小悪魔からの手紙

はな夜見

文字の大きさ
上 下
12 / 30
第二章 埋められた悪魔

第二節

しおりを挟む
 次の日、ムムは痛む頭を押さえながら水を欲して身体を起こした。昨日は思ったより飲みすぎていたようだ。昨日の冷たい言葉に反して、松葉が執拗にムムの呑む手を止めようとしていたことが微かに蘇る。

 これだからまっつーは。ムムは松葉のその好意を知っていながらそれを利用するような行動をする自分に反省をした。いつかは恩返しをしたいと思いながらも、具体的な目論みは何も思い浮かばない。それほど松葉はムムに尽くしているのだ。

「お人好しってわけでもないもんな」

 松葉の性格上、ムムにしている行為がどれだけの好意を秘めているかなど、ムムには手に取るように分かる。そこまで鈍感ではないと自分を評価しているからだ。しかしそれがどういった種類の好意であるかまでは考えが及ばない。それがムムらしさだと、松葉がいれば鼻で笑うだろう。

 水を注ぎながらムムは考える。もちろん内容は昨日の藍沢ユズのことだ。死体は間違いなく藍沢ユズであることが確認された。ムムにはよく分からないが遺伝子がどうとかいった確認方法だそうだ。松葉からの説明を受けたのだが、しかし、素人であるムムにはそれが確定したということしか理解できなかった。つまり、あの遺体は藍沢ユズ本人で間違いはないのだ。その上で、新たな問題が生じる。
 あの手紙を書いたのはだれか、というものだ。ユズが死んで三年が経った今、持ち物を処分してくれと手紙を送った意図は何か。江ノ墓地で見つかったのは何故か。小さな問題がいくつも現れては消えていく。

 飲んだコップをそのままに、ムムは天を仰いだ。謎が溜まっていくままで、解決の糸口が何もない。


 何か、そう、きっかけが必要だ。糸の先を手繰り寄せるための。





 外を出たムムが最初に目にしたのは青い空だった。今日は天気がいいらしい。どこまでも澄んだ青にしかめっ面をしたムムは、自分の大事なカラコンをつけていないことに気づく。

 赤。アレがないと始まらない。

 カラコンを付けに帰ろうとした足が止まる。カラコンがなければ、もしかすれば、赤下ムムとして見られなかったものが見えてくるかもしれない、とそう思ったのだ。ムムとしてではなく、誰か分からない人として、江ノを歩き回ってみよう。ムムは決意を固めた。

 いつもなら無造作に伸ばしている髪を無理やり帽子の中に隠す。"少しでも印象を変えたければ、面積が大きいものから変える"理論的に言えば当然なことなのだ。ムムはふと考えて、いつものようなカジュアルと形容できる服をやめ、クローゼットから履いた記憶も、ましてや買った記憶もないスカートを取り出した。テーマは、そう、流行に敏感な女性。ムムは完全に乗り気で自身をテーマに合わせたものへと変えた。
 外に出る時の靴や香水に至るまで、その全てを女性らしい格好へと変えたムムは、優雅に背筋を伸ばしながら江ノを見渡した。


 ムムとして見ていた世界はどこか曇っていたらしい。青くウザさしかなかった空は心を晴れ渡らせ、ムムの顔色を輝かせるものに変える。ムムは少しだけ昔に戻った気分になった。昔の、そう、高校生の頃に。

 ムムが高校生の頃、不運にも一人の親友が命を落とした。火災に巻き込まれ、そのまま死亡。大きく空を広がる炎に焼かれたのだ。死因は灰になり分からずじまいだが、それでも焼死したのは間違いない。その炎を忘れないようにと、ムムは自分に罪を課した。それがあの赤いカラコンだ。これから先、ずっとあの事件を忘れないように。そして、いつか必ず犯人を捕まえるために。



 被害者であるムムの親友の名前は、灰木カノンである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

霜月壱谷の探偵録

joker_moriG
ミステリー
霜月が新宿に引っ越したこと。それが全ての始まりだった。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

29歳、独身女の婚活殺人ミステリー

ユワ
ミステリー
 ある街に暮らす、独身29歳の女。 名前は成瀬 美香(なるせ みか)。  モテる人生を歩める程の容姿を持っているが、条件が多過ぎて、結婚は愚か彼氏すら出来ないまま、30歳を迎えそうになっていた。  そんなある日、会社の同僚でもあり幼馴染の早川 直也(はやかわ なおや)にご飯に誘われる。 早川 直也は結婚しており、妻の真由美とも高校生からの仲であった。  直也の家でご飯を食べていると、婚活アプリを勧められ、酔った勢いで渋々始めてみると、その日から成瀬 美香の人生は360°変わっていく…

イグニッション

佐藤遼空
ミステリー
所轄の刑事、佐水和真は武道『十六段の男』。ある朝、和真はひったくりを制圧するが、その時、警察を名乗る娘が現れる。その娘は中条今日子。実はキャリアで、配属後に和真とのペアを希望した。二人はマンションからの飛び降り事件の捜査に向かうが、そこで和真は幼馴染である国枝佑一と再会する。佑一は和真の高校の剣道仲間であったが、大学卒業後はアメリカに留学し、帰国後は公安に所属していた。 ただの自殺に見える事件に公安がからむ。不審に思いながらも、和真と今日子、そして佑一は事件の真相に迫る。そこには防衛システムを巡る国際的な陰謀が潜んでいた…… 武道バカと公安エリートの、バディもの警察小説。 ※ミステリー要素低し 月・水・金更新

籠の中物語

稚葉 夢依
ミステリー
目が覚めた時、初めて目にした景色は"この部屋"。 私以外誰もいる気配を感じ取れない。 なのに私の後ろには常に気配がある。 1人の少女と1冊の分厚い本。 そして 私の後ろには何があるのか────

ある小説家に探偵人生を頼んでも博士号は取れない 

同じ名前
ミステリー
第2弾 教師による 教育問題で 博士号は、 取れるのか という話し

処理中です...