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7月20日
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太陽に照らされると影が出来るように、人見知りが私について回っていたけれど、このところは姿を消している。
職場のパートさんや所長にも自分から話しかけることが出来ているし、自分で言うのもなんだけど、笑顔が増えたと思う。だけど、夜は眠りづらくなって3時間眠れたらいい方だった。体の怠さなどはなかったが、仕事が終わり帰る時、職場の工場の広い駐車場で自分の車をどこに停めたか思い出せなくて、炎天下の中10分ほど探し回ることもあった。
今日は放課後クラブを欠勤してしまった日の1週間後の土曜日、7月20日だ。
私は放課後クラブのブースのソファーに仰向けに寝そべり、天井を眺めていた。闇の中で剥き出しの配管が浮かび上がって見える。
今の時刻は14時頃だろうか。
私が天井を眺め続けているのは、出勤早々に高崎さんと喧嘩をしてしまったからだ。原因は私にある。
11時40分頃お店に入り、事務所に行き、予約表を確認すると私に入るお客さんの数は0だった。
私は仕方なく、今日使う自分のスペースの準備をしようと2階に確認に行った。お客さんがいつ来てもいいように準備をしておこうと思ったのだ。
すると、スペースの端にある棚に、使い捨てライターが置いてあった。
私はあれ、おかしいなと思った。いつもはキッチンタイマー、灰皿、下の段にはタオルとティッシュペーパー、お客さんに女の子が書いて渡す白紙の名刺の束だけなのに。
誰かがわざと置いたんだろうか。私はタバコなんて吸わないのに。この子、タバコ吸うんだ。そんな風にお客さんに思われたくなかった。
そもそもの沸点が低くなっていたのか、元々の沸点まで到達するスピードが速かったのか。
いつもならそんなことでは怒りは沸いてこないし、冷静にお客さんの忘れ物か何かだろうとライターを高崎さんに渡せたはずなのに。
1階まで降りていった私は、予約表の側に置いてあった新品の缶ビールを開け、事務所の流し台に勢いよく豪快にぶちまけた。限界突破した速さでビールが流しに流れてゆく。空になった缶を私は流しに投げ捨てた。
次はトイレの前の更衣室のカーテンを、思いっきり力を込めて、閉めた。
「何やってるんだ!」はまちゃんが怒鳴る声が聞こえた。
私はそれを振り切って、トイレに閉じ籠った。
怒りの感情でいっぱいなのに、涙が止まらなかった。こんなことしたくないのに、と心のどこかが叫ぶ。ぐちゃぐちゃの自分でもよく分からない感情が体を巡っている。
3分ほど経った頃だろうか。
トイレから出た私は更衣室で目についた、いつも着ているベージュのブレザーと紺色のスカートを2人分手に取った。
そして、高崎さんやはまちゃんや女の子達の姿を見かけなかったことをいいことに、制服を女の子の控え室にあるシャワー室に持っていった。
制服を床に置いた私は、蛇口を捻り、お湯をかけた。ブレザーのベージュとスカートの紺色がお湯をかけたことで、みるみる濃くなり、やがて全ての色が変わった。制服が同じあみちゃんも、掲示板に書き込んだであろうまどかちゃんも、人気者のみやびちゃんも、もう全部全部本当は嫌いだった。
シャワー室から出ると、私は高崎さんに怒られた。
「もう今日は帰っていいよ」と、言われても私は止まった。
私と高崎さんは激しい言い合いになった。接客を終えた女の子やお客さん待ちの女の子が、徐々に控え室に増えていったから、さぞ迷惑だったと思う。
きっと高崎さんや女の子達は私の予約が0だったから、私が怒っていると思っただろう。だけど、私が怒っていたのはそんなことではなかった。
喧嘩をした後、控え室に居づらくなった私は2階のブースのソファーに仰向けに寝そべり、無防備な配管を眺め続けた。
白田さんに会いたくて仕方なかった。
電話をしてみようか迷ったけど、予定があるかもしれないし、頼りたくない気もしてやめた。
それに、今電話をしてしまったら私は、確実に今以上に泣いてしまうだろう。
白田さんに会いたい気持ちと、さっきまでの自分の行いを情けなく感じた。
視界が溢れた涙でぼやける。止めどなく涙がこめかみを伝う。本当の空じゃないからあり得ないけど、今この闇に星が浮かんでいたなら、どんなにいいだろうと思う。
その時、奥の方から女の子とお客さんの声がした。甘ったるい女の子の喘ぎ声と、お客さんが言葉で攻めてる声が聞こえる。
ずっとブースに流れている、音楽の音は小さく聴こえる。初めてここに来た時は凄く大きな音に聴こえたというのに。私はすっかりこの世界に染まってしまったということなんだろうか。
私は泣き声が女の子とお客さんに聞こえないように、声を殺して泣き続けた。
職場のパートさんや所長にも自分から話しかけることが出来ているし、自分で言うのもなんだけど、笑顔が増えたと思う。だけど、夜は眠りづらくなって3時間眠れたらいい方だった。体の怠さなどはなかったが、仕事が終わり帰る時、職場の工場の広い駐車場で自分の車をどこに停めたか思い出せなくて、炎天下の中10分ほど探し回ることもあった。
今日は放課後クラブを欠勤してしまった日の1週間後の土曜日、7月20日だ。
私は放課後クラブのブースのソファーに仰向けに寝そべり、天井を眺めていた。闇の中で剥き出しの配管が浮かび上がって見える。
今の時刻は14時頃だろうか。
私が天井を眺め続けているのは、出勤早々に高崎さんと喧嘩をしてしまったからだ。原因は私にある。
11時40分頃お店に入り、事務所に行き、予約表を確認すると私に入るお客さんの数は0だった。
私は仕方なく、今日使う自分のスペースの準備をしようと2階に確認に行った。お客さんがいつ来てもいいように準備をしておこうと思ったのだ。
すると、スペースの端にある棚に、使い捨てライターが置いてあった。
私はあれ、おかしいなと思った。いつもはキッチンタイマー、灰皿、下の段にはタオルとティッシュペーパー、お客さんに女の子が書いて渡す白紙の名刺の束だけなのに。
誰かがわざと置いたんだろうか。私はタバコなんて吸わないのに。この子、タバコ吸うんだ。そんな風にお客さんに思われたくなかった。
そもそもの沸点が低くなっていたのか、元々の沸点まで到達するスピードが速かったのか。
いつもならそんなことでは怒りは沸いてこないし、冷静にお客さんの忘れ物か何かだろうとライターを高崎さんに渡せたはずなのに。
1階まで降りていった私は、予約表の側に置いてあった新品の缶ビールを開け、事務所の流し台に勢いよく豪快にぶちまけた。限界突破した速さでビールが流しに流れてゆく。空になった缶を私は流しに投げ捨てた。
次はトイレの前の更衣室のカーテンを、思いっきり力を込めて、閉めた。
「何やってるんだ!」はまちゃんが怒鳴る声が聞こえた。
私はそれを振り切って、トイレに閉じ籠った。
怒りの感情でいっぱいなのに、涙が止まらなかった。こんなことしたくないのに、と心のどこかが叫ぶ。ぐちゃぐちゃの自分でもよく分からない感情が体を巡っている。
3分ほど経った頃だろうか。
トイレから出た私は更衣室で目についた、いつも着ているベージュのブレザーと紺色のスカートを2人分手に取った。
そして、高崎さんやはまちゃんや女の子達の姿を見かけなかったことをいいことに、制服を女の子の控え室にあるシャワー室に持っていった。
制服を床に置いた私は、蛇口を捻り、お湯をかけた。ブレザーのベージュとスカートの紺色がお湯をかけたことで、みるみる濃くなり、やがて全ての色が変わった。制服が同じあみちゃんも、掲示板に書き込んだであろうまどかちゃんも、人気者のみやびちゃんも、もう全部全部本当は嫌いだった。
シャワー室から出ると、私は高崎さんに怒られた。
「もう今日は帰っていいよ」と、言われても私は止まった。
私と高崎さんは激しい言い合いになった。接客を終えた女の子やお客さん待ちの女の子が、徐々に控え室に増えていったから、さぞ迷惑だったと思う。
きっと高崎さんや女の子達は私の予約が0だったから、私が怒っていると思っただろう。だけど、私が怒っていたのはそんなことではなかった。
喧嘩をした後、控え室に居づらくなった私は2階のブースのソファーに仰向けに寝そべり、無防備な配管を眺め続けた。
白田さんに会いたくて仕方なかった。
電話をしてみようか迷ったけど、予定があるかもしれないし、頼りたくない気もしてやめた。
それに、今電話をしてしまったら私は、確実に今以上に泣いてしまうだろう。
白田さんに会いたい気持ちと、さっきまでの自分の行いを情けなく感じた。
視界が溢れた涙でぼやける。止めどなく涙がこめかみを伝う。本当の空じゃないからあり得ないけど、今この闇に星が浮かんでいたなら、どんなにいいだろうと思う。
その時、奥の方から女の子とお客さんの声がした。甘ったるい女の子の喘ぎ声と、お客さんが言葉で攻めてる声が聞こえる。
ずっとブースに流れている、音楽の音は小さく聴こえる。初めてここに来た時は凄く大きな音に聴こえたというのに。私はすっかりこの世界に染まってしまったということなんだろうか。
私は泣き声が女の子とお客さんに聞こえないように、声を殺して泣き続けた。
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