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4 大切な義母 sideドーラ
しおりを挟む「君は、随分と母上を慕っているのだな」
ある日、不意にレクスからそう言われたドーラ。
「はい。お義母様はとてもお優しくて、至らない私にいろいろと教えて下さいます」
ドーラは笑みを湛えた。
レクスはそんなドーラからフッと視線を逸らす。
「嫁と姑の関係は難しいものだとよく聞く。君と母上の仲の良さには少し驚いている」
「お義母様のことは私の実の母だと思って、これからも尽くしていきたいと思っておりますわ」
「……そうか」
寡黙なレクスとは会話が弾まない。
こんな風に彼の方からドーラに話し掛けてくること自体が珍しい事だ。
それ程、ドーラがアマリアにベッタリしている様子は目につくのかも知れない。
アマリアはいつも「困った事があれば、何でも言ってね」と言ってくれる。ドーラは困っていようがいまいが、アマリアの気を引く為にあれやこれやと話し掛ける。「お義母様、お義母様」と、まるで幼子が母親を後追いするように、アマリアにくっついて回るドーラの姿は、ドーラに関心が無さそうなレクスの視界にも否応なく入ったのだろう。
ドーラはレクスに内緒で避妊薬を服用していた。
彼女は、まだ【親】になりたくなかった。
ドーラはようやく【娘】に戻ったばかりだ。実母が亡くなってからずっと、家族を【支える】側だったドーラ。そのドーラが結婚後、ようやく【甘える】側になれたのだ。
ドーラはアマリアの【娘】になった。
アマリアの方はドーラの事を【嫁】だと思っているだろうが、ドーラにとってアマリアは【姑】ではなく【母】だった。誰が何と言おうと、紛れもなく【母】だったのだ。
ドーラはまだまだ【娘】でいたかった。もっともっとアマリアに甘えたい……
避妊薬を服用することは、ドーラにとって「必然」だった。ドーラは、わざわざ学園時代の友人経由で避妊薬を手に入れている。なので、ゼーマン伯爵邸の誰にも気付かれてはいない。
伯爵家の当主に嫁いで来た以上、いつかは子供を産まなければならない。
もちろん、ドーラも分かっている。
だが、ドーラは思うのだ。
⦅もう少しだけ……もう少しだけ【娘】でいさせて……⦆
実母の死によって失った自分の娘時代を、ドーラは必死に取り戻そうとしていたのである。
ドーラがレクスと結婚して1年が経った頃、アマリアが風邪を拗らせ肺炎を起こしてしまった。
高熱が続き寝込んでいるアマリアの側を片時も離れず、看病をするドーラ。
「若奥様、少しお休みください。大奥様のお世話は私達使用人がきちんと致しますから」
と、メイド達が何度も声を掛けてくるが、ドーラはアマリアから決して離れようとしなかった。
そうして寝ずの看病を数日続けたところ、今度はドーラが過労で倒れてしまったのである。
ドーラが目覚めると、そこは夫婦の寝室だった。
寝台の側にはレクスが座っている。
「気付いたか?」
ホッとしたように声を掛けて来たレクス。
「お義母様、お義母様のご様子は? あぁ、すぐにお義母様の看病を致します!」
取り乱して起き上がろうとするドーラの両肩を、レクスが押さえる。
「ドーラ! 落ち着け!」
「お義母様が、お義母様が……」
なおもジタバタするドーラを抱きすくめるレクス。
「母上は大丈夫だ。メイド達が付いている。熱も下がって来たそうだ」
「熱が下がって……きた?」
「あぁ。母上はもう大丈夫だから、安心しろ。今は君の方が心配だ」
「……良かった」
ドーラの頬を涙が伝う。
「ドーラ。君は、どうしてそこまで……」
レクスの声音には戸惑いが含まれていた。
ドーラは自身のアマリアへの気持ちを、レクスに説明する気など更々無かった。分かってもらえるはずも無いからだ。レクスだけではない。誰に説明してもきっと理解などされないだろう。
⦅お義母様にもしもの事があれば、私も後を追おう⦆
それは、誰がどう考えても【嫁】が【姑】に対して抱く思いではない。
レクスとの結婚後わずか1年の間に、ドーラは完全にアマリアに依存するようになっていた。
アマリアのいない世界など要らない――ドーラは本気でそう思っているのだ。
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