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勇者・フロイト
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アヤメが心酔していたフロイトと名乗る男は、エミリオ・マサラ・フィリップスといった。母方からフィリピンと日本の血を受け継いで、父方からは、イングランドの血を受け継いでいた。
インディアナ州で少年時代を過ごし、その後はテキサス州の芸術大学を卒業して放浪の旅に出た。
数年後、蓄えがなくなると、学生時代に知り合ったエリザベスと結婚し、生まれ故郷のインディアナ州リッチモンドへ移住した。
エリザベスの父が営む不動産業で働き、35歳を迎えた年、文学サークル・ブレインを立ち上げて、団体は後々、新興宗教・ブレインへと姿を変えることとなる。
フロイトが掲げる、新時代社会主義理想論は、失業に喘いでいた若者の一部に支持された。
経済という名の奴隷制度の社会にあって、人間が人間を評価し、金銭で個人の価値が判断される。それほど有能な生き物であるはずもない人間は、もっと質素で平等な暮らしが保障されるべきだ。肥大化した脳をリセットするには、聡明な「死」をもって実証するしかないだろう。
そう言い残して自死したフロイトを、アヤメは許せなかった。
グレイの大きな瞳と褐色の肌。
闇よりも深く、吸い込まれそうな長い黒髪を束ね、煙草を咥えながら悠々と歩く姿はネイティブ・アメリカンを彷彿とさせ、アヤメも、そんな男を真似て煙草を吸うようになった。
出会った当時、フロイトは悪戯っ子のみたいな笑みを浮かべて。
「ケイシー、君は日本人なんだろう?」
「はい」
「マンガは何が好き?」
「特に興味は・・・」
「何故!?」
「いや、あの、わからないけど、近くになかったから・・・」
「近くになかった? 日本なのに!?」
「はい」
「それなら、ゲームはどうなんだい? ドラクエくらいはやったことがあるだろう?」
「あ、いえ・・・」
「まさかとは思うけどケイシー。ドラクエも知らないのか? おいおい、待ってくれよ、君は本当に日本人なのかい?」
「俺は・・・」
「ん?」
「俺は・・・地球人です」
フロイトの笑い声は豪快だった。
以前、幼少期は病弱だったと本人は語っていたが、産まれも育ちも、趣味や趣向も、そして、数多き恋愛話に至る全ての過去は謎めいて、そんな男の近くにいると、コインロッカーベイビーとして、この世界に誕生した自分の過ぎ去った日々や、無意味に苦しんだ時間も馬鹿らしく振る舞うことが出来る。仮想現実の社会は不自由で自由な世界。なんでもアリで、なんにもナシの世界。
アヤメは嬉しかった。
ふところの深さが滲み出た野太い声も、笑い方もや叱り方も、フロイトは勇者であり、父親でもあったのだ。
ひとしきり笑うと、今度は囁くようにフロイトは言った。
「君は実に勇敢な男だな、俺にはわかる、いっしょに冒険を楽しもうじゃないか。腐った世界で、くだらない社会で、ドキドキする冒険を創っていこう。ロールプレイングゲームさ、君の国が創った」
「冒険?」
「そう、俺も君も・・・勇者だ!」
「勇者?」
アヤメの胸に、熱いものがこみ上げた。
フロイトはとてもアヤメが気に入ったらしく、事あるたびに自室へ呼んで「この世界の成り立ち」を説明し、一緒に煙草を楽しんだ。ティータイムと呼ばれたそれは、フロイトが妾に施す儀式のひとつとされた。
男女や年齢は関係なかった。
ただし、フロイト以外の人間は皆、マリファナ入りの煙草を吸引していた。
インディアナ州で少年時代を過ごし、その後はテキサス州の芸術大学を卒業して放浪の旅に出た。
数年後、蓄えがなくなると、学生時代に知り合ったエリザベスと結婚し、生まれ故郷のインディアナ州リッチモンドへ移住した。
エリザベスの父が営む不動産業で働き、35歳を迎えた年、文学サークル・ブレインを立ち上げて、団体は後々、新興宗教・ブレインへと姿を変えることとなる。
フロイトが掲げる、新時代社会主義理想論は、失業に喘いでいた若者の一部に支持された。
経済という名の奴隷制度の社会にあって、人間が人間を評価し、金銭で個人の価値が判断される。それほど有能な生き物であるはずもない人間は、もっと質素で平等な暮らしが保障されるべきだ。肥大化した脳をリセットするには、聡明な「死」をもって実証するしかないだろう。
そう言い残して自死したフロイトを、アヤメは許せなかった。
グレイの大きな瞳と褐色の肌。
闇よりも深く、吸い込まれそうな長い黒髪を束ね、煙草を咥えながら悠々と歩く姿はネイティブ・アメリカンを彷彿とさせ、アヤメも、そんな男を真似て煙草を吸うようになった。
出会った当時、フロイトは悪戯っ子のみたいな笑みを浮かべて。
「ケイシー、君は日本人なんだろう?」
「はい」
「マンガは何が好き?」
「特に興味は・・・」
「何故!?」
「いや、あの、わからないけど、近くになかったから・・・」
「近くになかった? 日本なのに!?」
「はい」
「それなら、ゲームはどうなんだい? ドラクエくらいはやったことがあるだろう?」
「あ、いえ・・・」
「まさかとは思うけどケイシー。ドラクエも知らないのか? おいおい、待ってくれよ、君は本当に日本人なのかい?」
「俺は・・・」
「ん?」
「俺は・・・地球人です」
フロイトの笑い声は豪快だった。
以前、幼少期は病弱だったと本人は語っていたが、産まれも育ちも、趣味や趣向も、そして、数多き恋愛話に至る全ての過去は謎めいて、そんな男の近くにいると、コインロッカーベイビーとして、この世界に誕生した自分の過ぎ去った日々や、無意味に苦しんだ時間も馬鹿らしく振る舞うことが出来る。仮想現実の社会は不自由で自由な世界。なんでもアリで、なんにもナシの世界。
アヤメは嬉しかった。
ふところの深さが滲み出た野太い声も、笑い方もや叱り方も、フロイトは勇者であり、父親でもあったのだ。
ひとしきり笑うと、今度は囁くようにフロイトは言った。
「君は実に勇敢な男だな、俺にはわかる、いっしょに冒険を楽しもうじゃないか。腐った世界で、くだらない社会で、ドキドキする冒険を創っていこう。ロールプレイングゲームさ、君の国が創った」
「冒険?」
「そう、俺も君も・・・勇者だ!」
「勇者?」
アヤメの胸に、熱いものがこみ上げた。
フロイトはとてもアヤメが気に入ったらしく、事あるたびに自室へ呼んで「この世界の成り立ち」を説明し、一緒に煙草を楽しんだ。ティータイムと呼ばれたそれは、フロイトが妾に施す儀式のひとつとされた。
男女や年齢は関係なかった。
ただし、フロイト以外の人間は皆、マリファナ入りの煙草を吸引していた。
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