きみの瞳に恋をしている

みつお真

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交代人格・カシイアヤメ

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デイルームの様子を、通路から観察していた沢口は。

「これはいけない」

と言うなり、ふたりの元へと急いだ。
北九州に旅立つ際に、瀬戸際から言われた。

「鮫島結城の人格交代のサインは、爪を噛む仕草と、同じ言葉を繰り返す。この二つです。しかし、例外もあって、詐病癖のあるリヨツグは、その症状を巧みに利用して、医師や看護師らの気を惹こうとする傾向にあります。自殺未遂が良い例です。私がいない間、彼がそうならない事を祈りますよ」

そんな、素っ気ない言葉が頭をかすめた。
沢口は、軽い返事で無愛想に応えたが不安だった。
緊急を要する患者のリストは、カルテと一緒にファイルされていて、容体悪化の際には、瀬戸際個人のスマホに連絡を入れる運びになっていた。
特に、鮫島結城のカルテは膨大な量で、目を通しながら瀬戸際に。

「悪いんだが、要点だけまとめてくれないか?」

「いえ、それは出来ません」

「何故?」

「これは彼自身です、要点などありません」

「わかったわかった、しかし、どうして君のカルテはだな・・・他の医師と違って・・・こう・・・細かすぎやしないか?」

「忘れるためです」

「そりゃそうだろう、だけど一人の患者にここまでしなくても、鮫島さん以外も結構なもんだぞ」

瀬戸際は珍しく、考えてから言った。

「ま、それだけ、私の心はナイーブなんでしょうかね、カルテをしっかり書くことで、私生活に患者のあれこれを持ち込まない、カルテが雑だと、一人一人の患者を過大に心配してしまうので・・・要するに私って、優しい人間なんですよ、ね、院長」

言葉を濁しながら笑う瀬戸際を見て、沢口は内心、穏やかではなかった。
茶化されている気持ちのまま、鮫島結城の人格交代を目の当たりにし、余計に腹立たしさと不満が過る。

「もしや瀬戸際は、今日という日を予測していたのではないか。だとしたら、全ては計算づく・・・いや、リヨツグを利用してるのかも知れん、それなら目的はなんだ、私に恥をかかせることか? いやいや、そんな馬鹿な、いくらなんでもそこまで落ちぶれてはいないだろう。いや、待て待て、知念正也の死も、実ははじめから予測していたとしたら? あまりにもタイミングが良すぎる、どういうことだ、いや、今は取りあえず・・・」

疑心暗鬼に苛まれた沢口は、独り言を呟く鮫島結城の肩に手をかけ。

「大丈夫ですか? お水でもどうです、少し落ち着きましょうか」

「テメエなんだよ!」

「はい?」

「馴れ馴れしいんだよ、気安く触ってんじゃねえよ! てか、ここ何処だよ、こいつ誰だよ! おい! オメエら何なんだよ! 見てんじゃねえよ!」

「鮫島さん、大丈夫ですよ、不安なのは解ります、ですが安心して下さい。ここは帝北神経サナトリウム、病院です」

「はあ!?」

アヤメは混乱した。
鮫島結城の脳内、ブックバー・シャングリラで、ある程度の情報共有はされていたが、アヤメが最後にセンターに立ったのは、野田秀美殺人容疑で連行されて行くパトカーの車内で、のちの共有記憶は断片的で、しかも、壊れた映写機の様に空回りしていた。
初めて覚醒した時、父親の性奴隷として生きる日々、ドクンドクンと脈打つペニスに触れてだけで激痛が走り、ああ、そういうことなんだと理解して眠る結城に、そっと助言をしたのが2008年。あれからどれくらいの年月が経過したのだろう。未完成の記憶のパズルは、其々のピースが色褪せていて、苛立たしさを隠せないアヤメは。

「今、何年だ!?」

「え?」

「今何年だって聞いてんだよ!」

「2021年だが、それがどうしたね、君にとって余程重大な案件なのかな?」

「テメエ舐めてんのか!」

アヤメは沢口の襟元を掴んで、そのまま引き倒し、馬乗りになって殴りかかった。周りの医師達は短い悲鳴を上げた後、アヤメの身体を羽交い締めにして床に押し倒した。宮原は、奇声を上げながら走り去って行った。




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