小悪魔からの手紙

はな夜見

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第六章 小悪魔か、悪魔か

第三節

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「……それがこれか」「そういうこと」

 江ノ神社に戻ってきたムムは、マミから貰った手紙を松葉に見せた。内容はとてもシンプルなもので、マミが隠したがる理由も何となくわかってしまう内容だ。

――――――――――――――

モミジへ 頼みがあったから、手紙を書いた。私は貴方との関係にうんざりすることが多かった。家に頻繁に帰ってこない貴方のことだから、私がどうしていなくなったのか、何があったのかなんて想像できないでしょう。簡潔に言うけど、貴方より大事な存在ができたの。ただそれだけだから構わないで。探しにも来なくていい。貴方と私はそれだけの関係だったってこと。よくわかっているでしょ?もう会うことはないし、私の持ち物をすべて処分してもいいから。貴方のためにも、私のためにも。


これで最後、私のことはもう忘れて。さようなら。これからも、今までも変わらず。 ユズ

――――――――――――――

「子供たちのことに触れてもいないし、これではマミちゃんが勘違いしてしまう気持ちもわかるね。モミジさんから言わせれば、それも愛情表現らしいけど、まっつーには分かる?」
「知るか。そんな感情表現が下手な奴見たことない」「私も」

 ムムは、松葉とその手紙を交互に見る。松葉の色恋事情など聞いたことがないからだ。多少気になりもするが、しかし今の解答からは、そんな経験は微塵もありそうには思えない。

「でも妙だよな」「なにがだ」
「だって二尾の名前すらない。彼女が二尾に殺される直前に書いたとするなら、二尾に呼び出されたとか書いてあってもいいはずなのに」
「……その手紙が証拠にならなかったからって、憂さ晴らしか? 俺に聞くな」

「基本書くことなんかない手紙の内容としても、もっと重要なことが書かれていてもいいはずなのに、おかしいだろ。もっと書くことあったんじゃないか? 二尾だけじゃない。ユズさんは桔梗からストーカー行為をされて家に引きこもるようになったはずだ。それすらも書かれていない。モミジさんのことを信用していなかったのか、或いは」
 もう反応もしたくなくなった松葉すら視界に入れずに、ムムは続ける。

「いまいちわからないな。ユズさんのこと」
「そうか? 単純な話だと思うが」「分かるの?」

 松葉は、ムムからの視線をかわそうとサッと天井を見た。ムムの赤く冷たい視線を見てしまうと、本来話すべきはずの内容が頭から抜けてしまうのだ。それを緊張と呼ぶのだが、生憎、松葉にはプライドが存在しているのでそんなことを口に出すことは決してない。「モミジさんはユズさんの性格について、狂信的に、そして盲目的に見ていたわけではないってことだ。彼女は二尾が言うような悪魔ではなかったというだけだろう。嘘をつき、金をせびってくる二尾のことも、ファンのくせに自分と結婚することになったモミジさんのことも、そしてストーカー行為でユズを困らした桔梗のことも、彼女は憎めなかっただけだろう。死ぬ間際の手紙にすらその恨みを綴らないのはそういうことだ。彼女は悪魔じゃない、ただの人だったんだよ」

「やけに語るな。感情表現が下手な知り合い、いるんじゃないか?」
「いないな。知り合いには」

 含みのある松葉の言い方に、ムムは首を捻った。松葉のその言葉が誰を指しているのか、気になったのだ。しかしムムは正解にたどり着くことができなかった。「ユズさんが悪魔じゃないって、そう気づいていたなら、なんで二尾が言ったあの時、その場にいた人に伝えなかったんだよ。意地悪だな」

「俺が言う必要なんかなかった」

 松葉が言った言葉を、ムムは事実として受け止めた。確かに。ユズがアイドルとして活動していたときから応援し続けている彼らは、二尾の言葉より、自身が信じたミカンを信じるだろう。オワコンと呼ばれながら何十年と愛してきた存在を持つ彼らの決心が、殺人者の言葉一つで揺るぐはずがない。人間として欠点があるものの、それぞれ皆ミカンという存在を愛していたことは事実だった。そこに偽りはない。「ところで」

 松葉がムムの目を見た。「この事件を解決したら有名になれるんじゃなかったのか?」

 感情表現が下手な松葉の言葉に、ムムはにっこり笑う。

「どうやら事件は私を寝かせてはくれないらしい」
 反省のないその言葉に、松田はため息を漏らした。
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