きみの瞳に恋をしている

みつお真

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最期まで自認できない苦しみ

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これまでに付き合った女性達は、変態と位置付けられる自分の性癖を知らない。別れはいつも向こうからで、優しすぎるからという理由に、知念はいつも心を痛めていた。
セックスの時もそれは同じで、そっと唇を交わして服を脱がせ、乳房や腹や太ももに指を這わせると、彼女達は決まって、それもマニュアル通りに、色っぽく息を洩らして身悶えてくれた。苦悶の表情は好きだった。
しかし、あくまでも知念は奉仕者で、される側にまわると何故か勃たなくなっていた。自分のセクシャリティーに悩んだ時期もあったが、同性に恋愛感情を抱くことはなく、性的に興奮するのは異性か自分の姿だった。
こうなってしまった理由など、後々に判るから考えないようにしていた。
きっと、年老いて死を迎える時にようやく答えが出るかもしれない。
そう思っていた。
脳に酸素が届かない現状で、両足は痙攣を始めている。
更なる快楽を求めた結果、知念は首に巻いたロープの片方を、ドアノブにきつく結んで、もう片方は足に巻き付けて自慰に耽っていた。
エクスタシーに達したい時は足を伸ばして、ローションに塗れた手で乳首を愛撫する。ボイスレコーダーから聞こえる。

「もっと、べろ舐めさせて、もっとキスして」

その声に従いながら舌を突き出し、ルージュを塗った口から涎を流す自分を想像する。いつか鮫島結城、いや、三宅リヨツグに滅茶苦茶にされたい願望と、首を絞められている擬似体験とが、忘我と現実の境を行き来している。
焦らしながら、たっぷりと時間をかけて自分を愛する世界に嘘はなかった。
これが自分なのだ。

「もっと愛したい、もっと虐めたい、もっと苦しむ顔が見たい、そうだ、鏡を、鏡を・・・一緒にイキたいから」

知念は身体を仰け反らせ、壁に立てかけた姿見の角度を変えようとした。
その時、予想外に伸びたロープの結び目が、知念の咽頭を締め上げた。
力が入らない両腕は、虚しく空を切るばかりで、耳の奥ではザラザラと奇妙な音がしていた。
砂場の中に鼓膜だけが埋もれている感覚と、遠ざかる意識、そして早すぎる死へのカウントダウン。
知念は後悔した。
欲情を抑えられい自分を。

「知念くんは強い子だね、よく頑張ったね」

「うん・・・」

「だけどね、怖い思いをしたり、痛い思いをしたら、大きな声で助けてって言わなきゃね、先生すぐに助けに行くからね」

「うん・・・」

「わかった?」

「うん・・・でも・・・」

「でもなあに?」

「男の子は強くなきゃダメだって・・・弱い僕がいけないから・・・」

「そんなことないよ知念くん」

「でも・・・」

「知念くんはとっても強い子なんだよ」

母親でもなく、元恋人でもない、しかし何処かで聞き覚えのある声だった。
人間は死を迎える瞬間、これまでの人生が矢のように過ぎるというが、それは違っていたと、知念は思っていた。
走馬灯など誰が言い出したのか、もし生き返ることが出来たらみんなに言ってやろう。両親や瀬戸際先生や、他の研修医やリヨツグにも言ってやろう。いったいどんな顔で聞いてくれるのだろうか。そして、この声は誰なのだろう。

「辛い時は助けを呼ぶのよ、我慢しちゃだめだよ、先生はいつでも味方だからね」

「うん」

「逃げたっていいの、逃げることはカッコ悪いことじゃないよ。ひとを叩いたり、蹴飛ばしたりする子がカッコ悪い子なんだからね、ようく覚えておいてね」

「うん」

知念は思い出した。
声の主は、幼稚園でいじめられていた時に助けてくれた先生だと。
いつも笑顔で優しかった先生は、その後白血病で死んだ。
遠ざかる意識の中で。

「たすけて・・・先生・・・」

と、知念は思い、そして絶命した。





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