三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

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第二部 三流調剤師と大罪

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 ご丁寧なことに階段にも光石は設置されていた。天井ではなく両側の壁に一列に並んでいる。
 背後で聞こえる壁の動く音に急かされて、皆は走って階段を降りた。百段までは数えていたけれど後は覚えていない。
 階段を降り切ると、まばゆい光に包まれる。

「なんだ、これは……」

 ウォーレスが呆然と呟く。
 そこは四方を光石で囲まれた、だだっ広い空間だった。天井は低い。ラグナルが背伸びをして手を伸ばせば届くだろう。
 ガランとした部屋の全てが発光している。
 眩しさに目を細めながら、私はラグナルの腕を軽く叩いた。

「ラグナル、ありがとう」

 ようやく地に降ろされる。
 棒術の才はなかったけれど、特別運動神経が悪いわけではない。里にいたころは、一人で蔵書を読むか、一人で山に分け入って遊ぶか、という寂しい生活を送っていたので、それなりに動けると思っていた。それがロフォカレに所属して、鍛えられたキーランやウォーレスの身のこなしを目の当たりにし、さらには術師であるルツとノアの姉弟までもが魔獣討伐において華麗な体配りを見せるものだから、すっかり自信を失っていた。そこにきてラグナルだ。
 ――私が自分で動くより、抱えられていたほうが早いってどういうこと。
 お荷物感に落ち込む。
 そんな私の隣でルツが途方にくれた顔をしていた。

「ルツ、術は?」
「ありません」

 キーランに聞かれルツが答える。その声にはかすかに震えていた。

「さっきもなかったんです。ずっと、水脈を超えてからは何も感じない。なのに……」

 罠は作動した。
 ノアが左手をあげる。

「僕もわかんなかった。仕掛けが作動してもね。イーリスは?」
「同じく何も」

 術の気配が読み取れない。
 その事実に誰もその場を動くことができない。一歩先に罠が仕掛けられているかもしれないのだから。

「八方塞がりだな」

 ウォーレスが「参った」と言って天を仰ぐ。
 唯一の救いは壁が動く音が止んでいる点だろうか。

「上の様子を見てくる。皆はその場で待機だ」

 そう言ってキーランは階段を上っていった。
 彼が戻るのを最後の一段に腰掛けて待つ。

「明後日はアガレスの番だっけ? ここに僕たちがいるって気づくと思う?」

 各ギルドは一日置きに遺跡の探索に入る。情報、地図を共有し、戻らないチームがあれば、救出に向かう手筈になっていた。

「無理だろうなあ。なんせ道が塞がっちまってる……くそっ」

 ウォーレスは額に手を当て俯いていた。悪態は自分に向けてだろう。

「ちょっとウォーレス落ち込まないでくんない。らしくなくて気持ち悪い」
「そうですよ。己を改めるいい機会だと思えばいいじゃありませんか。ホルトンに戻ったらそろそろ身を固めるのもいいかもしれませんよ」

 多分、魔術師姉弟はウォーレスを激励したつもりなんだと思う。ノアはキーランには尊敬を、ウォーレスには親しみを抱いているし、ルツも家族のようにウォーレスの酒癖、女癖の悪さを心配している。
 ――でもルツ、それ逆効果だから!
 ノアはいい。彼が天邪鬼なのは皆がよく知っている。
 問題なのはルツの発言だ。キーランはルツに惚れている。領主の城にいるときから……いや、狒々神戦のときからなんとなく感じていたが、この一年で確信に変わった。女遊びで培った手練手管を本命には発揮できない。なかなか拗らせている。
 顔を上げたウォーレスはなんとも情けない顔をしていた。

「ホルトンに帰ったらウォーレスの奢りだね。ラグナルめいっぱい食べよう」

 おどけて言うと、ウォーレスがさらに眉を下げる。

「そりゃないぜ。ラグナルとキーランの胃袋を満たそうと思ったらいくらかかることやら。こうなったら、お宝を見つけて帰らんとな」

 ウォーレスはパンと両手で頬を叩いた。
 見計らったようにキーランの足音が聞こえて、がっしりとした体躯が見える。

「上はどうにもならんな。わざわざ罠の発動と同時に階下に降りる階段が姿を現した。この部屋に導かれたと考えるのが妥当だろう」

 皆の視線が何もない部屋に向けられる。

「この石のどこかに何かしらの仕掛けがあると見るべきか?」
「時間経過って次の罠が作動するって可能性もあるんじゃない?」

 ウォーレスとノアが意見を出し合う。

「まずは石に仕掛けがあるか探るとしよう。手前から順にだ。ルツ、イーリスはそのまま待機。ウォーレスは俺のあとに。ノアとラグナルは二人を守ってくれ」

 キーランの指示のもと、皆が動く。
 待機のルツとノアもスタッフやワンドを構えて臨戦態勢だ。
 ラグナルは黒剣に手をかけている。

「ラグナル、黒魔法の許可を先に出しといていい?」
「わかった」

 私たちのいる階段を背に立つラグナルに尋ねるとあっさり頷いた。
 ――あれ? これってこの先ずっと許可しますって言っとけばいいんじゃない?

「ああ、一生分先出しはなしだ。遺跡を抜けるまで、だな」

 一段、高い場所にいるとラグナルと目線がほぼ同じになる。いつもは見下ろしてくる黒い目が眼前で眇められた。
 ――なぜばれた。
「やだなぁ、そんなこと考えてないよ」とごまかすと、ラグナルの目がますます疑わしいといいだけに鋭くなる。
 普段からやや人相の悪いラグナルに凄まれると、かなりの迫力だ。
 つつっと視線を外す。と、なぜか横目でこちらを睨んでいたノアと目があった。

「こんな状況でいちゃつけるとか、余裕だね」

 いちゃついてはいない、と思う。

「ノアやめさなさい。イーリスもラグナルも今は物音一つ逃さないようにしなければ」

 ルツの正論に皆は一斉に黙った。
 術の探知ができない以上五感を総動員しなければならない。
 キーランとウォーレスは一つ一つの石を慎重に確かめていた。
 それは気の遠くなるような作業だった。
 二人が調べるのを、口を噤んでひたすら待つ。
 やがて、床、壁、天井。全てを調べ終わった二人が戻ってきた。
 どこにも仕掛けは見つからなかったのだ。

「重量という可能性もあるな」
「鞘で殴って衝撃を与えるのは?」
「魔力を流してみるのはどうでしょう?」
「案外階段じゃない?」

 キーラン、ウォーレス、ルツ、ノアが次々と意見を出すなか、私はレリーフの絵柄について考えていた。
 魔術師が持っていた短杖、もし、あれが印術師の使うワンドなら?
 ――まさか。ありえない。
 そう思うものの、だとしたらあのおかしな構図の説明がつく。
 あれは、狒々神を支配し使役する印術師の図だったのではないだろうか……
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