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2 追いかけてマチーダ領
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ハロルド王子が問う。
「ナルセー公爵、どこの修道院だ? 今すぐカトリーヌを迎えに行く!」
ハロルド王子は娘に腹を立てているはずだ。探し出して、処罰してやろうと考えているのかもしれない。わざわざ嘘までついたのは、カトリーヌを確実に見つけ出すためか……
そう考えた公爵は、
「ナガーツタ修道院でございます」
と答えた。
「ナガーツタ?! ナガーツタ修道院に入れたのか!?」
「はい」
「な、何ということを……」
ハロルド王子は絶句した。
ナガーツタ修道院はこの国で一番厳しく、また外部との接触がほぼない修道院である。
どんなに身分が高くても、どのような理由があろうとも、男性は門前払いで中に入ることはできない。それどころか、中に居る誰とも取り次いでさえもらえない。
守秘が徹底していて修道女の情報は一切ない。そのおおよその人数すらわからない。一度ナガーツタ修道院に入れば、二度と出て来ることはおろか、その生死さえ不明のままになると言われている。
「ナガーツタ……そんなところへカトリーヌを……」
ハロルド王子は今にも泣きそうな顔をしている。
ナルセー公爵はその顔を見て、王子が一体どういうつもりなのか、ますますわからなくなってきた。
王子が娘のことを心配している? いや、そんなはずはない。カトリーヌとハロルド王子は、子供の頃から仲が良くない。娘からは、いつも王子の乱暴な言動や粗雑な行いばかりを聞かされている。婚約してからのこの7年間、ハロルド王子がカトリーヌに優しくしたことなど一度もないはず……
政略結婚とはいえ、カトリーヌには可哀想なことをした。せめてもう少し思いやりのある男を選んでやれば、こんなことにはならなかっただろう。王子とはこの際、キッパリ縁を切った方がカトリーヌの為だ。
ナルセー公爵はそう考えた。
「ハロルド殿下、カトリーヌのことはもうお忘れください。たとえ王族が迎えに行っても、あの修道院は一度修道女になった娘を外には出しません」
ハロルド王子はナルセー公爵を睨みつけた。
「そなたはそれでもカトリーヌの父親か? よくもそんな酷い仕打ちが出来たな!」
ナルセー公爵は冷静に返した。
「カトリーヌは自暴自棄になっておりました。一生を神に捧げるのも、心穏やかに暮らせる幸せな人生かもしれませんぞ。少なくとも、思いやりのない男と結婚生活を送るよりはずっと」
最後の言葉はハロルド王子を見据えたまま言った。
その公爵の視線に、一瞬怯んだハロルド王子だったが
「……俺は絶対に認めないぞ!」
と強気に言い放った。
その日から、ハロルド王子は連日ナガーツタ修道院へ通いつめた。
カトリーヌを取り戻したい! と何度訴えても門前払いされるうえ、カトリーヌが本当にナガーツタ修道院に居るのか居ないのかさえ教えてもらえない。
それでもハロルド王子は諦めなかった。
毎日、修道院に通いつめる第2王子。姿を消した婚約者の公爵令嬢。
社交界で噂にならないはずがない。ハロルド王子がカトリーヌに暴力を振るい、怯えたカトリーヌが王子から逃れる為に自らナガーツタ修道院に駆け込んだという噂がまことしやかに流れた。
ハロルド王子は「婚約者に暴力を振るった最低王子」として非難の目を注がれていた。しかし、当のハロルド王子はそんな自分の悪評を気にする余裕すらなかった。
「カトリーヌ、どうしてこんな事に……俺があの時ケンカを吹っ掛けたりしなければ……」
頭を抱えるハロルド王子。
従者が気遣う。あの時王子の側にいて、カトリーヌの暴力を止めた従者だ。
「まさかナルセー公爵が、その日のうちにカトリーヌ様を勘当して修道院送りにするなど誰も予想できません。それも、よりによってナガーツタ修道院などに」
「……おかしくないか? ナルセー公爵はカトリーヌを溺愛していた。いくら何でも、その日のうちにそこまでの決断が出来るだろうか? せめて王家の反応を見てから決めないか?」
「確かに素早過ぎる決断ですが……」
もしかして、カトリーヌは修道院へなど行っていないのではないか? 疑いを持ち始めたハロルド王子は調査を命じた。
すると、ナルセー公爵家でカトリーヌ付きだった侍女が2人、カトリーヌが修道院送りにされたという、その日に消えていることがわかった。修道院に侍女を連れて行けるはずはない。
あの日、カトリーヌと侍女2人が消えた……ナルセー公爵が何処かに匿っているのだ。ハロルド王子は確信した。
***************
3ヵ月後。
私は王都から遠く離れたマチーダ領で、のんびり田舎暮らしを満喫していた。
「ここに来て良かったわ。山の緑や広い空を見ていると、こんなに気持ちが晴れやかになるのねー」
私が朝の散歩からマチーダ侯爵の屋敷に戻ってくつろいでいると、馬車の音がした。
「ん? お客様がいらっしゃるなんて聞いていないけど?」
しばらくすると、マチーダのおば様が真っ青になって部屋に飛び込んで来て上ずった声でおっしゃった。
「カトリーヌちゃん大変! ハロルド殿下がいらしたの!」
えっ? ハロルド様!?
「今、旦那様が『カトリーヌ嬢は、ここにはいない!』と抵抗しているけど、ハロルド殿下が『屋敷をあらためさせろ!』ってすごい剣幕で迫っていて!」
えーっ!! どれだけ執念深いの!?
「わかりました。おば様、私、ハロルド様にお会いします。これ以上、おじ様とおば様にご迷惑をおかけできませんわ」
「カトリーヌちゃん……」
おば様は泣き出さんばかりだ。
見つかったなら仕方がない。甘んじて罰を受けよう。
私は覚悟を決めて、階下の部屋に向かった。
「ハロルド様ごきげんよう。お久しぶりですわね。ここまで探し当てていらっしゃるなんて、ものすごい執念ですこと。そこまでして私を罰したいとは、本当に性格が歪んでらっしゃいますわね!」
「カトリーヌ! 見つけたぞ!」
「マチーダ侯爵ご夫妻は、詳しい事情をご存知ありません。私の父が強引に私のことを頼んで押し付けたのです。私はどんな罰でも受けますから、どうぞ罰してくださいな。でも、マチーダ侯爵ご夫妻にはどうかお咎めなきよう、お願い致します」
「罰するなんて……俺がここまでやって来たことを、そんなふうにしか受け取らないのか?」
ハロルド様はそう言うと、唇を噛んだ。
「女にビンタされて足蹴にまでされたのが、よほど屈辱的だったとみえますわね。それにしても、王都から遠く離れたこちらまでいらっしゃるなんて、どれだけ粘着質なのかしら?」
私はバカにしたような目でハロルド様を見た。
「お前……相変わらず不敬だな」
「おじ様、おば様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ここで3ヵ月間お世話になって、荒んでいた私の心は落ち着きを取り戻すことができました。本当にありがとうございました」
「カトリーヌちゃん……」「カトリーヌ、守れなくてすまない」
おば様、泣かないで……おじ様まで、そんな悲しそうな顔をなさらないで……
私はハロルド様を一瞥して言った。
「私は、おそらくこのハロルド様によって、修道院送りか幽閉塔に閉じ込められるかになると思います。もう二度とお会いできないかもしれません。おじ様、おば様、どうかお元気で。お世話になりました」
私の言葉を聞いて、ハロルド様は驚いた顔をした。
「俺がカトリーヌを修道院へ送る? 幽閉塔に閉じ込める? 俺をそんな男だと思っているのか? 俺がお前を探してここまでやって来た理由を、本当にお前を捕らえて罰するためだと思っているのか?」
私はハロルド様を睨みつけた。
「他に何の理由がございますの?」
「……ここまで信用されていないとはな……」
ハロルド様は自嘲するように呟いた。
「信用? 今更何をおっしゃいますの? 子供の頃からの長いお付き合いの中で、ハロルド様と私との間にそんなものが存在したことは一度もございませんでしょう?」
そう、ハロルド様と私が婚約したのは、ハロルド様が11歳、私が10歳の時だった。もちろん親どうしが決めた政略結婚だ。王族や貴族の結婚に自由などない。子供ながらに理解はしていた。
けれど、私は13歳になって恋をした。
フチノーベ公爵家の長男レイモンド様は、男らしくて快活で太陽のように明るい方だった。いつの間にか私の心はレイモンド様で一杯になり、気持ちはどんどん膨らんでいくばかりだった。どうしようもないくらい好きになってしまった。
私より4つ年上で当時17歳だったレイモンド様にも、当然、親の決めた婚約者がいらした。
私の恋は、始まった時点で既に結果はわかっていたのだ。
レイモンド様は私の気持ちを知りながら、全く相手にはしてくださらなかった。レイモンド様はいつもご自分の婚約者と仲睦まじい様子で、私はそのお二人の姿を遠くから見ていることしか出来なかった。
一方、私の婚約者ハロルド様は、悪い意味でいかにも王子様らしい我が儘な少年だった。
お兄様である王太子殿下は穏やかで落ち着いたお人柄なのに、第2王子のハロルド様は口が悪くて行いも粗雑で、私は「なんで、コイツが私の婚約者なのかしら?」と溜息をつかずにはいられなかった。
ハロルド様が私に対して優しかったことなど、一度もない。ハロルド様と私の間には、愛情もなければ信頼もなかった。それぞれ18歳と17歳になった今もそうだ。ハロルド様は何の躊躇もなく、私を修道院にでも幽閉塔にでも送るはずだ。
「カトリーヌ、お前この田舎にずっと隠れているつもりだったのか? この先どうするつもりだったんだ?」
ハロルド様、そんな事が気になりますの?
「2~3年経ってほとぼりが冷めたら、地方の下位貴族にでもひっそり嫁いで、のんびり田舎暮らしをしたいと思っておりましたの」
「……他の男に嫁ぐつもりだったのか?」
ハロルド様は責めるような目で私を見つめた。
「カトリーヌ! お前は俺と王都に戻るんだ! いいな!」
「イヤでございますけど、仕方ないので戻りますわ」
王都までの馬車の中、私はずっと窓の外を眺めて黙っていた。ハロルド様も一言も言葉を発しなかった。地獄行きの馬車ですわね。
「ナルセー公爵、どこの修道院だ? 今すぐカトリーヌを迎えに行く!」
ハロルド王子は娘に腹を立てているはずだ。探し出して、処罰してやろうと考えているのかもしれない。わざわざ嘘までついたのは、カトリーヌを確実に見つけ出すためか……
そう考えた公爵は、
「ナガーツタ修道院でございます」
と答えた。
「ナガーツタ?! ナガーツタ修道院に入れたのか!?」
「はい」
「な、何ということを……」
ハロルド王子は絶句した。
ナガーツタ修道院はこの国で一番厳しく、また外部との接触がほぼない修道院である。
どんなに身分が高くても、どのような理由があろうとも、男性は門前払いで中に入ることはできない。それどころか、中に居る誰とも取り次いでさえもらえない。
守秘が徹底していて修道女の情報は一切ない。そのおおよその人数すらわからない。一度ナガーツタ修道院に入れば、二度と出て来ることはおろか、その生死さえ不明のままになると言われている。
「ナガーツタ……そんなところへカトリーヌを……」
ハロルド王子は今にも泣きそうな顔をしている。
ナルセー公爵はその顔を見て、王子が一体どういうつもりなのか、ますますわからなくなってきた。
王子が娘のことを心配している? いや、そんなはずはない。カトリーヌとハロルド王子は、子供の頃から仲が良くない。娘からは、いつも王子の乱暴な言動や粗雑な行いばかりを聞かされている。婚約してからのこの7年間、ハロルド王子がカトリーヌに優しくしたことなど一度もないはず……
政略結婚とはいえ、カトリーヌには可哀想なことをした。せめてもう少し思いやりのある男を選んでやれば、こんなことにはならなかっただろう。王子とはこの際、キッパリ縁を切った方がカトリーヌの為だ。
ナルセー公爵はそう考えた。
「ハロルド殿下、カトリーヌのことはもうお忘れください。たとえ王族が迎えに行っても、あの修道院は一度修道女になった娘を外には出しません」
ハロルド王子はナルセー公爵を睨みつけた。
「そなたはそれでもカトリーヌの父親か? よくもそんな酷い仕打ちが出来たな!」
ナルセー公爵は冷静に返した。
「カトリーヌは自暴自棄になっておりました。一生を神に捧げるのも、心穏やかに暮らせる幸せな人生かもしれませんぞ。少なくとも、思いやりのない男と結婚生活を送るよりはずっと」
最後の言葉はハロルド王子を見据えたまま言った。
その公爵の視線に、一瞬怯んだハロルド王子だったが
「……俺は絶対に認めないぞ!」
と強気に言い放った。
その日から、ハロルド王子は連日ナガーツタ修道院へ通いつめた。
カトリーヌを取り戻したい! と何度訴えても門前払いされるうえ、カトリーヌが本当にナガーツタ修道院に居るのか居ないのかさえ教えてもらえない。
それでもハロルド王子は諦めなかった。
毎日、修道院に通いつめる第2王子。姿を消した婚約者の公爵令嬢。
社交界で噂にならないはずがない。ハロルド王子がカトリーヌに暴力を振るい、怯えたカトリーヌが王子から逃れる為に自らナガーツタ修道院に駆け込んだという噂がまことしやかに流れた。
ハロルド王子は「婚約者に暴力を振るった最低王子」として非難の目を注がれていた。しかし、当のハロルド王子はそんな自分の悪評を気にする余裕すらなかった。
「カトリーヌ、どうしてこんな事に……俺があの時ケンカを吹っ掛けたりしなければ……」
頭を抱えるハロルド王子。
従者が気遣う。あの時王子の側にいて、カトリーヌの暴力を止めた従者だ。
「まさかナルセー公爵が、その日のうちにカトリーヌ様を勘当して修道院送りにするなど誰も予想できません。それも、よりによってナガーツタ修道院などに」
「……おかしくないか? ナルセー公爵はカトリーヌを溺愛していた。いくら何でも、その日のうちにそこまでの決断が出来るだろうか? せめて王家の反応を見てから決めないか?」
「確かに素早過ぎる決断ですが……」
もしかして、カトリーヌは修道院へなど行っていないのではないか? 疑いを持ち始めたハロルド王子は調査を命じた。
すると、ナルセー公爵家でカトリーヌ付きだった侍女が2人、カトリーヌが修道院送りにされたという、その日に消えていることがわかった。修道院に侍女を連れて行けるはずはない。
あの日、カトリーヌと侍女2人が消えた……ナルセー公爵が何処かに匿っているのだ。ハロルド王子は確信した。
***************
3ヵ月後。
私は王都から遠く離れたマチーダ領で、のんびり田舎暮らしを満喫していた。
「ここに来て良かったわ。山の緑や広い空を見ていると、こんなに気持ちが晴れやかになるのねー」
私が朝の散歩からマチーダ侯爵の屋敷に戻ってくつろいでいると、馬車の音がした。
「ん? お客様がいらっしゃるなんて聞いていないけど?」
しばらくすると、マチーダのおば様が真っ青になって部屋に飛び込んで来て上ずった声でおっしゃった。
「カトリーヌちゃん大変! ハロルド殿下がいらしたの!」
えっ? ハロルド様!?
「今、旦那様が『カトリーヌ嬢は、ここにはいない!』と抵抗しているけど、ハロルド殿下が『屋敷をあらためさせろ!』ってすごい剣幕で迫っていて!」
えーっ!! どれだけ執念深いの!?
「わかりました。おば様、私、ハロルド様にお会いします。これ以上、おじ様とおば様にご迷惑をおかけできませんわ」
「カトリーヌちゃん……」
おば様は泣き出さんばかりだ。
見つかったなら仕方がない。甘んじて罰を受けよう。
私は覚悟を決めて、階下の部屋に向かった。
「ハロルド様ごきげんよう。お久しぶりですわね。ここまで探し当てていらっしゃるなんて、ものすごい執念ですこと。そこまでして私を罰したいとは、本当に性格が歪んでらっしゃいますわね!」
「カトリーヌ! 見つけたぞ!」
「マチーダ侯爵ご夫妻は、詳しい事情をご存知ありません。私の父が強引に私のことを頼んで押し付けたのです。私はどんな罰でも受けますから、どうぞ罰してくださいな。でも、マチーダ侯爵ご夫妻にはどうかお咎めなきよう、お願い致します」
「罰するなんて……俺がここまでやって来たことを、そんなふうにしか受け取らないのか?」
ハロルド様はそう言うと、唇を噛んだ。
「女にビンタされて足蹴にまでされたのが、よほど屈辱的だったとみえますわね。それにしても、王都から遠く離れたこちらまでいらっしゃるなんて、どれだけ粘着質なのかしら?」
私はバカにしたような目でハロルド様を見た。
「お前……相変わらず不敬だな」
「おじ様、おば様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ここで3ヵ月間お世話になって、荒んでいた私の心は落ち着きを取り戻すことができました。本当にありがとうございました」
「カトリーヌちゃん……」「カトリーヌ、守れなくてすまない」
おば様、泣かないで……おじ様まで、そんな悲しそうな顔をなさらないで……
私はハロルド様を一瞥して言った。
「私は、おそらくこのハロルド様によって、修道院送りか幽閉塔に閉じ込められるかになると思います。もう二度とお会いできないかもしれません。おじ様、おば様、どうかお元気で。お世話になりました」
私の言葉を聞いて、ハロルド様は驚いた顔をした。
「俺がカトリーヌを修道院へ送る? 幽閉塔に閉じ込める? 俺をそんな男だと思っているのか? 俺がお前を探してここまでやって来た理由を、本当にお前を捕らえて罰するためだと思っているのか?」
私はハロルド様を睨みつけた。
「他に何の理由がございますの?」
「……ここまで信用されていないとはな……」
ハロルド様は自嘲するように呟いた。
「信用? 今更何をおっしゃいますの? 子供の頃からの長いお付き合いの中で、ハロルド様と私との間にそんなものが存在したことは一度もございませんでしょう?」
そう、ハロルド様と私が婚約したのは、ハロルド様が11歳、私が10歳の時だった。もちろん親どうしが決めた政略結婚だ。王族や貴族の結婚に自由などない。子供ながらに理解はしていた。
けれど、私は13歳になって恋をした。
フチノーベ公爵家の長男レイモンド様は、男らしくて快活で太陽のように明るい方だった。いつの間にか私の心はレイモンド様で一杯になり、気持ちはどんどん膨らんでいくばかりだった。どうしようもないくらい好きになってしまった。
私より4つ年上で当時17歳だったレイモンド様にも、当然、親の決めた婚約者がいらした。
私の恋は、始まった時点で既に結果はわかっていたのだ。
レイモンド様は私の気持ちを知りながら、全く相手にはしてくださらなかった。レイモンド様はいつもご自分の婚約者と仲睦まじい様子で、私はそのお二人の姿を遠くから見ていることしか出来なかった。
一方、私の婚約者ハロルド様は、悪い意味でいかにも王子様らしい我が儘な少年だった。
お兄様である王太子殿下は穏やかで落ち着いたお人柄なのに、第2王子のハロルド様は口が悪くて行いも粗雑で、私は「なんで、コイツが私の婚約者なのかしら?」と溜息をつかずにはいられなかった。
ハロルド様が私に対して優しかったことなど、一度もない。ハロルド様と私の間には、愛情もなければ信頼もなかった。それぞれ18歳と17歳になった今もそうだ。ハロルド様は何の躊躇もなく、私を修道院にでも幽閉塔にでも送るはずだ。
「カトリーヌ、お前この田舎にずっと隠れているつもりだったのか? この先どうするつもりだったんだ?」
ハロルド様、そんな事が気になりますの?
「2~3年経ってほとぼりが冷めたら、地方の下位貴族にでもひっそり嫁いで、のんびり田舎暮らしをしたいと思っておりましたの」
「……他の男に嫁ぐつもりだったのか?」
ハロルド様は責めるような目で私を見つめた。
「カトリーヌ! お前は俺と王都に戻るんだ! いいな!」
「イヤでございますけど、仕方ないので戻りますわ」
王都までの馬車の中、私はずっと窓の外を眺めて黙っていた。ハロルド様も一言も言葉を発しなかった。地獄行きの馬車ですわね。
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