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episode 02
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西井戸駅の踏切の少し手前で、自転車を止める。
万一車が通ったときに、邪魔にならないよう、くぼみに自転車を置くと、カゴに積んでいる袋の中から仮面を取り出し付けた。
額から鼻先までを覆う狐面は、目の周りに鮮やかな赤い縁取りが施されており、耳の下には赤い房飾りが一房垂れ下がっていた。博文さんには「派手な面ですね」と酷評されたが、智希は気に入っている。
数珠を左腕に、聖水を後ろポケットに、十字架を胸にかけて、卒塔婆を袋から取り出せば準備は完了だ。
智希は西井戸駅へと足を踏み出した。
街灯が闇夜に踏切を浮かび上がらせている。
その明かりの下に老婆はいた。
夕方と何一つ変わらない。ただ、静かに線路を見つめている。
智希は老婆の目の前に立つと、胸をそらし口元に手の甲を添える。
それから、すうっと息を吸い込んだ。
「おーっほっほっほ。お婆さん、何をしているのかしら? ずっと線路なんか見つめちゃって、暇なのね!」
居丈高な態度は、霊に過度な好感をもたれないように。
霊が見えるようになってから、智希が身につけた身を守るための技の一つだ。
「………」
老婆は無反応だった。
予想はしていたが、目の前でこれだけ騒いでも華麗にスルーされるとちょっと虚しい。
「ちょっと、お婆さん。私の声が聞こえてないの?」
威圧感たっぷりに、ペシペシと掌に卒塔婆を打ち付ける。お爺ちゃん、今日も私を守ってね。と願いながら。
「無視するんならこっちにも考えがあるんですけど!?」
「老婆相手にチンピラのような態度はいかがなものでしょうね」
成り行きを見守っていた博文さんが苦言を呈す。
「博文さん、お婆さんに話しかけてみてよ」
生きている智希の声が届かないなら、死んでいる博文さんだ。同じ幽霊の言葉なら耳を貸すかもしれない。
「嫌ですよ。なぜ私が」
博文さんは他人事だ。
私が除霊をするのを快く思っていないのはわかっているけれど……
(じゃあ、なんでついてくんのよ!)
智希は言いたい言葉をぐっと呑み込んだ。
幽霊が見えるようになって日が浅い智希にとって、博文さんの助言は有難いものなのだ。それに真夜中の今、誰かが傍にいると思うと安心する。
「お婆さん、貴女死んでるのよ! どんな心残りがあるのか知らないけど、諦めて成仏するることね!」
初めて老婆が反応をみせた。
のろのろと顔を上げ、智希を見たのだ。
「死んでる?……やっぱりもう死んでるんだねえ」
(あれ? 理解してる?)
老婆は自分の死を疑う様子も、激昂する素振りもない。
「そうよ。分かってるなら話は早いわ。早く天に昇りなさい。留まっていてもいいことなんて何一つないから」
「お嬢ちゃんはあたしを迎えに来てくれたのかい?」
「ま、まあ、そんなとこね」
迎えにきたというよりは祓いに来たのだが、天に連れて行くという点では相違ない。
「こんな奇妙奇天烈な迎えなど、私ならごめんですね……」
背後でしみじみとした声が聞こえる。
智希は振り返って博文さんを睨みつけた。
「協力する気がないなら、黙ってて!」
博文さんは肩をすくめる。
「あたしは嬉しいよ。こんなに可愛い、お嬢ちゃんが来てくれて」
「可愛い!? あ、あら、褒めても何もでないわよ!」
思わぬところで思わぬ人物に褒められ、智希は思わず喜んだ。それから慌てて高飛車な態度をとる。
「狐面が可愛い……ととるべきでしょうか」
卒塔婆を握りしめる手に力が入る。
頼りにしている博文さんではあるが、時々、無性に力尽くで祓ってしまいたくなる。
「ありがとうねえ。でも、シロがいないとあたしはここを動くわけにはいかないんだよ」
(シロ?)
「そう言えば、散歩中でしたね」
たしかに、ガトーカワサキの店員さんがそう言っていた。
「お逃げって言ったんだけどねえ。なかなかあたしから離れようとしなくて。お嬢ちゃん、お願いだよ。シロを探してくれないかい」
智希は返事に戸惑った。
シロが生きているのか死んでいるのか分からない。もし、死んでいたら探しようもないのだ。
ややして、智希は頷いた。
「わかった。シロを探す。でもお婆さん、私と約束してくれない? 三日探して見つからなかったり、もう死んでいたりしたら、諦めて成仏するって。動物は死後に留まることはほぼないのよ。ね?」
最後の一言は博文さんに向けた確認だ。
智希はまだ動物の霊に出会ったことがない。だから幽霊にならないのだと思っていたけれど、博文さんは過去に会ったことがあるらしいのだ。
「ええ、人間と違ってすぐに死んだことを悟るのでしょう。もしくは無念に思わないのかもしれません」
「そういうわけだから。三日頑張ってさがしてみる。見つからなかったらちゃんと成仏して」
年若い幽霊より老人の幽霊のほうが、天に昇りやすい。もう十分に生きた。生を全うしたという思いがあるからだろう。
老婆は頷いた。
「三日だね。頼んだよ、お嬢ちゃん」
話がまとまれば長いはできない。
智希は走って自転車に戻ると、除霊道具をカゴに押し込み、大急ぎで帰途についた。
「また、面倒な頼みごとを安請け合いしたのものですね」
という博文さんの小言を聞きながら……
万一車が通ったときに、邪魔にならないよう、くぼみに自転車を置くと、カゴに積んでいる袋の中から仮面を取り出し付けた。
額から鼻先までを覆う狐面は、目の周りに鮮やかな赤い縁取りが施されており、耳の下には赤い房飾りが一房垂れ下がっていた。博文さんには「派手な面ですね」と酷評されたが、智希は気に入っている。
数珠を左腕に、聖水を後ろポケットに、十字架を胸にかけて、卒塔婆を袋から取り出せば準備は完了だ。
智希は西井戸駅へと足を踏み出した。
街灯が闇夜に踏切を浮かび上がらせている。
その明かりの下に老婆はいた。
夕方と何一つ変わらない。ただ、静かに線路を見つめている。
智希は老婆の目の前に立つと、胸をそらし口元に手の甲を添える。
それから、すうっと息を吸い込んだ。
「おーっほっほっほ。お婆さん、何をしているのかしら? ずっと線路なんか見つめちゃって、暇なのね!」
居丈高な態度は、霊に過度な好感をもたれないように。
霊が見えるようになってから、智希が身につけた身を守るための技の一つだ。
「………」
老婆は無反応だった。
予想はしていたが、目の前でこれだけ騒いでも華麗にスルーされるとちょっと虚しい。
「ちょっと、お婆さん。私の声が聞こえてないの?」
威圧感たっぷりに、ペシペシと掌に卒塔婆を打ち付ける。お爺ちゃん、今日も私を守ってね。と願いながら。
「無視するんならこっちにも考えがあるんですけど!?」
「老婆相手にチンピラのような態度はいかがなものでしょうね」
成り行きを見守っていた博文さんが苦言を呈す。
「博文さん、お婆さんに話しかけてみてよ」
生きている智希の声が届かないなら、死んでいる博文さんだ。同じ幽霊の言葉なら耳を貸すかもしれない。
「嫌ですよ。なぜ私が」
博文さんは他人事だ。
私が除霊をするのを快く思っていないのはわかっているけれど……
(じゃあ、なんでついてくんのよ!)
智希は言いたい言葉をぐっと呑み込んだ。
幽霊が見えるようになって日が浅い智希にとって、博文さんの助言は有難いものなのだ。それに真夜中の今、誰かが傍にいると思うと安心する。
「お婆さん、貴女死んでるのよ! どんな心残りがあるのか知らないけど、諦めて成仏するることね!」
初めて老婆が反応をみせた。
のろのろと顔を上げ、智希を見たのだ。
「死んでる?……やっぱりもう死んでるんだねえ」
(あれ? 理解してる?)
老婆は自分の死を疑う様子も、激昂する素振りもない。
「そうよ。分かってるなら話は早いわ。早く天に昇りなさい。留まっていてもいいことなんて何一つないから」
「お嬢ちゃんはあたしを迎えに来てくれたのかい?」
「ま、まあ、そんなとこね」
迎えにきたというよりは祓いに来たのだが、天に連れて行くという点では相違ない。
「こんな奇妙奇天烈な迎えなど、私ならごめんですね……」
背後でしみじみとした声が聞こえる。
智希は振り返って博文さんを睨みつけた。
「協力する気がないなら、黙ってて!」
博文さんは肩をすくめる。
「あたしは嬉しいよ。こんなに可愛い、お嬢ちゃんが来てくれて」
「可愛い!? あ、あら、褒めても何もでないわよ!」
思わぬところで思わぬ人物に褒められ、智希は思わず喜んだ。それから慌てて高飛車な態度をとる。
「狐面が可愛い……ととるべきでしょうか」
卒塔婆を握りしめる手に力が入る。
頼りにしている博文さんではあるが、時々、無性に力尽くで祓ってしまいたくなる。
「ありがとうねえ。でも、シロがいないとあたしはここを動くわけにはいかないんだよ」
(シロ?)
「そう言えば、散歩中でしたね」
たしかに、ガトーカワサキの店員さんがそう言っていた。
「お逃げって言ったんだけどねえ。なかなかあたしから離れようとしなくて。お嬢ちゃん、お願いだよ。シロを探してくれないかい」
智希は返事に戸惑った。
シロが生きているのか死んでいるのか分からない。もし、死んでいたら探しようもないのだ。
ややして、智希は頷いた。
「わかった。シロを探す。でもお婆さん、私と約束してくれない? 三日探して見つからなかったり、もう死んでいたりしたら、諦めて成仏するって。動物は死後に留まることはほぼないのよ。ね?」
最後の一言は博文さんに向けた確認だ。
智希はまだ動物の霊に出会ったことがない。だから幽霊にならないのだと思っていたけれど、博文さんは過去に会ったことがあるらしいのだ。
「ええ、人間と違ってすぐに死んだことを悟るのでしょう。もしくは無念に思わないのかもしれません」
「そういうわけだから。三日頑張ってさがしてみる。見つからなかったらちゃんと成仏して」
年若い幽霊より老人の幽霊のほうが、天に昇りやすい。もう十分に生きた。生を全うしたという思いがあるからだろう。
老婆は頷いた。
「三日だね。頼んだよ、お嬢ちゃん」
話がまとまれば長いはできない。
智希は走って自転車に戻ると、除霊道具をカゴに押し込み、大急ぎで帰途についた。
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