死体女優

みつお真

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ナマリノチ

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昭和35年 春。
神奈川県北部、生田宿村で農業を営んでいた大村高広は昼間から酒をあおっていた。
先祖代々この土地を守り続け、細々と農家で生計を立てながら生き抜いて来た一族にも、とうとう終焉を迎える時期が迫っていたのだ。
大村の母親は五年前に死んだ。
心不全だった。
父親も後を追うようにして翌年に他界した。
残された一人息子は、生活に困らない程度の遺産と、この生田宿村の土地を譲り受けた。
区画整理の対象となった大村の土地は、国によって買い上げらる予定となっていて、受け取った手付金でブルーバードを一括購入した。
それ以降大村は一日中酒を飲み、夜は売春宿で女を買い、抑えられない鬱憤は同棲相手の児玉詩織への暴力で補われていた。
それでも大村は詩織を愛しているつもりだった。
詩織がいないと生きていけないことも、生きている意味もないことも知っていた。
以前に別れを切り出された時も、大村は泣いで許しを乞うた。
なのに酒が入ると気が大きくなって、金遣いも言葉も荒々しくなる自分が恥ずかしかった。
本当は死にたかった。
生きている恥辱は、暴力という手段で解消出来た。

ー軟弱者ー

何故アルコールに頼るのかも解らない。
淋しかっただけかも知れない。
社会不適合者の烙印を押されることの恐怖心。
それを拭ってくれたのは、親が残した財産だった。



大村の両親は仲が悪かった。
幼い頃から夫婦喧嘩を目の当たりにしていた。
愛人を、はなれの小屋に連れ込む父親も酒癖が悪かった。
そんな男と、母が死んでしまうとあっという間にこの世を去った。
不思議なものだと、枯れ枝みたいな亡骸を見ながら大村は思った。



今日も大村は、昼近くに起きて酒を飲んでいた。
時には詩織を喜ばせてやろう。
花見にでも連れ立ってやろうか。
等々考えていると、気分は和らいで平常心でいられた。
詩織は居間で内職の機織りをしている。
大村は、何故働くのか理解出来なかった。
金はいくらでもあると云うのにー。
そっと襖を開けると、詩織のやつれた顔が自分に向けられた。
色白の肌に大きな瞳。その瞳は非難の意志をもっている。
大村は我慢ならなくなって。

「文句あんならはっきり言え!」

と、声を張り上げてしまった。
詩織は動じなかった。
そして、ゆっくりと口を動かした。

「お酒はやめてください」

「は?」

「約束してくれましたよね、お酒はやめてください!」

「なんだと!お前はそんなに偉いんか!」

大村は詩織の髪を引っ張って立ち上がらせると、左頬を拳で殴りその華奢な身体を蹴飛ばした。
詩織の鼻と口から真っ赤な血が流れ、畳にポタリポタリと滴り落ちた。

「胸くそ悪い!」

大村は家を飛び出して行った。
詩織には流れる涙は残っていなかった。
何度も何度も今までに泣いた。
出会った頃の大村は優しくて頼もしく、戦争で孤児となった詩織の良き理解者であり兄貴のような存在だった。
詩織にとって、最初で最後の男となった大村は、いまではタダの出来損ないの人間。
それだけだった。
詩織には、些細な楽しみもあった。
大村の知らない所で子猫を育てていた。
はなれの小屋は、大村が絶対に近づかない場所だというのを詩織は知っていた。
だからそこを寝ぐらにさせて、朝早くと夜中に餌を与えに行っていた。
詩織は畳の血だまりを拭き取ると、台所からかつお節の袋を手に取って外へ出た。
口の中は鉛のような味がしていた。

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