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第二章 埋められた悪魔
第二節
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次の日、ムムは痛む頭を押さえながら水を欲して身体を起こした。昨日は思ったより飲みすぎていたようだ。昨日の冷たい言葉に反して、松葉が執拗にムムの呑む手を止めようとしていたことが微かに蘇る。
これだからまっつーは。ムムは松葉のその好意を知っていながらそれを利用するような行動をする自分に反省をした。いつかは恩返しをしたいと思いながらも、具体的な目論みは何も思い浮かばない。それほど松葉はムムに尽くしているのだ。
「お人好しってわけでもないもんな」
松葉の性格上、ムムにしている行為がどれだけの好意を秘めているかなど、ムムには手に取るように分かる。そこまで鈍感ではないと自分を評価しているからだ。しかしそれがどういった種類の好意であるかまでは考えが及ばない。それがムムらしさだと、松葉がいれば鼻で笑うだろう。
水を注ぎながらムムは考える。もちろん内容は昨日の藍沢ユズのことだ。死体は間違いなく藍沢ユズであることが確認された。ムムにはよく分からないが遺伝子がどうとかいった確認方法だそうだ。松葉からの説明を受けたのだが、しかし、素人であるムムにはそれが確定したということしか理解できなかった。つまり、あの遺体は藍沢ユズ本人で間違いはないのだ。その上で、新たな問題が生じる。
あの手紙を書いたのはだれか、というものだ。ユズが死んで三年が経った今、持ち物を処分してくれと手紙を送った意図は何か。江ノ墓地で見つかったのは何故か。小さな問題がいくつも現れては消えていく。
飲んだコップをそのままに、ムムは天を仰いだ。謎が溜まっていくままで、解決の糸口が何もない。
何か、そう、きっかけが必要だ。糸の先を手繰り寄せるための。
*
外を出たムムが最初に目にしたのは青い空だった。今日は天気がいいらしい。どこまでも澄んだ青にしかめっ面をしたムムは、自分の大事なカラコンをつけていないことに気づく。
赤。アレがないと始まらない。
カラコンを付けに帰ろうとした足が止まる。カラコンがなければ、もしかすれば、赤下ムムとして見られなかったものが見えてくるかもしれない、とそう思ったのだ。ムムとしてではなく、誰か分からない人として、江ノを歩き回ってみよう。ムムは決意を固めた。
いつもなら無造作に伸ばしている髪を無理やり帽子の中に隠す。"少しでも印象を変えたければ、面積が大きいものから変える"理論的に言えば当然なことなのだ。ムムはふと考えて、いつものようなカジュアルと形容できる服をやめ、クローゼットから履いた記憶も、ましてや買った記憶もないスカートを取り出した。テーマは、そう、流行に敏感な女性。ムムは完全に乗り気で自身をテーマに合わせたものへと変えた。
外に出る時の靴や香水に至るまで、その全てを女性らしい格好へと変えたムムは、優雅に背筋を伸ばしながら江ノを見渡した。
ムムとして見ていた世界はどこか曇っていたらしい。青くウザさしかなかった空は心を晴れ渡らせ、ムムの顔色を輝かせるものに変える。ムムは少しだけ昔に戻った気分になった。昔の、そう、高校生の頃に。
ムムが高校生の頃、不運にも一人の親友が命を落とした。火災に巻き込まれ、そのまま死亡。大きく空を広がる炎に焼かれたのだ。死因は灰になり分からずじまいだが、それでも焼死したのは間違いない。その炎を忘れないようにと、ムムは自分に罪を課した。それがあの赤いカラコンだ。これから先、ずっとあの事件を忘れないように。そして、いつか必ず犯人を捕まえるために。
被害者であるムムの親友の名前は、灰木カノンである。
これだからまっつーは。ムムは松葉のその好意を知っていながらそれを利用するような行動をする自分に反省をした。いつかは恩返しをしたいと思いながらも、具体的な目論みは何も思い浮かばない。それほど松葉はムムに尽くしているのだ。
「お人好しってわけでもないもんな」
松葉の性格上、ムムにしている行為がどれだけの好意を秘めているかなど、ムムには手に取るように分かる。そこまで鈍感ではないと自分を評価しているからだ。しかしそれがどういった種類の好意であるかまでは考えが及ばない。それがムムらしさだと、松葉がいれば鼻で笑うだろう。
水を注ぎながらムムは考える。もちろん内容は昨日の藍沢ユズのことだ。死体は間違いなく藍沢ユズであることが確認された。ムムにはよく分からないが遺伝子がどうとかいった確認方法だそうだ。松葉からの説明を受けたのだが、しかし、素人であるムムにはそれが確定したということしか理解できなかった。つまり、あの遺体は藍沢ユズ本人で間違いはないのだ。その上で、新たな問題が生じる。
あの手紙を書いたのはだれか、というものだ。ユズが死んで三年が経った今、持ち物を処分してくれと手紙を送った意図は何か。江ノ墓地で見つかったのは何故か。小さな問題がいくつも現れては消えていく。
飲んだコップをそのままに、ムムは天を仰いだ。謎が溜まっていくままで、解決の糸口が何もない。
何か、そう、きっかけが必要だ。糸の先を手繰り寄せるための。
*
外を出たムムが最初に目にしたのは青い空だった。今日は天気がいいらしい。どこまでも澄んだ青にしかめっ面をしたムムは、自分の大事なカラコンをつけていないことに気づく。
赤。アレがないと始まらない。
カラコンを付けに帰ろうとした足が止まる。カラコンがなければ、もしかすれば、赤下ムムとして見られなかったものが見えてくるかもしれない、とそう思ったのだ。ムムとしてではなく、誰か分からない人として、江ノを歩き回ってみよう。ムムは決意を固めた。
いつもなら無造作に伸ばしている髪を無理やり帽子の中に隠す。"少しでも印象を変えたければ、面積が大きいものから変える"理論的に言えば当然なことなのだ。ムムはふと考えて、いつものようなカジュアルと形容できる服をやめ、クローゼットから履いた記憶も、ましてや買った記憶もないスカートを取り出した。テーマは、そう、流行に敏感な女性。ムムは完全に乗り気で自身をテーマに合わせたものへと変えた。
外に出る時の靴や香水に至るまで、その全てを女性らしい格好へと変えたムムは、優雅に背筋を伸ばしながら江ノを見渡した。
ムムとして見ていた世界はどこか曇っていたらしい。青くウザさしかなかった空は心を晴れ渡らせ、ムムの顔色を輝かせるものに変える。ムムは少しだけ昔に戻った気分になった。昔の、そう、高校生の頃に。
ムムが高校生の頃、不運にも一人の親友が命を落とした。火災に巻き込まれ、そのまま死亡。大きく空を広がる炎に焼かれたのだ。死因は灰になり分からずじまいだが、それでも焼死したのは間違いない。その炎を忘れないようにと、ムムは自分に罪を課した。それがあの赤いカラコンだ。これから先、ずっとあの事件を忘れないように。そして、いつか必ず犯人を捕まえるために。
被害者であるムムの親友の名前は、灰木カノンである。
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