体が震えた。

『ラートーンの罪の子』

 そう耳元で囁かれたときから、彼女には全てお見通しなのだと分かってはいた。
 けど、そのことに触れてほしくなかった。

「東の魔人は印術が大の得意。子々孫々、永遠に受け継がれるだなんて、桁外れな呪を貴女たちに刻んでいるじゃない。そのラートーンの血を引く貴女に、高々ここにいる狒々神を支配下におくだなんて単純なことが出来ないと思って?」

 耳を塞いでしまいたい。
 ラートーンとの血の繋がりの話など聞きたくない。
 リュンヌはラートーンの罪の子といったけれど、正しくは違う。トヨ・アキーツがなした罪の子だ。
 魔人や魔女は代替わりをする。
 死ぬと、全く新しい個体となって生まれ変わる。成人なら成人のまま、少女なら少女のまま。そして、数日から数年かけて以前の記憶を引き継ぐ。
 イーの祖、トヨ・アキーツ。彼女は類稀な先見の力を持っていた。
 魔人の死と再生を知った彼女は、復活の地を見出し、こともあろうか誕生したばかりの魔人ラートーンと関係をもった。
 見た目は成人でも、まだ以前の記憶は絶対に継いでいなかったと断言できる。記憶があれば魔人が人と交わるなんて愚を犯すはずもない。
 もうね、いくら復活場所がわかったからって、人知を超える畏怖すべき存在に自ら近くとか、完全に頭がおかしい。
 挙句の果てに、生まればかりの無垢な魔人をだまくらかして寝るとか。

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