三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

文字の大きさ
上 下
44 / 122
三流調剤師と初恋

44

しおりを挟む
 街へ行く許可はあっさり下りた。護衛をつけるという申し出を、ノアが鼻で笑って断ったため、私たちは四人で街に続く街道を歩いていた。
 四人――キーランとノアとラグナルと私である。ゼイヴィアとウォーレスは調べたいことがあると城に残り、ルツが付き添ったのだ。
 昨日は「俺からなるべく離れるな」モードに陥っていたラグナルだが、今日は妙によそよそしい。
 理由は誠に遺憾ながら、そういうことなのだろう。
 だからひょっとして街へは降りず、城へ残るんじゃないかと思ったのだが、当然のように隣にいる。
 ――無理についてこなくてもいいのに。
 なにせ街についたらあの約束が待っている。どうするのだろう?
 そっと横顔を伺うと、視線を感じたのか、振り向いたラグナルと目が合った。
 黒い瞳を驚きに揺らめかせ、さっと目線を外す。足元の小石を二つ三つ蹴飛ばし、またちらっとこっちを見て、私がまだラグナルを見ていたことに気づくと、眉間を寄せた。

「なに見てんだよ」

 そうして憎まれ口を叩く。……頬を染めて。
 ――重症だ。
 私は頭を抱えたくなった。彼の中で何がどうなって恋心なんてものに繋がってしまったのか。
 とはいっても多感な時期だ。このころの恋情は、後々になってみれば流行病にかかったようなものだったと理解するはずである。ましてや朝になれば、一気に成長しているラグナルのこと。明日には気持ちが、どう変化しているか分からない。
 私は「ごめん、なんでもない」とだけ呟いて前を向いた。
 眼下に広がるのは城の南側一帯を占めるヘリフォトの街。領主のお膝元だけあって、遠目にも活気にあふれているのが分かる。
 四方にそれぞれ大門が設けられ、街の中心部に向かって大通りが伸びており、中央には城郭に守られた、かつての領主の居城が聳えていた。数代前の領主が、丘の上に新たに城を築いてからは、多種多様なギルドの拠点となっているとか。
 城郭の周囲には色とりどりの天幕がひしめき合い、大勢の人でごった返している。
 ノア曰く、街は大きく四つの区画に区切られている。
 北部は領主の血縁など、領地を持たない貴族や富裕層の住む街区。東部は商業地。西部には小さな家々が所狭しと密集し、南部には人の欲望が詰め込まれている。つまり歓楽街だ。如何わしい店から健全な店まで、それとなく区分されながら、軒を連ねている。一番活気があり、一番治安のよろしくない場所でもあるらしい。
 資産家の住居も、商業施設も、ギルドも、子供には見せられない店も、そうでない店も、全てがごった煮状態のホルトンの街と、どちらが治安に難があるだろうか?
 城から伸びた街道沿いにある、北の大門が使えるのは本来なら貴族や一部の富裕層のみだ。しかし、周壁から外に向かって張り出すように作られた半円形の外堡バービカンで、渡されていた通行証を見せると、すんなり通される。
 門から見える街並みは整然としていた。チリ一つ落ちていない美しい大通りの両端には街路樹が等間隔に植えられ、その間には夜になれば灯されるのだろう、光球による街灯が設置されている。
 人気はなく、声を出すのも憚られるほどひっそりとしていた。

「手、だせよ」

 門を潜る寸前、ラグナルが手を差し出す。
 私は無言でその手をとった。同じくらいの大きさになった手は、しっとりと汗ばんでいたが不思議と不快感はない。
 ――意外と、あっさり。
 今日のラグナルは、手を繋ぐのを恥ずかしがると思ったが、平気そうだ……といのうは早合点だった。
 唇を引き結び、しかめっ面で前を見据えるラグナルの顔が、歩くたびに上気していく。
 富裕層の居住区を抜けて、人通りの多い東街区に入る頃には耳まで赤くなっていた。
 おかげで、褐色の肌に朱を差したダークエルフの少年に手を引かれて歩く、どこにでもいそうな女。というわけのわからない構図が出来上がっている。
 すれ違う人々がまずラグナルの尖った耳に気づいてぎょっとし、次に手を引いている人物を見て首を傾げ、最後には意味ありげな笑みを浮かべて去っていく。
 完全に罰ゲームである。
 先頭を歩いていたノアが振り返り、思いっきり顔を引きつらせた。

「罰ゲームでもしてるの?」

 やめて、余計なことは言わないで、私も思ったばかりだけど!
 驚くことに、ラグナルは反発を顕にすることなく、繋いでいない方の手で顔を覆って俯いた。赤面している自覚があるらしい。
 そんなラグナルを一瞥し、ノアは小さく息を吐く。

「馬鹿らし……。イーリス、香石出して」
「え?」

 この近くに調香師の店があるのだろうか? 辺りを見回すと「ほら、早く」と急かされる。
 私は袋から布に包んだ龍涎石を取り出してノアに渡した。

「これは僕が売ってくるから、イーリス達は適当にうろついててよ。じゃあ、キーラン、半刻後に」

 言うなりノアはローブのフードを被り、背を向けた。その姿はあっという間に雑踏に紛れてしまう。
 ……てっきり一緒に調香師に会いに行くと思っていたのに。

「あれはイーリスが思っているより、この辺りじゃ珍しい。一介の調剤師がそうと分かる類のものではない」

 ノアが消えた方角を眺めていると、キーランが隣に並んだ。彼はラグナルの惨事を見ても顔色一つ変えない。いつもながらその強靭なメンタルには驚かされる。

「一部の調香師が、お抱えの冒険者に探させて、貴人に献上する。調香師も冒険者も、あれの見た目や見つかる場所を秘匿していてな。そうやって値を保っている」

 私が見た龍涎石は、依頼人から兄に進呈されたものだった。几帳の影で、滅多に市場に出回らない珍品であることや、おおよその値段を聞いた。てっきり彼は裕福な商人だとばかり思っていたが調香師か貴族だったのかもしれない。

「若い女が異国の地で調剤師をしているというだけで訳ありだと皆が思う。身元を悟られたくなければ、もっと気を配るべきだったな」

 そう言ってキーランはにやりと笑った。彼には珍しい表情だ。

「イーリスは慎重なように見えて、実は楽観的な考えをするだろう?」
「……キーランは優しげに見えて、実は辛辣ですね」

 何気に兄の言葉より厳しい。
 睨みつけるように半眼で言えば、今度はクッと声を上げて笑う。

「まあ、俺はイーリスの身元は分からないし、特段探ろうとも思わない。だがノアは気付いて、隠すべきだと判断したのだろう。心配ならルツに相談してみるといい。場合によっては他言せぬよう印を刻んでくれるかもしれんぞ」

 本気なのか冗談なのか、キーランは私の肩をぽんと叩いた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)
恋愛
「俺の妃になって欲しいんだ」  従兄弟として育ってきた憂炎(ゆうえん)からそんなことを打診された名家の令嬢である凛風(りんふぁ)。  実は憂炎は、嫉妬深い皇后の手から逃れるため、後宮から密かに連れ出された現皇帝の実子だった。  自由を愛する凛風にとって、堅苦しい後宮暮らしは到底受け入れられるものではない。けれど憂炎は「妃は凛風に」と頑なで、考えを曲げる様子はなかった。  そんな中、凛風は双子の妹である華凛と入れ替わることを思い付く。華凛はこの提案を快諾し、『凛風』として入内をすることに。  しかし、それから数日後、今度は『華凛(凛風)』に対して、憂炎の補佐として出仕するようお達しが。断りきれず、渋々出仕した華凛(凛風)。すると、憂炎は華凛(凛風)のことを溺愛し、籠妃のように扱い始める。  釈然としない想いを抱えつつ、自分の代わりに入内した華凛の元を訪れる凛風。そこで凛風は、憂炎が入内以降一度も、凛風(華凛)の元に一度も通っていないことを知る。 『だったら最初から『凛風』じゃなくて『華凛』を妃にすれば良かったのに』  憤る凛風に対し、華凛が「三日間だけ元の自分戻りたい」と訴える。妃の任を押し付けた負い目もあって、躊躇いつつも華凛の願いを聞き入れる凛風。しかし、そんな凛風のもとに憂炎が現れて――――。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...