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三流調剤師と森の落し物
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「は? ゼイヴィア? 早くない?」
ノアが素っ頓狂な声をあげる。そりゃそう思うよね。
救援を呼びに行く、という建前で逃したラグナルは、どう考えてもまだ森から出られてもいないはず。
なのにゼイヴィアの背後にはスタッフや弓を構えた大勢の冒険者の姿があった。
「話はあとです。術者で一斉に捕縛を展開。次に弓を射て動きを鈍らせます。キーラン、とどめはまかせますよ。キーラン? 狒々神から距離を……聞いていますか? キーラン」
――これは……キーラン、聞こえてないな。
モッキの葉の耳栓ではあの轟音は防げなかったようだ。どうしたものかと思ったが、キーランはゼイヴィアの両サイドで弓を構えた人々の姿を見て、さっと身を翻し適度な距離を保つ。
耳栓の時といい、察しのいい人だ。
この間も大勢の術者によって次々に捕縛が仕掛けられていた。ルツも参加している。ノアも術を編み始めた。
よくよく見れば捕縛を展開する術者は、冒険者だけではなかった。街兵の姿もあれば、街人っぽい人々もいる。今朝、朝食を食べに行った飯屋の親父さんも混じっていた。
捕縛を使えるものを集められるだけ集めてきたという感じだ。
術者の素養のある人間にとって捕縛は決して難しい術では無いらしい。捕り物の際にも使われるとてもポピュラーなものだ。ただし一人の術者が止められるのは、どれほど強力な力を持つ魔術師でも人間一人程度。それも数秒から数分。
馬などの大型の動物にかけようとしても、膠が足にくっついたかな? 程度の抵抗力しか生み出せないとか。
魔獣には、それこそごく薄い氷が張り付いたとか、藁が一本引っかかったぐらいにしか効かない。
それを人海戦術でなんとかしてしまおうというのが、対狒々神戦の骨子だ。
角がある状態の狒々神を相手にするとなると三桁の術者を率いたなんて記録もある。
今いる術者は寄せ集めの二十五、六人程。それでも満身創痍に近い狒々神には十分だったようだ。
狒々神の動きがゼンマイ仕掛けのからくり人形のようにぎこちないものに変わる。動きの鈍った狒々神に矢が射掛けられた。腕を皮膜を足を腹を、無数の矢が切り裂き貫く。
ゼイヴィアがさっと右手を払うと矢の雨は止み、次の瞬間にはキーランの剣が狒々神の首に食い込んでいた。
胴から切り離され、川面に落ちる狒々神の首。赤い布を晒したように川下が血に染まっていく。
ラグナルを逃がすために時間を稼ぐのでさえあれほど苦労したというのに、あっという間だった。
――そういば、ラグナルは?
「ゼイヴィアさん! ラグナルと会いませんでしたか?」
ゼイヴィアに駆け寄って尋ねる。
「ああ、彼ならそこに」
そう言ってゼイヴィアが示した先には、意識を失った状態で大柄の冒険者に抱えられているラグナルの姿。
「ええ……? あの、無事……なんですよね?」
ぱっと見は傷も何も見当たらないけれど、ゼイヴィアに会って安心して気が抜けたとか?
「オーガスタスに会って救援を呼ぶといって聞きませんでしたので、気絶させました。一人で街に帰すわけにもいきませんので」
ゼイヴィアに会ったのに、わざわざオーガスタスに?
なぜそんなことを……と考えて、彼と交わした会話を思い出した。
『オーガスタスに事情を話して救援を要請して』
確か私はそう言ったはずだ。もしかして、私との約束を忠実に守ろうとした?
「彼は少し足りないのではありませんか?」
何が。とは口にせず、呆れた口調でそう言うと、ゼイヴィアは狒々神の死体を検分しに行ってしまう。
私はぐったりとしたラグナルの前に立ち尽くしていた。
思えば『黒魔法を使っていい?』とわざわざ許可を求められた時点で、ひっかかりは感じていたのだ。
オーガスタスは言っていたでは無いか。
『人は平気で嘘をつき、約束を破るが、彼らは違う。己の言葉や信念を何より大切にするのさ』
と。
もしかしなくても、ダークエルフであるラグナルとの約束は、もっと慎重に交わさなければいけなかったのではないだろうか。
――私、他に何か約束させたっけ? 撤回って出来るの? 出来るよね?
軽くパニックに陥っていると、冒険者の腕の中でラグナルが身じろぎをした。うーんと唸ってから、その目が開く。
「イーリスお姉ちゃん!」
私をその瞳に映すなり、ラグナルは自分を抱えていた男の腕の中から跳ねるように飛び出た。
その勢いのまま抱きつかれて、よろける。背中が何かに当たった。
「あれぇ、ラグナルじゃん。なに? ゼイヴィアに拾われてたの?」
ノアだ。
先ほど見せた怒気はすっかり鳴りを潜めているが、真実もう怒っていないかは分からない。おそらく、腹の底で燻っているだろう。
ラグナルはちらっとノアを見上げると、ぐりぐりと私の腹に顔を埋めた。
「イーリスお姉ちゃん、ごめん。僕、約束守れなかった」
「え? そんなことないよ! ほらゼイヴィアはオーガスタスのギルドの人でしょ? 彼らが来てくれてとっても助かった。私の言葉が足りなかっただけで、ラグナルはちゃんと約束を守ってくれたから」
私は必死で慰めた。というか弁明した。
「そーそー、街まで行っても、どうせ間に合わなかったしー」
ちょっとルツさん。弟を引き取りにきてくれませんか。
ノアが素っ頓狂な声をあげる。そりゃそう思うよね。
救援を呼びに行く、という建前で逃したラグナルは、どう考えてもまだ森から出られてもいないはず。
なのにゼイヴィアの背後にはスタッフや弓を構えた大勢の冒険者の姿があった。
「話はあとです。術者で一斉に捕縛を展開。次に弓を射て動きを鈍らせます。キーラン、とどめはまかせますよ。キーラン? 狒々神から距離を……聞いていますか? キーラン」
――これは……キーラン、聞こえてないな。
モッキの葉の耳栓ではあの轟音は防げなかったようだ。どうしたものかと思ったが、キーランはゼイヴィアの両サイドで弓を構えた人々の姿を見て、さっと身を翻し適度な距離を保つ。
耳栓の時といい、察しのいい人だ。
この間も大勢の術者によって次々に捕縛が仕掛けられていた。ルツも参加している。ノアも術を編み始めた。
よくよく見れば捕縛を展開する術者は、冒険者だけではなかった。街兵の姿もあれば、街人っぽい人々もいる。今朝、朝食を食べに行った飯屋の親父さんも混じっていた。
捕縛を使えるものを集められるだけ集めてきたという感じだ。
術者の素養のある人間にとって捕縛は決して難しい術では無いらしい。捕り物の際にも使われるとてもポピュラーなものだ。ただし一人の術者が止められるのは、どれほど強力な力を持つ魔術師でも人間一人程度。それも数秒から数分。
馬などの大型の動物にかけようとしても、膠が足にくっついたかな? 程度の抵抗力しか生み出せないとか。
魔獣には、それこそごく薄い氷が張り付いたとか、藁が一本引っかかったぐらいにしか効かない。
それを人海戦術でなんとかしてしまおうというのが、対狒々神戦の骨子だ。
角がある状態の狒々神を相手にするとなると三桁の術者を率いたなんて記録もある。
今いる術者は寄せ集めの二十五、六人程。それでも満身創痍に近い狒々神には十分だったようだ。
狒々神の動きがゼンマイ仕掛けのからくり人形のようにぎこちないものに変わる。動きの鈍った狒々神に矢が射掛けられた。腕を皮膜を足を腹を、無数の矢が切り裂き貫く。
ゼイヴィアがさっと右手を払うと矢の雨は止み、次の瞬間にはキーランの剣が狒々神の首に食い込んでいた。
胴から切り離され、川面に落ちる狒々神の首。赤い布を晒したように川下が血に染まっていく。
ラグナルを逃がすために時間を稼ぐのでさえあれほど苦労したというのに、あっという間だった。
――そういば、ラグナルは?
「ゼイヴィアさん! ラグナルと会いませんでしたか?」
ゼイヴィアに駆け寄って尋ねる。
「ああ、彼ならそこに」
そう言ってゼイヴィアが示した先には、意識を失った状態で大柄の冒険者に抱えられているラグナルの姿。
「ええ……? あの、無事……なんですよね?」
ぱっと見は傷も何も見当たらないけれど、ゼイヴィアに会って安心して気が抜けたとか?
「オーガスタスに会って救援を呼ぶといって聞きませんでしたので、気絶させました。一人で街に帰すわけにもいきませんので」
ゼイヴィアに会ったのに、わざわざオーガスタスに?
なぜそんなことを……と考えて、彼と交わした会話を思い出した。
『オーガスタスに事情を話して救援を要請して』
確か私はそう言ったはずだ。もしかして、私との約束を忠実に守ろうとした?
「彼は少し足りないのではありませんか?」
何が。とは口にせず、呆れた口調でそう言うと、ゼイヴィアは狒々神の死体を検分しに行ってしまう。
私はぐったりとしたラグナルの前に立ち尽くしていた。
思えば『黒魔法を使っていい?』とわざわざ許可を求められた時点で、ひっかかりは感じていたのだ。
オーガスタスは言っていたでは無いか。
『人は平気で嘘をつき、約束を破るが、彼らは違う。己の言葉や信念を何より大切にするのさ』
と。
もしかしなくても、ダークエルフであるラグナルとの約束は、もっと慎重に交わさなければいけなかったのではないだろうか。
――私、他に何か約束させたっけ? 撤回って出来るの? 出来るよね?
軽くパニックに陥っていると、冒険者の腕の中でラグナルが身じろぎをした。うーんと唸ってから、その目が開く。
「イーリスお姉ちゃん!」
私をその瞳に映すなり、ラグナルは自分を抱えていた男の腕の中から跳ねるように飛び出た。
その勢いのまま抱きつかれて、よろける。背中が何かに当たった。
「あれぇ、ラグナルじゃん。なに? ゼイヴィアに拾われてたの?」
ノアだ。
先ほど見せた怒気はすっかり鳴りを潜めているが、真実もう怒っていないかは分からない。おそらく、腹の底で燻っているだろう。
ラグナルはちらっとノアを見上げると、ぐりぐりと私の腹に顔を埋めた。
「イーリスお姉ちゃん、ごめん。僕、約束守れなかった」
「え? そんなことないよ! ほらゼイヴィアはオーガスタスのギルドの人でしょ? 彼らが来てくれてとっても助かった。私の言葉が足りなかっただけで、ラグナルはちゃんと約束を守ってくれたから」
私は必死で慰めた。というか弁明した。
「そーそー、街まで行っても、どうせ間に合わなかったしー」
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