三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

文字の大きさ
上 下
43 / 122
三流調剤師と初恋

43

しおりを挟む
今朝方のルツの「あらあら、まあまあ」視線を思い出す。
 あの時は、身内――従姉妹あたりの寝起きのだらしない姿を見てしまったがゆえの照れだと、そう思った。
 しかし、今の反応と皆の言葉を聞き、どう受け止めていいか分からなくなる。
 もし、仮に、ラグナルが恋心を抱いているのなら……
 どうしてそうなったと声を大にして言いたい!
 腹ペコの彼に食料を分けたから? 体を洗って世話をやいたから? それとも抱きしめたから? そもそも森で彷徨っていたのを拾ったのがいけなかったのか?
 なにか切っ掛けがあったのだとしたら、そこまで時間を巻き戻してやり直したい。

「どうしました? イーリス。顔色が優れないようですが」

 ルツは振り返って驚いた顔をした。
 どうしたもこうしたも。

「初恋って、冗談ですよね?」

 そうだと言ってくれ。

「それ以外の何に見える」

 キーランがあっさり、私の望みを否定する。

「随分と初心な反応でしたね」
「唇に触れられただけで真っ赤になって逃走だからな」

 ゼイヴィアが淡々と述べれば、ウォーレスは先ほどの様子を思い出すように目を細めて、にやりと笑った。
 ちなみにノアは、「ムカつく」発言をしたすぐ後に「あいつ、一人になんなって言ってんのに」と悪態をつきながらラグナルを追いかけていった。

「あの……初恋だと何か問題が? 微笑ましい光景でしたが」

 よほど私の顔色が悪かったのか、ルツが心配気に問いかける。

「ラグナルはダークエルフですよ」

 しかも今は普通の状態じゃない。
 何がいけないか分からないと言いたげに首を傾げるルツ。私はそんなルツの肩に掴みかからんばかりの勢いで力説した。

「想像してみてください。記憶を失い森で迷っている自分を拾ってくれた人がいるとします。心細くてひもじくて、最初はその人が天の助けに見えたかもしれません。でも、その人は、汚れたままベッドに上げたくないからって理由で、裸にして盥に突っ込み丸洗いしたあげく、一緒に寝るのを強要して、朝方には温石がわりに抱きついてくるんです。それでも、最初に助けてくれたという刷り込みから、その人に懐いてしまう。でも、ある時、記憶が戻って愕然とするんです。そいつが、かつて自分が毛嫌いしていた、性悪でケチの脂ぎったエロオヤジだったと気づいて! ここに恋愛感情なんてものまで入ったら……どろっどろの負の感情しか残らないと思いませんか!?」

 おお、想像するだに恐ろしい。おまけにそいつは、二つ名を改悪し、パンツの趣味を貶し、行動を制限する約束を取り付けたりしているのだ。

「待て、イーリスさん。その仮定だと、イーリスさんが脂ぎったエロオヤジってことになるんだが」

 ウォーレスが話に待ったをかける。

「ダークエルフが人間に対して持つ忌避感を、置き換えたまでです」

 きっと、まだぬるい。

「確かに、再会してからのラグナルには、以前はなかった人間に対する反感のようなものを感じますね」

 頷くゼイヴィアだったが、「ですが」と話を続ける。

「以前、落盤事故に巻き込まれ、記憶を失った人夫の話を聞いたことがあります。その人夫は記憶が戻ったときに、記憶喪失だった期間の記憶だけがごっそり抜け落ちていたそうです」

 そんなパターンもあるのか……。それだとラグナルは恥ずかしい黒歴史を記憶から抹消でき、私も万々歳になる。
 ――でも、忘れられてしまうのは寂しいな。
 ふとそんな考えがよぎり、私は必死でそれを打ち消した。憎悪されるよりましなはずだ。

「これだけ毎日でかくなってりゃ、体は近いうちに元に戻りそうだが、記憶だけ戻らないってこともあり得ないか? まだ何も思い出してないんだろ?」

 ウォーレスが腕を組んで考え込む。

「体も記憶も心も、かつての状態に戻ったとしても、イーリスを慕い続ける可能性もあるだろう」

 キーランの声はどこか呆れを含んでいるように聞こえた。

「それは……」

 そうであれば、私は嬉しいのだろうか?
 闇夜に舞う月の精(笑)と手を繋いで街を歩いたり、あのボロ屋で暮らす様子を想像……してみようとしたけれど、無理。全く想像できない。シュールすぎる。

「何れにせよ博打ですね。目が出てみないことにはなんとも」

 ゼイヴィアがそう言って話を締めたとき、遠くにラグナルとノアが戻ってくる姿が見えた。

 その後、ラグナルとウォーレスが剣を合わせるのを見学し、昼食となった。
 石造りの重厚な城は、防衛上の理由で一階には殆ど窓がない。長机の置かれた食堂は昼でも人工の灯りが欠かせなかった。
 長机の上に置かれた燭台に、白いタイを締めた給仕の男性が灯りを灯していく。
 魔術師による光球の灯りがあるから、必要ない気もするが様式美というやつなのだろう。

「あの、昼から街に出てもいいですか?」

 順に運ばれる料理に舌鼓を打ちながら私はゼイヴィアに尋ねた。
 龍涎石を売りに行きたいのだ。今後の予定を考えると、少しでも手元に資金を確保しておかないと、割と真面目に路頭に迷う。

「何か用事が?」
「りゅ……」
「観光。城に籠っててもやることないしねー。いいんじゃないの? 僕も行きたい」

 龍涎石を売りに。そう言いかけた私の言葉をノアが遮った。

「ねえ、そこの人。もちろんいいよね? 僕ら監禁されてるわけじゃないんだし」

 なぜ給仕に許可を求める。
 ウォーレスのグラスに葡萄酒を注いでいた男性の手元がぶれ、ガチャンと音を立てた。

「申し訳ございません。すぐに確認してまいります」

 礼をすると、男性は足早に部屋から出て行く。
 私は説明を求めて、ノアを見た。しかしノアは私の視線を意に介さず食事を続け……何も聞けずに昼食の時間は終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...