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1 離縁ですって?!
しおりを挟むマリー(20歳)は、自邸の一室で夫ファビアン(25歳)、そして夫の愛人ロジーヌ(30歳)と対峙していた。
「マリー、すまない。私と離縁してくれ」
「はぁ?」
夫からの唐突な求めに、マリーは驚いた。
夫に愛人がいることは知っていたが、相手のロジーヌが30歳の未亡人だと分かっていたので「アンタ、遊びなはれ。ワインも飲みなはれ」と余裕をぶっこいていたマリー。まさか自分が離縁を迫られることになるとは……。
「もちろん慰謝料は払うし、財産分与もする。出来るだけの事はするから私と離縁して欲しい」
テーブルに手をつき、深々とマリーに頭を下げる夫ファビアン。シンプルにムカつく。下げているその頭を押さえつけて、そのままテーブルにゴンっとしてやりたい衝動に駆られるマリー。理性を総動員して何とか堪えた。
マリーの夫ファビアンは1年前に父親から伯爵位を継いでいる。つまりマリーは現在【伯爵夫人】という立場にあるのだ。貧乏男爵家出身のマリーは、恵まれた伯爵夫人ライフを心からエンジョイしていた。
ファビアンとの結婚は親の決めた政略結婚だったが、マリーは夫の事がまぁまぁ好きだ。彼はかなりのイケメンだし、基本的に優しい。マリーが勢いで物凄く高い買い物をしてしまっても「ははは。仕方ないな、うちの奥方は」と笑って許してくれる大らかなところもポイントが高い。そして何より【声】が良かった。子宮に響く素敵な低音ボイスなのである。
「イヤですわ。離縁なんて致しません」
マリーは努めて冷静な口調で返した。
「だ、だが、ロジーヌが妊娠してしまったんだ。君と離縁して、ロジーヌを妻に迎えたいんだよ」
マリーは「妊娠」という言葉に眉を顰めた。結婚して3年が経つマリーとファビアンの間には子供がいない。
ちなみにこの国は一夫一妻制であり、たとえ伯爵であるファビアンであっても、他国の貴族男性のように第二夫人を娶ることは法律上許されない。ファビアンが愛人ロジーヌと結婚するには、どうしても妻マリーと離縁する必要がある。
「何ですって? もう一度仰って」
冷たい声で問うマリー。
「だから、妊娠してるんだよ」
焦った声で返すファビアン。
「誰がですの?」
すっとぼけるマリー。
「ロジーヌがだよ!」
キレ気味のファビアン。
「どうしてですの?」
「どうしてって……そりゃあ、私と愛し合ったからだよ。愛し合った結果、授かったんだ」
「何をですの?」
「子供をだ」
「誰がですの?」
「ロジーヌがだよ」
「どうしてですの?」
「だから――」
その後もマリーは「誰がですの?」「どうしてですの?」「何がですの?」と繰り返した挙句、「お尻が痒くてたまりませんわ。虫刺されでしょうか? とにかく私は絶対に離縁致しません!」と言って、席を立った。
ポリポリと尻を掻きながら部屋を出て行くマリーを、唖然としたまま見送るファビアンとロジーヌ。
2人きりになり、急に静まり返る部屋――
ファビアンの隣で伯爵夫妻のやり取りを終始無言で聞いていたロジーヌが、ここでようやく口を開いた。
「なんか奥様って……想像していた【伯爵夫人】と違うんですけど」
「……。まぁ、彼女はいつもマイペースというか何というか……掴みどころのない女性なんだよ」
ファビアンは疲れた声でそう言った。
⦅一筋縄ではいかなさそうな奥様ね……困ったわ⦆
ロジーヌは事を簡単に考えていた自分に舌打ちしたくなった。
ファビアンの妻マリーには子供がいない。政略結婚で嫁いで来て、3年経っても子が出来ないのだから、彼女は伯爵家で肩身の狭い思いをしているに違いないと思っていた。だからロジーヌは楽観視していたのだ。夫の愛人が妊娠したと聞かされれば、マリーはさっさと身を引いてくれるはずだと。
ロジーヌはバラケ子爵家の未亡人だ。10年ほど前に20歳も年上のバラケ子爵の後妻となったが、昨年、夫である子爵が病で亡くなり、先妻の息子が子爵家を継いだ。そうなると、亡き夫との間に子供もいない後妻ロジーヌは、先妻の息子夫婦にとって邪魔者でしかなかった。居場所を失いそうなロジーヌは、とりあえず手当たり次第に貴族男性に粉をかけまくり、結果引っ掛かったのがファビアンだったのである。やっとの思いで捕まえたカモ、もといファビアンを逃す訳にはいかない。
「ファビアン様。粘り強く奥様に離縁を求めましょう。ああいうキテレツなタイプの女性というのは、めんどくさくなると急に全てを放り出したりするものです」
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