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私を殺して食べて下さい
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私を殺して食べて下さい
文・小暮幸太郎
絵・マクベス白木
大人の知らない、ちいさなちいさな町がありました。
あるはれた日のゆうがた、桃子は小学校をさぼって、ひみつの丘の向こうへ、たんけんをしに出かけました。
てくてく、てくてくあるいていると、カラスのちゃーこが電線の上から桃子にいいました。
「どこいくの?」
桃子はへへんとわらって答えました。
「おしえな~い。」
ふてくされたちゃーこは、まっくろなくちばしをとがらせながらいいました。
「ならいいさ、きょうみないもん。」
そうして、りっぱな羽根をバタバタさせて、神社の森のなかへとんでいってしまいました。
桃子は再びスタスタ、スタスタ歩きはじめました。
きれいな池のちかくで、どこからか聞こえます。
「どこいくの?」
えさを求めて、口をパクパクさせているコイの夫婦の声でした。
桃子はへへんとわらって答えました。
「しりたいの?」
えらそうな言い方にムッとしたコイの夫婦はいいました。
「しりたくなんかないもん、ばいばい。」
そうして、りっぱなおひげをピクピクさせて、ざぶんと水の中へもぐってしまいました。
桃子は、丘の上の、おおきなおおきなおひさまを目指してあるいています。
みかんの色をしたおひさまは、なんだかおいしそうでした。
ズンズン、ズンズンあるいていると、のっぽのひまわりが桃子に話かけました。
「どこにいくんだい?」
桃子は、へへんとわらって答えました。
「ひまわりさんにはおしえてあげる。丘のむこうへあそびにいくの。」
「丘の向こうへでかけるのかい?」
「そうよ。」
のっぽのひまわりはおどろいて、ぶんぶんとからだをゆらしました。
「あそこはコワイところだよ、大男に食べられちゃうよ。いっちゃだめだよ、わるいことはいわないから、おとなしくおうちにおかえりよ。」
「やだもん。大男さんはそんなわるい人じゃないもん。」
「なんでわかるの?」
「あったことあるもん。」
「ええ~?」
のっぽのひまわりはびっくりしすぎて、しょんぼりとうなだれてしまいました。
桃子は、タッタタッタと丘の入り口までやってきました。
まっかなリボンで囲まれた森の中から、とてもおいしそうなにおいがしています。
もうすぐおやすみのお日さまに代わって、巨大すぎるお月様が辺りの樹海を照らし始めました。
桃子は赤線をひとまたぎすると、あっという間に大人の女の人になっていました。
着ていた服や靴を棄てて、秘密の丘の向こう側と恐れられる聖域に足を踏み入れると、猪やミミズクが現れて、桃子を習わしの儀場と呼ばれる場所へ案内してくれました。
辺りはすっかり暗くなって、生い茂る木々の隙間からは青白い月明りが見えます。
桃子は実はイジメられていました。
学校や家庭にも居場所はなくて、友達も居ませんでした。
自分なんて生まれてこなければ良かった。そう思いながら10年間ずっと我慢をしていたのです。
両親は仲が悪くて、酒が入ると桃子に暴力を奮いました。
先生に相談しても、面倒臭そうに笑うだけで相手にしてくれませんでした。
誰も助けてはくれません。
人生なんてこんなに辛いんだと、泣きながら朝を迎えたものの、自分ではどうしようもありませんでした。
そんな時、この町に伝わる人食い男の物語を思い出したのです。
ただ居なくなるよりは、すこしは役に立って消えたい。
いつもお腹を空かせている大男の食料になってあげよう。
そうして、血や肉になって、生きていた証を残そうと考えたのです。
涙が頬を伝わりました。
身体があっという間に大きくなったのも、美味しい食材になる為の魔法の力だと思ったからです。
生きていた理由を知りたくなりました。
美味しそうな匂いが、桃子の鼻腔をくすぐります。
「そっか・・・死ぬために生きているのかな・・・」
桃子が言うと、猪は振り返って言いました。
「生きているのに理由はない、だから好きに生きなさい。訳を探したり求めたりしたら駄目だ。食べられるも良し、逃げ帰るのも良し、わしらなんて、殺される理由もなく、お前たち人間に喰われてるぞ」
「そうだね」
「そうさ」
習わしの儀場へ着くと、4メートルを超える大男が、錆びついた巨大な鉄鍋の中身を覗いていました。
ぐつぐつ煮えたぎる特性のスープ。
裸の桃子を見つけてにんまりと笑う大男の歯は、鮫みたいに鋭く幾重にも連なっていました。
猪とミミズクは、いつの間にか居なくなっていました。
桃子はごくりと唾を飲んで言いました。
「私を殺して食べて下さい」
大男は、キョトンとした顔になりました。
こんな願い事を聞いてのは初めてでした。
たいていの人間は。
「助けて下さい!」
「殺さないでください!」
と、懇願するのに・・・。
大男はゆっくり立ち上がって、桃子を驚かせないようにそっと近付きました。
桃子はぎゅっと目を瞑って、震えながら言いました。
「あなたの血や肉になって、生きていたことを証明したいんです。それしかできないの、私は出来損ないの人間なの」
大男は、急に桃子が不憫になりました。
嫌われ者の厄介者。
自分と同じだと思ったのです。
「・・・だれかが、いったのか?」
「みんなが、いってる。」
「だから、たべてほしいのか?」
「・・・それしかできないもの。」
「そうなのか?」
「・・・うん・・・」
なきだした桃子を、大男はそっと抱きかかえると、にえたぎるてつなべをけとばして、森の中へきえてしまいました。
その日から、ひみつの丘の向こうからは楽しそうな笑い声だけが聞こえるようになったのです。
文・小暮幸太郎
絵・マクベス白木
大人の知らない、ちいさなちいさな町がありました。
あるはれた日のゆうがた、桃子は小学校をさぼって、ひみつの丘の向こうへ、たんけんをしに出かけました。
てくてく、てくてくあるいていると、カラスのちゃーこが電線の上から桃子にいいました。
「どこいくの?」
桃子はへへんとわらって答えました。
「おしえな~い。」
ふてくされたちゃーこは、まっくろなくちばしをとがらせながらいいました。
「ならいいさ、きょうみないもん。」
そうして、りっぱな羽根をバタバタさせて、神社の森のなかへとんでいってしまいました。
桃子は再びスタスタ、スタスタ歩きはじめました。
きれいな池のちかくで、どこからか聞こえます。
「どこいくの?」
えさを求めて、口をパクパクさせているコイの夫婦の声でした。
桃子はへへんとわらって答えました。
「しりたいの?」
えらそうな言い方にムッとしたコイの夫婦はいいました。
「しりたくなんかないもん、ばいばい。」
そうして、りっぱなおひげをピクピクさせて、ざぶんと水の中へもぐってしまいました。
桃子は、丘の上の、おおきなおおきなおひさまを目指してあるいています。
みかんの色をしたおひさまは、なんだかおいしそうでした。
ズンズン、ズンズンあるいていると、のっぽのひまわりが桃子に話かけました。
「どこにいくんだい?」
桃子は、へへんとわらって答えました。
「ひまわりさんにはおしえてあげる。丘のむこうへあそびにいくの。」
「丘の向こうへでかけるのかい?」
「そうよ。」
のっぽのひまわりはおどろいて、ぶんぶんとからだをゆらしました。
「あそこはコワイところだよ、大男に食べられちゃうよ。いっちゃだめだよ、わるいことはいわないから、おとなしくおうちにおかえりよ。」
「やだもん。大男さんはそんなわるい人じゃないもん。」
「なんでわかるの?」
「あったことあるもん。」
「ええ~?」
のっぽのひまわりはびっくりしすぎて、しょんぼりとうなだれてしまいました。
桃子は、タッタタッタと丘の入り口までやってきました。
まっかなリボンで囲まれた森の中から、とてもおいしそうなにおいがしています。
もうすぐおやすみのお日さまに代わって、巨大すぎるお月様が辺りの樹海を照らし始めました。
桃子は赤線をひとまたぎすると、あっという間に大人の女の人になっていました。
着ていた服や靴を棄てて、秘密の丘の向こう側と恐れられる聖域に足を踏み入れると、猪やミミズクが現れて、桃子を習わしの儀場と呼ばれる場所へ案内してくれました。
辺りはすっかり暗くなって、生い茂る木々の隙間からは青白い月明りが見えます。
桃子は実はイジメられていました。
学校や家庭にも居場所はなくて、友達も居ませんでした。
自分なんて生まれてこなければ良かった。そう思いながら10年間ずっと我慢をしていたのです。
両親は仲が悪くて、酒が入ると桃子に暴力を奮いました。
先生に相談しても、面倒臭そうに笑うだけで相手にしてくれませんでした。
誰も助けてはくれません。
人生なんてこんなに辛いんだと、泣きながら朝を迎えたものの、自分ではどうしようもありませんでした。
そんな時、この町に伝わる人食い男の物語を思い出したのです。
ただ居なくなるよりは、すこしは役に立って消えたい。
いつもお腹を空かせている大男の食料になってあげよう。
そうして、血や肉になって、生きていた証を残そうと考えたのです。
涙が頬を伝わりました。
身体があっという間に大きくなったのも、美味しい食材になる為の魔法の力だと思ったからです。
生きていた理由を知りたくなりました。
美味しそうな匂いが、桃子の鼻腔をくすぐります。
「そっか・・・死ぬために生きているのかな・・・」
桃子が言うと、猪は振り返って言いました。
「生きているのに理由はない、だから好きに生きなさい。訳を探したり求めたりしたら駄目だ。食べられるも良し、逃げ帰るのも良し、わしらなんて、殺される理由もなく、お前たち人間に喰われてるぞ」
「そうだね」
「そうさ」
習わしの儀場へ着くと、4メートルを超える大男が、錆びついた巨大な鉄鍋の中身を覗いていました。
ぐつぐつ煮えたぎる特性のスープ。
裸の桃子を見つけてにんまりと笑う大男の歯は、鮫みたいに鋭く幾重にも連なっていました。
猪とミミズクは、いつの間にか居なくなっていました。
桃子はごくりと唾を飲んで言いました。
「私を殺して食べて下さい」
大男は、キョトンとした顔になりました。
こんな願い事を聞いてのは初めてでした。
たいていの人間は。
「助けて下さい!」
「殺さないでください!」
と、懇願するのに・・・。
大男はゆっくり立ち上がって、桃子を驚かせないようにそっと近付きました。
桃子はぎゅっと目を瞑って、震えながら言いました。
「あなたの血や肉になって、生きていたことを証明したいんです。それしかできないの、私は出来損ないの人間なの」
大男は、急に桃子が不憫になりました。
嫌われ者の厄介者。
自分と同じだと思ったのです。
「・・・だれかが、いったのか?」
「みんなが、いってる。」
「だから、たべてほしいのか?」
「・・・それしかできないもの。」
「そうなのか?」
「・・・うん・・・」
なきだした桃子を、大男はそっと抱きかかえると、にえたぎるてつなべをけとばして、森の中へきえてしまいました。
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