ねこふんじゃった

みつお真

文字の大きさ
上 下
24 / 49

ようこそ、すばらしき世界へ

しおりを挟む
ネコジンになってから、みたらしが驚いた現象のひとつに、世界はこんなにも美しかったのだと実感出来たことがあります。
その理由は、雑種猫時分とは違って視界がクリアになり、色の識別が格段に増えたからです。
代わりに、今まで見えていた暗闇はまっくろでした。
飛び乗るのにあんなに苦労した町中のブロック塀は、日光を浴びるとお魚のうろこみたいに輝いて見えます。
溝に生えている、深い緑色をしたコケも、よくよく見ると萌葱色だったり若竹色だったり、つゆくさ色をしていたりー。
道路標識の止まれの赤。
支柱の白と、疲れ切った枯茶寂び色くるみ色。
みたらしは、色鮮やかな世界にわくわくが抑えきれなくなって、不慣れな2本足でスキップを始めましたが、これがどうにも上手くいきません。
それでも良いんです。
人間は気持ちが高ぶると、スキップをするものだと学習出来たからです。
お皿洗いを終えて、お洗濯を手伝って、暦通りのこそばゆい風の匂いにまどろむ昼下がり。
みたらしは、マルグリーデの許可を得て、柳ねこ町3丁目をネコジンとしてお散歩しておりました。
雪之丞と追いかけっこをした路地裏。
魚屋さんや八百屋さんの、いつも見上げて通り過ぎていた木製の陳列棚。
ベット代わりに使った、月極駐車場のミツオカビュートのボンネット。
秘密の抜け道の側溝や、ジャンプを競い合った消火栓。
その隣の郵便ポスト。
触れるモノ全てが、今では目線の下にあるのです。
またたび銀座アーケードへ差し掛かかると、いつもながらの喧騒が辺りに広がっておりました。
パティスリーカフェの店員が、真鍮をピカピカに磨いています。
そこに映る笑顔のみたらしの後ろを、酔っぱらったホステスさんが鼻歌交じりに過ぎて行きます。
花屋の女の子は、客のおばあちゃんとお喋りに夢中です。
みたらしは、その楽し気な会話に混ざりたくて仕方ありませんでしたが、家を出る際に言われたマルグリーデの言葉を思い出して諦めました。

「何事も急ぎ過ぎてはダメよ。そして、決して偉くなったりしないこと。高いところから見下ろすと、勘違いしやすいのが人間なの。私達はあくまでもネコジン。見上げたままの気持ちがステキなのよ」

さっき聞いたばかりのやさしい声なのに、ちょっとだけ淋しくなるのはどうしてだろう?
みたらしは、深くは考えないでいようと思いました。
ため息や涙は冒険には似合わないし、可能なら、ずっとスキップをしていたい。その姿が不格好で、知らない人に笑われてしまっても、ふたつの足でちゃんと立っていられる時間はスキップで終わりたい。
そう思い始めていたのでした。
アーケード中央を過ぎた辺りで、蕎麦屋と寿司屋が大喧嘩をしています。
寿司屋は顔を真っ赤にして、蕎麦屋に思い切り顔を近付けて凄んでおりました。

「テメエの蕎麦はメメズか!?え?何が江戸前だ!食えたもんじゃねえってよ。みんな言ってんだよ、ネットにあげられてんだよ」

「ああん!?オメエんとこの寿司だってなあ、冷凍アナゴで時価の店。胸糞悪い死んだ目をした店主の店だってよ。あ、ほんとだ、死んだ魚の目をしてやがる」

「死んだ魚の目だと!!」

「そう書いてあんだ、ネットにな。ご愁傷さまでした店主」

鬼の形相の蕎麦屋と寿司屋の鼻先は、ひっ付くぐらいに接近しております。
こうなると互いに一歩も引けません。
目を反らせた側の負けなのです。
みたらしは、そおっとふたりに近付いて、両手をあげて叫びました。

「ガオォォォォォ!!」

突拍子な声に驚いたふたりは、体勢を崩してぶちゅう。
悲劇としか言いようがありません。
固まる江戸っ子を尻目に、みたらしはスキップをしながら、アーケードを抜けて行きました。

猫目川沿いの散歩道。
大きすぎたベンチは今では頼りなくて、置いてきぼりの赤い自転車は、しょんぼりとうな垂れています。
水面には、どんぶらこっこと浮かんでいるかもちゃんず。
みたらしは手を振って大声で言いました。

「おお~い!ごきげんはいかが!?」

何ひとつ、反応はありませんでした。
それでも良いんです。
元々仲良しでもないし、威圧的なかもちゃんずの態度は、空飛ぶ怪獣みたいで苦手だったのです.

ずんずん歩くみたらしの目に、土管公園が見えて来ました。
黄色のいもむしさんのライドの上で、にゃんもにゃいとになって、夢心地なミィとぶちはいつでも仲良し。
お喋り好きの鈴吉は、真昼間は偵察の時間で御座いまして、面白いネタを探しに市中へと繰り出しています。
カッコつけのあずきには、たいそう親切にしてくれる女学生がおりまして、腹が減るとそこで御厄介になって、3日3晩は行方知れずなんてのもザラですから誰も気にしない。
ソマリ、パトロンに染まる。
そんな陰口もなんのその。
集会の時とは打って変わって、ゆったりとした時間が流れています。
みたらしは、お気に入りのシーソーに近付きました。
空色のシーソーと、その下に埋め込まれた古いタイヤ。

「せっかくタイヤになったのに、土に埋められちゃうなんて・・・」

みたらしは不憫に思いましたが、すぐに気を取り直して、土管の中をそお~っと覗き込みました。
ネコジンになってから、まだそんなに時間は経ってないというのに、つい余計なことまで悩んでしまう。

これが人間なのかなあ。

それも、考えないようにしました。
眠り姫のあんこと、びびりのよもぎの鼻ちょうちん。
風に吹かれて、ふわふわと土管を抜けていきます。
光をキラキラ反射させながら、空へと舞い上がる鼻ちょうちん玉は、昔からそこにある大木の緑と、鋭利な木の枝を避けて、お日さまに吸い込まれて行きました。
みたらしはふと、集会の日にいなくなったライアを想いました。
泣いていたように見えて、気になっていたのです。
木漏れ日が、いやに眩しい土管公園。
みたらしは、目をしばしばさせて、ライアがいつも丸くなっていた木の枝を眺めました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

『元』魔法少女デガラシ

SoftCareer
キャラ文芸
 ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。 そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか? 卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。  

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

ライオンの王子さま

真柴イラハ
キャラ文芸
ギャル女子高生の絵莉が、ライオンの王子さまを拾うお話。 ※C96で頒布した同人誌の再録です。 ※この小説は「小説家になろう」、「ノベルアップ+」にも投稿しています。

処理中です...