死体女優

みつお真

文字の大きさ
上 下
3 / 10

ミダレル

しおりを挟む
車のハンドルを握る高木純一の目には、交通安全祈願のお守りと、その下に申し訳程度に飾られたハリネズミのキーホルダーが、左右に大きく揺れながら、駄々をこねる子供のように映っていた。
目的地への到着を急かされている。
そう感じた高木は、助手席の鎌田静子に不安を悟られないように平然と言った。

「何処の神社だったっけ?」

「なにが?」

ぶっきらぼうな返答に高木は慌てた。
不安を帯びた声は隠しようもなく、静子も気を使ってか、あえて不愛想に応えているようにも見える。
いや、そう思いたかった。
車をコインパーキングへ停めると、高木と静子は徒歩で根本神社へと向かった。
住宅地の密集するこの一角に、ぽっかりと口を開けた異空間はひんやりとしていて空気が重たい。
高木は思った。
川崎市生田町で唯一知りうる場所と言えば、大東京テレビのスタジオと、隣接するプロ野球チームのグラウンド。
その近くに、こんなにも幻想的な空間があったなんて・・・。
しばらくの間、ふたりは車の通れない細道を歩いて、使われなくなった公民館を右に曲がった。
点在する古民家や文化住宅、学生向けの真新しいワンルームマンションを通り過ぎる。
すると、目の前に鬱蒼と生い茂る竹林が見えた。
朱色の鳥居は、現実世界と異空間との境界線。
その脇に、一台のパトカーが停車している。
ハスキー犬を連れた初老の男性が、怪訝な顔をしながら鳥居の奥を覗き込んでいる。
高木は尋ねた。

「すみません、何かあったんですか?」

男性は、背後からの声に驚きながらも答えてくれた。
ハスキー犬は吠えることもせずに大人しくしている。
動物嫌いの靜子は安心した。

「ほら、あそこの部屋でさ、学生さんが死んでいたんだよ」

男性の指差す方向に目をやると、砂利道の緩やかな坂のふもとの、黄色い規制線の貼られた開閉門の脇に警察官が立っていた。
その背後には、二階建ての大きな出窓が特徴的なコーポが見える。

「自殺らしいよ、ばあ様友達が見つけたんだけどさ、扉から血が流れてたらしいよ」

靜子が呟く。

「やだ…」

男性は、無理に笑顏を浮かべて、明るい口調で話を続けた。
非日常的な世界に存在している。そんな興奮が伝わってくる。

「いやね、あそこのアパートはダメだよ、自殺なんてこれで2人目だもん。怖いねえ、無理矢理作ったような建物だからさ」

「無理矢理ですか?」

「そうだよ。だってさ、こんな坂のさ、しかも神社の敷地内にアパート建てるかね?」

「確かに、おかしな感じですね…」

「だろう!?」

靜子はずっと黙っていた。
高木は、これ以上話が長びくのを恐れて男性に礼を言うと、静子の手をひいて神社の境内へと歩き始めた。
鳥居をくぐると、狭い山道が延びている。
木材を階段状に設えただけの路。
辺りは竹林に覆われて薄暗く、烏の鳴き声が周囲に響き渡っている。
靜子は相変わらず黙ったままで、俯きながら歩いていた。
高木は気になっていた。
申し訳ないと思っていたし、自殺現場に遭遇した必然も恐ろしかった。

「靜子、やっぱり今日はやめよう」

祠の前で高木は言った。

「うん、なんか怖くなっちゃった」

「すまない」

「あやまらないでよ・・・」

静子の脳裏に、今日の出来事は必然ではなく偶然なのよといった思いが浮かぶ。
高木は何も言えないでいた。
元々静子は、オカルトや都市伝説のたぐいに興味がなかった。神や仏も信じていないし、運命や宿命等も「疲れた大人の癒しの言い訳」くらいに捉えていた。
ところが、数日前にドラマで演じた ー浮気相手に殺されるキャバ嬢ー の台詞が頭から離れない訳を知りたかった。

「1人で生まれて、どうせ死ぬのもぼっちなんだから、さあ、殺しなさいよ!」

気がつけば、家事の途中や就寝前に呪文のように呟いている。
高木が悪夢にうなされ始めたのも同じ頃で、撮影後現場の根本神社と似た場所を彷徨い歩いていると聞いた。
そして、神社に隣接するアパートで起こった若者の自殺。
高木の夢に現れる祠と赤い鳥居。
混在する得体の知れない現実に、流石の静子も不安になって、不都合な偶然を解釈出来ないまま時間だけが過ぎていた。
そんな心根を見透かされまいと、静子はあえてせがむように言った。

「あのね、この先であたし殺されちゃったんだから、行ってみよっか!?」

「おいおい、勘弁してくれよ」

「なに怖気付いちゃって!」

「もおいいよ、死んでばっかだなあ相変わらず」

「当たり役でしょ」

ふたりは笑った。

「静子、今更だけどさ」

「なに?」

「俺が夢で見た神社じゃないみたい」

「ええっ!」

「怖がらせてごめん」

「怖くなんてないし」

膨れっ面の静子は可愛かった。
ふたりで、来た道を手を繋いで下りて行く。
互いの温もりを感じらる幸せに酔い痴れながら。
一陣の風が吹き抜ける。
遠ざかるふたりのうしろ姿を追いかける3人の子供達。
祠の陰に佇むひとりの女。
こけた頬、開いたままの瞳孔がぎょろりと光の先を見つめ続けている。
秋風の騒めきに混ざって、蟲の羽音ほどの幽かな歌声が聞こえた。

あの丘を。
いつか越えて。
帰ろうよ。
我が家へ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

桜ケ丘高校の秘密

廣瀬純一
ミステリー
地震の後に体が入れ替わった咲良と健太か通う桜ケ丘高校の秘密の話

【1話完結】ほのぼのミステリー

Algo_Lighter
ミステリー
ほのぼのとした日常の中に隠れた、小さな謎を解く心温まるミステリー。 静かに、だけど確かに胸に響く優しい推理をお楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

雨の向こう側

サツキユキオ
ミステリー
山奥の保養所で行われるヨガの断食教室に参加した亀山佑月(かめやまゆづき)。他の参加者6人と共に独自ルールに支配された中での共同生活が始まるが────。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...