小悪魔からの手紙

はな夜見

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第四章 ビタミン中毒

第一節

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 朝、ムムは遠州に呼び出された通りに、江ノ西区に来ていた。しかし遠州は時間になっても来ていない。思った通りといえるかもしれない。ムムは若干呆れながら、遠州に電話を掛けた。何度かのコールで出た遠州は、ゴソゴソと雑音を立てたのち、喉が焼けたようなガラガラ声でぼやいた。

「こんな時間に……誰だァ」
「遠州さん。早く来て」「ゲェッ」

「今日は聞き込みだって、そう言ったのは遠州さんでしょ? 根岸さんと、生成さん、あとそれから桔梗さんだったよね。西区公園前十時集合だってそう言ってたけど?」

 遠州は二日酔いで痛む頭と違和感しかない胸をどうにか抑えながら、ムムの言葉を無言で聞いていた。確かに今日はムムが言った通りの三人に話を聞くつもりだった。しかし果たしてムムにそのことを伝えたのかは疑問だ。「そんなこと言ったか?」

「うん、言ったよ。昨日の深夜、超酔っぱらってた遠州さんからの必要以上の電話を優しい私が、ちゃんと対応してあげたこともどうせ覚えてないんでしょ? 履歴見たら?」

 そう言われて見ると、なるほど。確かに必要以上に電話をかけているのが分かる。どうやらこの喉の枯れ方は酒だけのせいではないようだ。遠州は頭を掻きむしった。
 肌寒い季節になって、髪が伸びてきたのだ。遠州が髪を切るのは一年のうちたった一度、初夏頃である。つまりこれから生える一方なのだが、遠州には散髪に行くという選択肢は存在しない。ベッドのフレームにかけていた髪ゴムを口で咥え、髪を一括りにして束ねる。「あと三十分待ってろ」

 遠州に一方的に電話を切られたムムは、はぁ、とため息をついた。三十分もかかるのかという嫌味が喉の入り口から出口にかけて行ったり来たりを繰り返す。「あんなんでよく警察が務まるな」

 ムムはぼんやりと風景を眺めた。
 江ノ西区は住宅地がメインに建てられており、住宅・公園・学校・飲食店などが密集している。ちなみに南区は農業が盛んで、東区には企業が多く、北区は金持ちが多いといった分布になっている。問題を挙げるとするなら北区に住んでいる住民は西区に住んでいる住民への差別を無意識的にしていることだろうか。何かとつけては西区を馬鹿にし、わざわざ北区専用の飲食店があるほどである。たまの贅沢として西区の住民が北区の飲食店に行けば、店員自ら断りを入れる始末だ。ムムはそんな北区が大嫌いだった。

 西区には贅沢こそないが、心の平和があると思う。

 なだらかな風を肌で受けながらムムはぼんやりと目を細めた。実際はどこであっても心の平和などないことはムム自身も知っていたが、それを見ないようにすることをムム自身が望んでいるのだ。木は生い茂り、葉がカサカサと音を立てて舞い踊る。空は青く、雲は白い。何の違和感もない、普通の世界がそこにはあった。差し込んでくる光は、白とも、黄色ともとれる。

 どちらにせよ、ムムはそれらすべてが好きではなかった。しかし、それでも不快ではないのだ。いつか、心のしこりがとれたなら、これらの風景すべてを好きになれるのだろうか。だといいなと、ムムは願った。そうであればどれほどいいだろう。





「待ったか?」「待ちくたびれたよ、遠州さんメイク凝りすぎ」
 実は遠州は十分ほど前にムムが待つ公園に来ていた。しかし、ムムに話しかけることはしなかった。遠州から見たムムは、何故か人が話しかけてはいけないような純粋さと、神聖さを帯びていたからだった。だからこそ話しかけることに戸惑ったのだが、遠州はそんな戸惑いは不要だったと悟った。ムムは冗談を吐き捨てるぐらい、不純物だったからだ。

「それで? その三人はどうやって見つけたの?」「書き込みだな」
「書き込み?」
「アイドル・ミカンに関する過激なコメントをしていた奴らがいた。しかも何十年も前に突然引退したアイドルを未だに好きだと言い続けているのは、奇特な奴らしく、オレの知り合いが調べたところ三人しか候補がなかった。ちゃんと社会人っていうのがまた怖いところではあるが」
「そうなの。アイドルの寿命って案外短いね」
「長い方だろ、ミカンは。引退してから十五年も経ってるっていうのに」

 人に対する見返りのない愛情を持ったことがないような口調で遠州はあくびをした。ムムはその言葉を聞き思い出したように口を開いた。

「そういえばそのブログの製作者は、ミカン、いやユズさんの旦那さんだったよ。昨日電話でも話したけど、一応ね」「ハァ?」
 やっぱり覚えてなかったらしい。遠州はぞっとした顔つきで唇を噛んだ。

「じゃあなにか? 元ファンが、アイドルと結婚したってことか?」

 そう言って思い出す。ユズが失踪したとき、捜索願にユズの顔写真を載せなかったことを。あれは載せなかったのではなく載せられなかったのだ。有名人とはなんとも生きづらい。

「珍しいよね。普通アイドルくらいお金あれば別の選択もできるだろうに。でもそうしなかった。ユズさんにはレモンさんっていう妹さんがいて、彼女の犯した罪を帳消しにするためにモミジさんと付き合って、挙句の果てには結婚したっていうんだから」
「待て待て待て! 妹? 住民票にはそんな記載なかった」「児童養護施設出身だからね。彼女ら」
「はぁ……そりゃまた」

 遠州は同情を露わにした。ムムはその様子を見て、この話を終わりにした。

「さぁ。私の話は終わりだ。そちらの話をしてよ。その三人の情報。どうせ住民票で調べたんだろうし」
「ったく。今から行く順に説明するぞ。最初に行くのは根岸ツトム、四十歳。職業、女性をターゲット層にしている飲食店の従業員。まぁ、サラリーマンだな。住所は江ノ西区。バツイチで子は一人いるが、妻の方に親権がある。生成アキラ、三十二歳。職業、フリーター。アルバイトを転々としているみたいだ。結婚歴はナシ。住所は江ノ西区。根岸と同様だな。桔梗シンタロウ、五十五歳。無職。住所は江ノ北区……ま、西区と北区の間ぐらいだな。一応北区ってとこか? 結婚しているが、子はナシ」

「今から行くのは根岸ツトム?」「そういうことになるな」
「しかし、まぁ……」

 遠州は言葉を濁しながらも言った。「アイドルを好きになってしまったら安定した結婚は難しいのかもな」
「関係ないでしょ」「そうか?」

「私も、それから遠州さんも、そうじゃないのに結婚してないからね。結婚っていうのはそんなに単純じゃないんだろ、多分」

 結婚など一ミリも興味のないムムがそう言って唇を舐めた。





 根岸ツトムの家に着いた二人は、遠慮などないようにチャイムを鳴らした。遠州はムムに詳しく言わなかったが、今日事情聴取をする三人はいずれも今日が休みの日であると調べてのことだった。少し錆びた扉が静かに開き、男が顔を覗かせた。ムムは薄幸そうだと印象を抱いた。遠州はなるべく人よさそうな顔を浮かべてぺこりと頭を下げた。「警察です。少し話を聞かせていただきたくて」

「はぁ? 警察、の方ですか……? ど、どんな用で?」
「アイドルだったミカンさん、という方をご存じですか? 彼女がつい最近遺体で発見されまして」

「いっ」
 根岸は驚いたような、怯えているような顔で鼻の下を指でこすった。

「何か心当たりでも?」
「心当たり? あっ、あるわけないじゃないですか。私はビタミン中毒の一人ですよ? しかもだいぶ古参者です。……そりゃ、メディア展開されなくなって寂しいなと思って何度か有名なブログの掲示板でアンチ風のコメントをしたこともありましたが……」
「どうやらファンに殺されたらしいんですよ。それで古参である根岸さんにお伺いしたいことがあったので来たんです」「そっ」

 そんな馬鹿な、と言いたげな顔だった。ファンがミカンを殺した、と口から出まかせだが、そう言ってしまえば他人事だと思えなくなるだろうとそう考えてのことだった。そんな遠州の考えは当たっていた。

「そんな……! 昔は民度がいいことで有名だったのに……」
「ミカンさんを執拗に狙ったストーカーの犯行とみてまず間違いないと、そういうことなんですが。ミカンさんはファンとどのような距離感でいましたか? 根岸さんは交流などはされてました?」「交流……?」

 根岸は不機嫌そうに眼を細めた。「それは個人的に、ということですか? それともファンとして? 私は古参ですから、認知もされて、でも、まぁ必死じゃなかったんですけどね。彼女が開催した握手会やライブに何度か入りするぐらいですし、私はあまりグッズを買わないので本気の人たちとは違いますよ」「はぁ」

 遠州には本気とそうでない人たちの違いが分からなかった。

「私自身に個人的な交流はないですけど……もしかして、そういう経験がある方がいらっしゃったんですか?」

 遠州は言葉に迷った。根岸に本当のことを伝えるのが得か否かを考えようとしたのだ。しかしムムは間髪を入れずに頷いた。「はい。いらっしゃいます」
 根岸はぐっと喉を鳴らした。それから人中を指でこすり、言葉が出ない様子だった。「どうして……」

「なんです?」

「彼女は……新規のファンにも笑顔を振りまいてくれるぐらい優しかった、でしょう? 握手会のときなんか、あまり行ってもない、古参である私に対して根岸さんお疲れですよね、って。名前まで覚えてくれて……。それで急に活動停止になったからきっとどっかの悪い男につかまって身籠ったんだろうって、そう身内で盛り上がって……それがファンとの交流があった? しかも私の知らないところで? そんなの、そんなのファンへの最大の裏切りじゃないですか! 私は……何故……」

 ムムは、根岸に、モミジと話したときには感じなかった不快さを感じた。モミジはどこか自身を貶して、そして悲劇の主人公になりたがるところがあるが、根岸の場合、まるっきり違う。彼は、どこかでこの世の中は自分中心であると自信があるような感じだ。ミカンに関することで、自分が知らないことなどないとそう確信しているのだ。きっとミカンが人気だった当時、鼻が高かったに違いない。古参であるというだけで、他とは違うとそう思えてならなかったのだろう。哀れにも、新参者であるモミジにミカンを取られたわけだが。

 根岸はふっと息を吐いた。少し状況が整理できたようだった。
「どうぞ、中へ。何かと外ではあれでしょう」
「ありがとうございます」





 根岸の部屋は、良くも悪くも整理整頓ができない一人暮らしのそれだった。床には髪の毛やら埃やらが溜まり、掃除しようとしたのだろう、掃除機は部屋の隅に伏している。ゴミ箱の傍には、目的の場所に入れられなかった丸まったごみがいくつか落ちている。部屋の空気も決して澄んでいるとは言えず、ただ仕事をするためであろう作業場周辺は他と比べて綺麗にしてあるようだった。「それで」

 根岸は部屋の中央にある机に、遠州とムムを座らせると、自身は向かい側に座った。
「私に聞きたいこととは何でしょう?」
「私的にはミカンさんがファンからどういう風に思われていたとか、そういうのが聞きたいんですけどね」

「どうって……そりゃ、素直じゃないですよ、彼女。好きなタイプを聞かれたとき、彼女、ここにいる誰も好きになりたくないからとか言って”筋肉質な人が好き”って嘘つくくらいですからね。でもファンの、特に古参には優しいともっぱらの噂でしたよ。私もつくづくそれは思っていました、彼女、すごく優しそうな目と表情で言うんですよ、”久しぶりです、根岸さん”って」

「でも個人的な交流はなかったと」

 ムムの辛辣な言葉に根岸は腹が立ったようだった。腕を前の方で組むと、その鋭い目をムムに向けた。

「私は認知されていましたから、それを交流といえば交流してると言ってもいいですけどね。私はそんな出しゃばることはしないんです。彼女が寂しいなと思わないように、ってライブや握手会を行っていただけですし。そもそもアイドルとの個人的な交流など御法度ですよ」

「実際にミカンさんを道で見たことは?」
「……ないですよ。普段は仕事で忙しいですから」「お仕事は何を?」
「最近需要が増してきたんですが、女性向け食料品を開発しています。ほら、ダイエット意識した感じの」
「なるほど」「と、ところで」
「はい? 何か?」

「ミカンの死因とかは……? 男に刺されたとか、そういうのですか? 彼女浮気性だった、とか。あっ、或いは北区の男に手を出して、それで……」

「ずいぶんと知りたがるんですね。ネットで自慢したいんですか?」「……は?」
 根岸は我慢ならないといった具合にムムに詰め寄った。

「あぁ、すみません。気にしないでください。新米なんですコイツ」
「……そうなんですね、なるほどなるほど。警察でも新米の教育は大変ですね、私も昨日新米の発注ミスのせいで真夜中まで仕事でしましたよ。帰ってきたのは明け方頃でした。若いってだけで許されると勘違いしているんじゃないですかね」

 その言葉にムムはふっとミカのことを思い出した。やはり彼女が言ったことは世の中の一つの核心をついているのだ。女は顔がすべて。納得などしたくないが、そうであるのもまた事実だ。

「失礼を承知で聞きたいのですが、奥さんなどは?」
 バツイチであることを知らないといった風に遠州は根岸に聞いた。根岸は少し顔を歪めた。どんな感情を抱いているのかは一目瞭然だった。

「一応、結婚したんですけどね。あいにくなもので、どうやら私はあの女と違いすぎるようです。勝手に、そう、本当に勝手に家を出て行ったのです。子供を連れて。被害者ぶるのもいい加減にしてほしいですよ、本当に」
「お子さんもいらっしゃるんですね」
「でも小学生なりたてであの女が出て行ってしまったんで、顔も分かりません。養育費を出してやっていたというのに……やはり女はだめですね。金食いで、無駄なことしかしない」

「は、はぁ。私はまだ独身なもので」「そうですかそりゃ運がいい」

 根岸は少し優越感にも似た顔で遠州を見た。どうやら根岸からすれば結婚未経験より、バツイチの自分の方が優れていると思っているらしい。ムムは頬がひきつるのを感じた。

「それじゃあ……ミカンさんのファンについてお伺いしますね。根岸さんから見て、過激派だなぁっと思った人はいますか? ストーカーチックな、とでも言いますか」
 根岸は少し目を閉じた。「思い当たるのは、彼だなぁ。ええっと、メゾンさんじゃなくて」
「メゾンさん?」

 遠州にはその名前が見おぼえあった。ブログの掲示板でひときわコメント数が多かったアカウントの名前がそんな感じじゃなかっただろうか。遠州は、自身が持つケータイを見る。やはり。次の次に行くつもりである桔梗シンタロウ。彼がネットで名乗っていた名前だった。

「ハンドルネームみたいなものですよ。私ですと、クッキー星人と名乗って、ネットで書き込みをするんです」
「何故クッキー?」「ミカンが思い出の食べ物だと、そう言っていたので、ですかね」

 根岸はまるでメゾンが犯罪者であるように目を険しくして、遠州に訴えた。

「本名までは分からないんですが、そのメゾンさんは新規ファンのわりにすごくグッズも買うし、ライブは毎日来るし、もう、とにかくすごくストーカーな感じでした。私が教えてあげたミカンの過去の面白い話なんか、わざわざネット掲示板であたかも自分が知っている風に書き込むんですよ、もう、そんな必死にならなくても、って私はそう思っていましたけど」
「俺は詳しく知っているぞ、というアピールですかね」「絶対そうです」

 根岸は鼻の下を触った。

「グッズを並べて写真に撮って。もう必死なことは分かるんですけどね。あー、そういえば彼と仲がいいもう一人の新規ファンもスト―カーっぽかったですね。名前は忘れましたが、ミカンの私物特定してた人がいたんですよ。それに群がる奴らのなんて多いこと! 挙句の果てにはミカンと恋愛できるゲームとか、彼女と付き合う話とかそんなのまで書いていましたからね。恥ずかしいことこの上ない!」

 ムムからすればそんなことまで詳しく知っている根岸の方が恥ずかしいのだが、根岸にはそういった価値観はないのだろう。根岸は机の下に置いてあったケータイを取り出し、操作した。

「あ! 彼です彼! メゾンさんと、オレンジ中毒☆タケル☆さんだ」
 なるほど、根岸の言ったことは間違いでもなさそうだ。メゾンと名乗るその人物は部屋いっぱいに何かしらのグッズを並べ、そしてそれを自身の投稿に掲載していた。同じようなものがたくさん並べられた魔法陣のような異質な光景に遠州は首を傾げた。

「同じグッズがたくさん並んでいるように思うんですが……一個以上買って何か意味があるんですか?」
「さぁ。私は買わない派なので、そこらへんは分かりかねます」
 そう言いながら根岸は呟いた。「自慢でしょ、ただの」

「自慢にしてもこの執念はすごい。確かにストーカーになってもおかしくはないでしょうね」
「そのうえタケルさんの方は、ミカンの私服やら私物を特定するのが趣味でしたから。ストーカーしようと思えばいくらでもできたでしょう。私には考え付かないことですけど」「本当に?」ムムが笑って尋ねた。


「新規ファンがミカンさんと結婚して、子供まで産んで……そんな事実を知ってしまったとき、貴方は本当にソレを考えつかないですか?」


 根岸はムムの方をよく見た。男だと思っていたが、どうやら女らしい。しかも薄気味悪い笑みまで浮かべて、根岸を馬鹿にしてくる。
 根岸はムムの存在が不快で仕方なくなった。頭に血が上り、手を握りしめる。これでも会社では上から数えたほうが早い立場にいる。それがなんだ? たかが女にここまで何で言われなければならない? 根岸は感情的になり、叫んだ。「出ていけ! 女のくせに……! 失礼だぞ!」
 遠州はすぐにムムに詰め寄り、それから扉を指さした。


「頭を冷やせ」


 ムムはすんなりと従い、立ち上がると、扉を開け遠州の言う通り、根岸のもとを去った。失礼な女がいなくなったと根岸は笑みを浮かべた。「上司は大変ですね」
「いえいえ。ところで。話は戻りますが、その二人の本名などは分かりますか? メゾンさんと……?」

「オレンジ中毒☆タケル☆さんですね。いや、あまり詳しくは知らないんですよ。ただちょっと異質であるなぁと遠巻きに確認しただけでして」
「なるほど。……もう大丈夫です。お忙しいところありがとうございました。大変参考になりました」
「もういいんですか? ミカンについて何か教えてくれてもいいのに」

 鼻の下を触る根岸に向かって遠州は、困ったように、しかし有無を言わせないような口調で笑った。

「こちらとしては、そういった情報は事実が分かるまで明るみに出したくないもので。事実じゃない情報が拡散されたときはそれこそ、虚偽申告で逮捕しなければならなくなってしまうかもしれませんし。ウィンウィンでいましょう。根岸さん程賢いお方ならすぐにお分かりになるでしょうが」

 逮捕、という言葉を聞いた根岸は少し怯えたように笑った。
「勿論です。犯罪者にはなりたくないですから」





 根岸の住む部屋を後にした遠州は、すぐ近くの公園で寝そべっているムムを見つけた。

「……なんであんなこと言った?」

 遠州は不思議だった。いつもは人に対して優しそうに振舞うムムが、どういうわけか根岸に対しては冷たいことが気になったのだ。ムムは質問に返答せず、独り言のように呟いた。

「根岸さんは話を聞く感じとてもプライドが高いファンだ。彼の言動から見て、古参であるというプライドで、他の新規ファンを蔑んでいるのは日常茶飯事だろう。それから、私という女から少しでも嫌味を言われることすらお気に召さない。挙句の果てには感情的になって、叱責する。あれは、会社でもやっていそうだ。……感情的でプライドが高い彼の目の前に昔、いやきっと今でもだ、好きだったアイドルが子供連れで現れる。彼はバツイチなのに、アイドルだった彼女は忽然と姿を消して、しかも別の男と結婚していた。恩がある俺に黙って! なんて失礼な女なんだ!」
 ムムは閉じていた目を開けた。「彼はミカンさんを殺す動機を持っていそうだ」

「それを確かめるための行動ってわけか?」
「まぁ」
 ムムは遠州にも諭すように、続けた。

「心の安定がない人は何するかわかんないってことだね」
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