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3 王子のみみっちい仕返し

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 王都に着くと、ハロルド様は私をナルセー公爵家に送り届けた。
 なるほど、断罪は後日改めてということですわね。お父様が「修道院へ入れた」と嘘をついたこともバレているはずだから、後日、王宮から父娘そろって呼び出されて沙汰を申し渡されるのだろう。

 3ヵ月ぶりに屋敷に戻ると、お父様が私を抱きしめてくれた。
「カトリーヌ、すまない。ハロルド殿下にバレてしまった。ハロルド殿下があんなに執念深いとは思わなかったよ」
「ええ、本当に。ここまでして私に報復したいとは、よほど私の暴力に腹を立てているのでしょう」


 私が王都に戻った次の日。
 王宮に呼び出され、父娘で覚悟を決めて陛下の元にうかがうと、陛下と共に王妃様とハロルド様もいらっしゃった。
 陛下は予想外のお話を始められた。
「カトリーヌ、ハロルドがすまない事をした。ハロルドも反省して、もう二度と暴力を振るったりしないと言っている。二人の婚約は継続ということにしたいのだが、どうかな?」
 えーっ!? ハロルド様、どういうつもりなの? 本当のことを陛下に伝えずに、私と婚約を継続するつもり? 暴力を振るった私を断罪する為に、連れ戻したはずでは?
 私が思わずハロルド様の顔を見ると、陛下は
「ハロルド、お前からも」
 とハロルド様を促した。いや、そういう意味で顔を見たのでは……

「カトリーヌ、本当にすまなかった。許してくれ。俺はお前と結婚したい。婚約を解消したくない。」
 私、混乱してきましたわ。ハロルド様は一体何がしたいの? 助けて、お父様! と隣にいるお父様を見ると、唖然とした表情で固まっていた。
 王妃様は目に涙を浮かべて、
「カトリーヌ、本当にごめんなさいね。ハロルドには、きつくきつく言い聞かせたから、お嫁に来てちょうだい」
 とおっしゃる。
 王家から婚約は解消しないと言われれば、公爵家から異議は唱えられない。お父様と私は仕方なく婚約継続を承諾した。


 その後、食事を共にとお誘いを受け、そのまま王宮で夕食を頂いた。5人で話を続けるうちに、ようやくハロルド様が陛下にした嘘の説明の全容が、私にもお父様にも分かってきた。

 ハロルド様が陛下に話した嘘の筋書きはこうだ。

 ハロルド様に暴力を振るわれてショックを受けた私が、ハロルド様から逃げたい一心で、自分がとんでもない不敬を働いたとお父様に申し出て、自ら修道院へ入って婚約解消をしようとした。
 しかし、ハロルド様にビンタされて顔を腫らしていた私を見たお父様は、全てを察知した。そして、表向き私を修道院へ送ったことにして、とにかく暴力王子ハロルド様を遠ざけ、実際は地方に暮らす友人マチーダ侯爵の元へ行かせ療養をさせた。
 心身共に傷ついた私が田舎で療養している間、反省したハロルド様はナガーツタ修道院に通いつめ、どうやらそこに私がいないようだと気付くと、あちこち探し回って、ようやく私の療養先を突き止めた。
 ハロルド様は私を迎えにはるばるマチーダ領まで出向き、私に謝罪をして一緒に王都に戻って来た。
 そして今日、陛下と王妃様とお父様も交えて婚約の継続を両家で確認した。現在、手打ちの食事会をしている。一件落着。

 ふぅ……何が一件落着なの!? いろいろ突っ込みどころのある筋書きだと思うのだけれど、陛下はすっかり信じていらっしゃるようだ。
 このストーリーに基づくと、私は完全な被害者であり、断罪されるどころか逆に王家から謝罪を受ける立場である。
 お父様は「カトリーヌをナガーツタ修道院に入れた」と王家に虚偽の報告をしたわけだが、それは暴力王子ハロルド様からかわいい娘を守りたいという親心からついた嘘であることから、陛下はお父様をお咎めになるつもりは全くないらしい。
 一番分からないのは、これはハロルド様の創作ストーリーであるにもかかわらず、当のハロルド様にとって何もメリットがないということだ。
 社交界で「暴力王子」「最低王子」の悪評に晒され、実際に暴力を振るった私との婚約は継続……どう考えても、ハロルド様にとって良いことは一つもない。



 その夜、王宮から屋敷に戻った私とお父様は、精神的に疲れ切っていた。
「ハロルド殿下は一体何を考えているんだ? ハロルド殿下がお前から暴力を受けた事実を隠して、自分が悪者になっていることが全く解せぬ。しかも、自らお前との婚約継続を望むなんて……」
「本当にどういうおつもりなのでしょう?」
 私とお父様は顔を見合わせた。

「もしかして、ハロルド様は私に個人的に仕返ししようとしているのでは」
「個人的に仕返し?」
「そうですわ。私を不敬の咎で王家として処罰するとなると、ハロルド様は女の私にビンタされ足蹴にされたという格好悪い事実を、広く知られることになります。プライドの高いハロルド様には耐えられないことですわ」
「なるほど。確かに男としては、かなり屈辱的だからな。人に知られたくない気持ちは分かる。女にビンタされ足蹴にまでされた男だと知られるより、自分が暴力を振るったことにした方がマシだと考えるところが、いかにも若造の思考らしい。ハロルド殿下は、とにかくお前から暴力を受けた事実を知られまいとして、話をすり替えたんだろうな」
「自分が男として恥をかきたくなくて、王家としての処罰は諦めた。でも、それでは私に対して気が済まないから、ハロルド様は個人的にできるイジメや嫌がらせレベルのみみっちい仕返しをするつもりなのですわ。その為には婚約解消するよりも、婚約を継続した方が私を側に置けて都合がいいのでは? ふん! 器の小さい男が考えそうなことですわ!」

「なるほど。そう考えると一応の辻褄は合うか? だが、そんなみみっちい仕返しをする為に、あんなに執念深くお前を探し回って、はるばるマチーダ領まで行ったのか?」
「そこはもう、ハロルド様の性格が偏っているとしか……。とにかく、お父様! こうなったら、私、受けて立ちますわ!」
「は?」
「修道院や幽閉塔送りならどうしようもありませんが、ハロルド様の個人的な嫌がらせなどには負けませんわよ。今まで散々、貴族令嬢の世界で鍛えられてきましたもの。”令嬢の世界はいつもゲリラ戦”でございますからね! ハロルド様如きの嫌がらせ、返り討ちにして差し上げますわ!」
「いよ! さすがカトリーヌ! ガンバレ!」
 私は拳を握りしめた。





****************





 今夜は王宮での夜会に参加している。
 ハロルド様は当然のように私をエスコートしている。
 私はハロルド様に探りを入れたみた。
「ハロルド様、陛下に嘘までおつきになって、ご自分にビンタした女と本当に結婚なさるおつもり?」
「暴力を振るったのは俺だ」
「どうしてわざわざ、ご自分を悪者に仕立てるのです?」
「お前が暴力を振るったとなれば、不敬の咎は免れん。そんなことになれば結婚できなくなるだろ? いいから俺に話を合わせておけ。とにかく、お前は俺と結婚するんだ」

 ……何その理屈。それでは、まるでハロルド様が何が何でも私と結婚したがっているように聞こえますわよ? 今まで、ひとかけらの優しささえくださったことがないのに訳が分かりませんわ。
 この態度、やっぱり何か企んでますわね。
 もしかして、今日の夜会で早速何かなさるつもりかしら? まあ、どんな嫌がらせをされても負けませんわ!

 ハロルド様とファーストダンスを踊った後、ハロルド様がご友人の殿方達に囲まれたので、私は仲の良いご令嬢達と談笑していた。
「カトリーヌ様、お元気になられて良かったですわ。ハロルド殿下に暴力を振るわれて、ショックで地方に療養に行かれたと聞いて、心配しておりましたのよ」
「ありがとう。心配かけてごめんなさいね」
「最初は、ナガーツタ修道院に駆け込まれたという噂もございましたし、私も心配で……。本当は地方で療養されてましたのね」
 うーん、ホントはどっちも違うんだけどね。

「それにしても、女性に暴力を振るうなんてハロルド殿下は最低ですわ!」
 ふむふむ、やはりそういうことになっていますのね。
「でも、公爵家から王家に婚約解消の申し入れは出来ませんものね。本当にお気の毒ですわ。このまま我慢してハロルド殿下とご結婚されるしかございませんの?」
 皆様、本気で同情してくださってるのね。
 まさか、私の方がハロルド様に暴力を振るったとは誰も思いませんわよね。


「そんなにハロルド殿下がお嫌なら、私に譲っていただきたいわ!」
 出た! 侯爵令嬢シンシア! しつこいな、この女!
 昔からハロルド様に片想いしていて、全く相手にされていない女! 
 あ、ブーメランですわね。つまり、レイモンド様と私との関係と同じですわ(自分で言ってて悲し過ぎる……)
 そう思うと、ついつい同情もしたくなるが、でもこの女、図々しいったらありゃしない!
 私はレイモンド様の婚約者(現・夫人)に、直接何かを言ったことなど一度もありませんわ。そりゃあ、遠くからジト目で見たりはしましたけど、こんな風にケンカを売ったことなど断じてございませんことよ!

 シンシアは憎々しげに私を見ると、
「だいたい、ハロルド殿下を怒らせるカトリーヌ様が悪いのですわ。暴力を振るわれて当然のことをなさったのではなくて?」
 と言い放った。
 なんだ、その「俺を怒らせたお前が悪い」っていうDV野郎の定番の言い分みたいな理屈は! まあ、ビンタしたのは私だけど……ゴニョゴニョ
 私が黙っていると、シンシアはさらに調子に乗って、
「ハロルド殿下をそこまで怒らせるなんて、カトリーヌ様は婚約者失格ですわ!」
 とのたまった。
 そしてシンシアは、手に持ったワイングラスをわざと傾け
「あら、手がすべりましたわ」
 と言いながら、私のドレスに赤ワインをぶちまけたのだ。

「キャー!」
 周りのご令嬢達が悲鳴を上げる。
 あら? シンシアがここまでするのは初めてですわね。
 はっ! もしかしてハロルド様の差し金? まぁ! 自分の手を汚さずに、言いなりになる女に嫌がらせを命じるとは! なんて卑怯な!

 そこへ、ハロルド様が駆け付けて来た。
「カトリーヌ、どうした!?」
 赤ワインで染まった私のドレスと、空のグラスを手にしたシンシアを見たハロルド様は
「どういうことだ? 貴様、カトリーヌに何をした!?」
 とシンシアを睨みつけた。
 しらじらしいですわね。自分が命じておきながら、三文芝居をはじめるとは。

「ハロルド様、シンシア様、もうよろしいですわ」
 そう言って、私は給仕を呼んで赤ワインの入ったグラスを手に取ると、シンシアの頭のてっぺんから、たっぷりワインを浴びせてやった。赤ワインが頭から滴り落ちて、いい眺めだこと。
 本当はハロルド様にもやりたいけど、人目が多過ぎる。ここでやれば、今度こそナルセー公爵家取り潰しの危機になりかねませんわ。ハロルド様、第2王子というご身分に助けられましたわね。

「きゃーっ!? 何するの?!」
 シンシアが喚く。
「何って、貴女のマネですわ。頭から飲むワインのお味はいかがかしら? ほーほっほっほ!」
 私は高笑いをして控室に戻った。
 ハロルド様からどんな嫌がらせを受けるかわからないと警戒していたので、公爵家の侍女も多めに連れて来ていたし、着替えのドレスも何着か用意していた。
 私はさっさと着替えて帰宅した。




 後日、あの場にいた友人令嬢達に聞いたところでは、あの後シンシアは泣き喚き続けて大騒ぎだったそうだ。
 ハロルド様は泣いているシンシアに、構わず罵声を浴びせたらしい。
「今度カトリーヌに手出ししたら、処刑してやる!」
 とまで言っていたそうだ。コワッ
 ん? 自分が命じたんじゃないの? ああそうか、あくまで自分は関わってないことを周りに印象付けたいのですわね。納得。





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