32 / 50
交代人格・カシイアヤメ
しおりを挟む
デイルームの様子を、通路から観察していた沢口は。
「これはいけない」
と言うなり、ふたりの元へと急いだ。
北九州に旅立つ際に、瀬戸際から言われた。
「鮫島結城の人格交代のサインは、爪を噛む仕草と、同じ言葉を繰り返す。この二つです。しかし、例外もあって、詐病癖のあるリヨツグは、その症状を巧みに利用して、医師や看護師らの気を惹こうとする傾向にあります。自殺未遂が良い例です。私がいない間、彼がそうならない事を祈りますよ」
そんな、素っ気ない言葉が頭をかすめた。
沢口は、軽い返事で無愛想に応えたが不安だった。
緊急を要する患者のリストは、カルテと一緒にファイルされていて、容体悪化の際には、瀬戸際個人のスマホに連絡を入れる運びになっていた。
特に、鮫島結城のカルテは膨大な量で、目を通しながら瀬戸際に。
「悪いんだが、要点だけまとめてくれないか?」
「いえ、それは出来ません」
「何故?」
「これは彼自身です、要点などありません」
「わかったわかった、しかし、どうして君のカルテはだな・・・他の医師と違って・・・こう・・・細かすぎやしないか?」
「忘れるためです」
「そりゃそうだろう、だけど一人の患者にここまでしなくても、鮫島さん以外も結構なもんだぞ」
瀬戸際は珍しく、考えてから言った。
「ま、それだけ、私の心はナイーブなんでしょうかね、カルテをしっかり書くことで、私生活に患者のあれこれを持ち込まない、カルテが雑だと、一人一人の患者を過大に心配してしまうので・・・要するに私って、優しい人間なんですよ、ね、院長」
言葉を濁しながら笑う瀬戸際を見て、沢口は内心、穏やかではなかった。
茶化されている気持ちのまま、鮫島結城の人格交代を目の当たりにし、余計に腹立たしさと不満が過る。
「もしや瀬戸際は、今日という日を予測していたのではないか。だとしたら、全ては計算づく・・・いや、リヨツグを利用してるのかも知れん、それなら目的はなんだ、私に恥をかかせることか? いやいや、そんな馬鹿な、いくらなんでもそこまで落ちぶれてはいないだろう。いや、待て待て、知念正也の死も、実ははじめから予測していたとしたら? あまりにもタイミングが良すぎる、どういうことだ、いや、今は取りあえず・・・」
疑心暗鬼に苛まれた沢口は、独り言を呟く鮫島結城の肩に手をかけ。
「大丈夫ですか? お水でもどうです、少し落ち着きましょうか」
「テメエなんだよ!」
「はい?」
「馴れ馴れしいんだよ、気安く触ってんじゃねえよ! てか、ここ何処だよ、こいつ誰だよ! おい! オメエら何なんだよ! 見てんじゃねえよ!」
「鮫島さん、大丈夫ですよ、不安なのは解ります、ですが安心して下さい。ここは帝北神経サナトリウム、病院です」
「はあ!?」
アヤメは混乱した。
鮫島結城の脳内、ブックバー・シャングリラで、ある程度の情報共有はされていたが、アヤメが最後にセンターに立ったのは、野田秀美殺人容疑で連行されて行くパトカーの車内で、のちの共有記憶は断片的で、しかも、壊れた映写機の様に空回りしていた。
初めて覚醒した時、父親の性奴隷として生きる日々、ドクンドクンと脈打つペニスに触れてだけで激痛が走り、ああ、そういうことなんだと理解して眠る結城に、そっと助言をしたのが2008年。あれからどれくらいの年月が経過したのだろう。未完成の記憶のパズルは、其々のピースが色褪せていて、苛立たしさを隠せないアヤメは。
「今、何年だ!?」
「え?」
「今何年だって聞いてんだよ!」
「2021年だが、それがどうしたね、君にとって余程重大な案件なのかな?」
「テメエ舐めてんのか!」
アヤメは沢口の襟元を掴んで、そのまま引き倒し、馬乗りになって殴りかかった。周りの医師達は短い悲鳴を上げた後、アヤメの身体を羽交い締めにして床に押し倒した。宮原は、奇声を上げながら走り去って行った。
「これはいけない」
と言うなり、ふたりの元へと急いだ。
北九州に旅立つ際に、瀬戸際から言われた。
「鮫島結城の人格交代のサインは、爪を噛む仕草と、同じ言葉を繰り返す。この二つです。しかし、例外もあって、詐病癖のあるリヨツグは、その症状を巧みに利用して、医師や看護師らの気を惹こうとする傾向にあります。自殺未遂が良い例です。私がいない間、彼がそうならない事を祈りますよ」
そんな、素っ気ない言葉が頭をかすめた。
沢口は、軽い返事で無愛想に応えたが不安だった。
緊急を要する患者のリストは、カルテと一緒にファイルされていて、容体悪化の際には、瀬戸際個人のスマホに連絡を入れる運びになっていた。
特に、鮫島結城のカルテは膨大な量で、目を通しながら瀬戸際に。
「悪いんだが、要点だけまとめてくれないか?」
「いえ、それは出来ません」
「何故?」
「これは彼自身です、要点などありません」
「わかったわかった、しかし、どうして君のカルテはだな・・・他の医師と違って・・・こう・・・細かすぎやしないか?」
「忘れるためです」
「そりゃそうだろう、だけど一人の患者にここまでしなくても、鮫島さん以外も結構なもんだぞ」
瀬戸際は珍しく、考えてから言った。
「ま、それだけ、私の心はナイーブなんでしょうかね、カルテをしっかり書くことで、私生活に患者のあれこれを持ち込まない、カルテが雑だと、一人一人の患者を過大に心配してしまうので・・・要するに私って、優しい人間なんですよ、ね、院長」
言葉を濁しながら笑う瀬戸際を見て、沢口は内心、穏やかではなかった。
茶化されている気持ちのまま、鮫島結城の人格交代を目の当たりにし、余計に腹立たしさと不満が過る。
「もしや瀬戸際は、今日という日を予測していたのではないか。だとしたら、全ては計算づく・・・いや、リヨツグを利用してるのかも知れん、それなら目的はなんだ、私に恥をかかせることか? いやいや、そんな馬鹿な、いくらなんでもそこまで落ちぶれてはいないだろう。いや、待て待て、知念正也の死も、実ははじめから予測していたとしたら? あまりにもタイミングが良すぎる、どういうことだ、いや、今は取りあえず・・・」
疑心暗鬼に苛まれた沢口は、独り言を呟く鮫島結城の肩に手をかけ。
「大丈夫ですか? お水でもどうです、少し落ち着きましょうか」
「テメエなんだよ!」
「はい?」
「馴れ馴れしいんだよ、気安く触ってんじゃねえよ! てか、ここ何処だよ、こいつ誰だよ! おい! オメエら何なんだよ! 見てんじゃねえよ!」
「鮫島さん、大丈夫ですよ、不安なのは解ります、ですが安心して下さい。ここは帝北神経サナトリウム、病院です」
「はあ!?」
アヤメは混乱した。
鮫島結城の脳内、ブックバー・シャングリラで、ある程度の情報共有はされていたが、アヤメが最後にセンターに立ったのは、野田秀美殺人容疑で連行されて行くパトカーの車内で、のちの共有記憶は断片的で、しかも、壊れた映写機の様に空回りしていた。
初めて覚醒した時、父親の性奴隷として生きる日々、ドクンドクンと脈打つペニスに触れてだけで激痛が走り、ああ、そういうことなんだと理解して眠る結城に、そっと助言をしたのが2008年。あれからどれくらいの年月が経過したのだろう。未完成の記憶のパズルは、其々のピースが色褪せていて、苛立たしさを隠せないアヤメは。
「今、何年だ!?」
「え?」
「今何年だって聞いてんだよ!」
「2021年だが、それがどうしたね、君にとって余程重大な案件なのかな?」
「テメエ舐めてんのか!」
アヤメは沢口の襟元を掴んで、そのまま引き倒し、馬乗りになって殴りかかった。周りの医師達は短い悲鳴を上げた後、アヤメの身体を羽交い締めにして床に押し倒した。宮原は、奇声を上げながら走り去って行った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説



聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる