5 / 7
5 騎士団詰め所で土下座
しおりを挟むマリーは言った。
「ちょっと何を仰っているのか分かりませんわ」
あれだけしつこくマリーに離縁を迫っておきながら、今になって「愛してる」だぁ? 一体全体どの口が言うのか? という非難に満ちた眼差しを夫に向けるマリー。
すると突然、目の前から夫ファビアンの姿が消えた!? と思ったら、夫はマリーの足元に平伏し、額を床に擦り付けていた。
「すまなかった。本当にすまなかった。でもマリーがいなくなって気付いたんだ。私が真に愛しているのはマリー、ただ一人だと!」
おいおいおいおい、ちょっと待て! 言ってることも意味不明だが、ここは騎士団詰め所の廊下である。誰の目があるかも分からないし、絵面的にもマズ過ぎる。
おそらくマリーと同じ事を感じた執事のセバスチャンが、慌てて主に駆け寄る。
「だ、旦那様、落ち着いてください。とにかく場所を変えて、奥様ときちんとお話し合いを」
そうは言っても、じゃぁちょっと近くのカフェで話しましょう、という訳にもいかず、結局マリーはそのまま夫と執事と一緒に伯爵邸に向かうことになってしまった。もちろん、話し合いの為に行くだけで、戻るつもりはない。
道中、馬車の中でも「すまなかった」「もう何処にも行かないでくれ」「愛してるんだ」と繰り返す夫に、いやいやいやアンタ愛人いるよね? 子供も産まれてるはずだよね? と突っ込みたくなったが、とりあえず馬車の中でする類の話ではないな、と考えているうちに、あっという間に伯爵邸に着いてしまった。あれ? もう着いたの? 騎士団の詰め所から意外に近かった??? ちなみにマリーは真性の方向音痴である。
伯爵邸は大騒ぎになった。
誰だか分らぬほど顔を腫らした主と、1年前に出奔して行方不明になっていた夫人が、何故か同じ馬車で帰って来たのだ。使用人達が驚き戸惑うのも無理はない。
「奥様ー?!」「旦那様の手当てを!」「奥様、よくご無事で!」「早く主治医を呼べ!」「ちょっとセバスチャンさん、説明して!」「旦那様、誰にヤラれたんです?!」「奥様、今まで何処にいらしたんですか!?」「だから、まずは旦那様の手当てだってば!」
パニック状態の使用人たちを執事セバスチャンが一喝する。
「黙らっしゃい!! 指示を出すから順に動きなさい!!」
⦅さすがセバスチャンね~。あ、そういえば私が家出するときに買収した使用人達は大丈夫だったのかしら?⦆
自分の家出に協力したことがバレて、クビになっていたら寝覚めが悪いな~と思いながら、さりげなく1年前に買収した者を探すマリー。すると、こっそりマリーにウィンクを飛ばして来た使用人が数名――いた、いた、いた。どうやらバレずにやり過ごせたようだ。勿論マリーは人を選んで買収を持ち掛けた。生真面目な者や気の小さい者には無理だし、バレるリスクも高い。要領が良くて融通が利き、心臓に毛が生えているタイプの使用人数名をチョイスして「選ばれたアナタだけに特別な金儲けのチャンスがあるのだけど、話だけでも聞いてみない?」と誘ったのである(決して怪しい投資の勧誘ではない)
自らが手駒にした使用人の無事を確認し、マリーは安堵した。
そうこうするうちに、伯爵家の主治医が到着したようだ。ファビアンは「手当てなんて後でいい! マリーと話をするのが先だ!」と喚いていたけれど、マリーと執事に説得されて、話し合いの前に医者に処置をしてもらう事になった。いや、当たり前でしょ。そんな状態で話し合いなんか出来ないって。
ファビアンは顔全体が赤黒く腫れ上がっていたが、特に目が酷く腫れていて、ちゃんと見えているのか心配になる程の有り様だった。
ファビアンが主治医から処置を受けている間、マリーは「ひゃうっ! 痛い! 痛い! 死ぬ~!」と情けない声を出す夫の手を握り、ずっと側に付いていた。
⦅まさか失明したりしないわよね? 大丈夫かしら?⦆
そんな心配をするくらいには、マリーはまだファビアンに情を残していたのだ。
処置終了後、夫婦揃って主治医から詳しい説明を受けた。幸いなことに顔面骨折などはなく、眼球にも異常はない、との事だった。良かった~。マリーは胸をなでおろした。ただし「全治3週間」だそうだ。
「と、いうことでしたら、話し合いは3週間後にしませんか? ファビアン様はそれまでゆっくり養生なさいませ」
と、マリーは提案した。
が、即座にファビアンに拒否された。
「イヤだ! マリーはその間にまた行方を晦ますつもりだろう!?」
何故わかった?!
91
お気に入りに追加
383
あなたにおすすめの小説

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。


やさしい・悪役令嬢
きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」
と、親切に忠告してあげただけだった。
それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。
友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。
あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。
美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。

愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる