三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

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第二部 三流調剤師と真紅の印

02

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「ああ、戻りましたか。思っていたより早かったですね」

 ラグナルの顔を見るなり、ゼイヴィアはそう言った。
 ……それってラグナルが戻ってくると端から予想してたってこと?
 オーガスタスの背後で、控えめに壁際に佇むゼイヴィアを信じられない思いで見つめていると、隣からチッと舌打ちの音が聞こえた。

「余計な手間をかけさせてくれたな。おかげで1年間駆け通す羽目になった」
「あ、あのラグナル。もう少し穏便に……」

 ロフォカレの皆が私を庇った訳を理解していると言っていたのに、なぜ喧嘩腰なんだ。ロフォカレに所属したいのではなかったのか。

「それで、どうしますか? 虚偽の証言をした我々を殺しますか?」
「安心しろ。お前らは殺さないと約束している」

 約束しといて良かった。本当に良かった。

「では今日はどういった要件で?」

 ラグナルの対応に肝を冷やす私とは反対に、ゼイヴィアは淡々と質問を続ける。

「ロフォカレに所属したい」

 この話の流れで、自信たっぷりに言い切れるその神経が分からない。
 ラグナルの返事を聞いて、ゼイヴィアはオーガスタスに伺いを立てるような眼差しを送った。
 執務机の椅子に腰掛けて、にこやかな笑顔を浮かべていたオーガスタスは首を傾げる。

「人間嫌いのダークエルフが、人間のギルドに所属を希望するとはねえ。一人でもやっていけるだろうに、わざわざうちに入る理由はなんだね?」

 静かな問いかけに、ラグナルは束の間、逡巡する様子を見せた。

「人間の世界の慣習に疎いことは自覚している。ここで生活する以上、無用な軋轢をうみたくはない。……これで理由になるか?」

 ――本当に大人になった。
 私はしみじみと隣に立つラグナルを眺めた。
 少し前の言動と合っていない気もするけれど。

「なるほど。うちはかまわんよ。ダークエルフが所属しているギルドなんて、世界中探し回ってもうちぐらいだろうねえ」

 オーガスタスは楽しそうに口元を綻ばせた。

「それで、どうするね。高額の魔獣依頼を振り分ければいいかね? それともキーランのチームに入ってイーリスと共に遺跡にもぐるかね?」

 ぴくりとラグナルの眉が動く。

「キーランのチームに、イーリスが?」

 そう言うとラグナルはどういうことだと言わんばかりに、私をじろりと見下ろす。

「えーと、色々あって……」

 一年前にゼイヴィアから持ちかけられた通り、私は金の契約印をみなと結んだ。表向きは調剤師としてロフォカレに所属し、キーランのチームに入って共に遺跡に潜っている。
 遺跡探索チームに調剤師? と首を傾げられることも多いが、これが結構、調剤師としての仕事もある。
 裂傷にしろ熱傷にしろ、早くに治療を始めるにこしたことはない。応急手当ての域は出ないが、治療を始めるのが早ければ早いほど、その後の傷の治りがぐんとよくなるのだ。
 今ではロフォカレを真似て、調剤師を伴うチームもちらほら出はじめた。
 反対に予想していたより解呪師としての仕事はなかった。
 突っ走って呪にかかったノアに解呪を施したのが二度。古代の騎士を模した像にかけられた呪を解いたのが三度。これだけだ。
 遺跡に潜るのだから当然以前より危険はある。しかしホルトン屈指の実力を誇るロフォカレのナンバーワンチームの皆に守られて、命の危険を感じたことはない。それでも足を引っ張っているのは確かなので、せめて護身術でも身につけようと思ったのだが……。同じく棒術を本格的に習得しはじめたノアについていったところ、一日目にして、周囲の人間が危ないと止められた。オーガスタスやキーランにも、それよりも調剤師としての技術を高めるべきだと言われ、遺跡探索のない日は、ロフォカレお抱えの調剤師に師事している。
 以前、灰熊獣の目玉から点耳薬を作った薬剤師だ。
 遺跡探索が毎日あるわけもなく、この一年間、私の生活はほぼ調剤師としての腕を磨くことに費やされていた。
 これで収入は大幅に増えたのだから、ロフォカレ様様である。
 掻い摘んで経緯を話すと、ラグナルはオーガスタスを睨みつけた。

「俺もキーランのチームに入れてもらおう。脆弱な魔力しか持たない人間の守護などあてに出来ないからな」

 一々上からなのはどうしてなのか。
 大人になったラグナルは人間の世界の常識や思慮を身につけたと同時に尊大さもプラスされたらしい。
 ラグナルはちらりと私に視線を落としてから、付け足すように口を開いた。

「約束を果たす前に死なれては困る」

 大きくなったらいっぱい稼いでくれるというあの約束のことだろう。
 意識を失う間際の一方的なものなのに、しっかりカウントされているのは遺憾である。

「もちろん、それでいいとも。君が仲間になれば彼らも心強いだろう」

 オーガスタスは横柄なラグナルの態度を気にする様子も見せず頷いた。
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