上 下
1 / 10

1 ドーラの結婚 sideドーラ

しおりを挟む



「レクス、また今夜も出掛けるの?」
 夫レクスの母、つまりドーラにとっては姑であるアマリアが険のある声で問う。
「ええ。母上」
 煩いなと言わんばかりに、うんざりした様子でレクスが返す。

「貴方ね。新婚なのよ? 毎晩のように友人と飲み歩いてばかりいて、妻と夕食を取る事がほとんどないなんて。いい加減にしなさい」
 アマリアは相当怒りが溜まっているようである。
「友人と過ごす時間は、私にとって大切な時間なのです」
 これまで何度も繰り返した台詞をまた口にするレクス。
「新妻のドーラを放って置いてまで?!」
 アマリアの眉は吊り上がっている。

「あの、お義母様。私は気にしておりませんから。レクス様を行かせてあげて下さいませ」
 遠慮がちに二人の会話に割って入るドーラ。
 途端にアマリアの眉が下がる。
「あぁ。ごめんなさいね、ドーラ。週に3日も4日も、新婚の妻と夕食も共にせずに友人と遊び回る非常識な息子で。きっと私の育て方が悪かったのだわ。本当にごめんなさい」
 嫁に頭まで下げる姑アマリアに「お義母様の所為ではありませんわ」と穏やかに声を掛ける。
「私、お義母様と二人でおしゃべりしながら頂く夕食の時間が大好きですのよ」
 微笑むドーラ。

「ですから、お義母様は気に病まないで下さいませ。レクス様ももうお出掛けになって下さい。ご友人をお待たせしてはいけませんわ」
「ドーラ……なんて健気なお嫁さんなのかしら。それに引き換えレクスときたら――」
 また説教が始まりそうな様子に、レクスは「それじゃぁ、私はもう出掛けるよ」と言うと、そそくさと部屋を出て行った。




 17歳のドーラは、3ヶ月ほど前に、ここゼーマン伯爵家に嫁いで来たばかりだ。
 夫となったレクスの年齢は22歳だが、彼は2年前から既にゼーマン伯爵家の当主を務めている。
 レクスの父親である前伯爵が、突然の落馬事故によって、2年前に亡くなってしまったからである。
 レクスには年の離れた姉が一人いるが、とうに家を出て他家に嫁いでいる。
 という訳で、今現在ゼーマン伯爵家本邸に暮らしているのは、レクスとドーラ、そしてレクスの母であるアマリアの三人なのである。もちろん、裕福なゼーマン伯爵家は多くの使用人を雇っているが、食事を共にする家族は三人という事だ。
 にもかかわらず、週に3日も4日も「友人と食事をする」と出掛けて行き、夜遅くまで飲み歩くレクス。
 アマリアは息子の言葉をそのまま信じて、本当にレクスが友人と会っていると思っているようだ。
 だが、ドーラは男のそんな話を鵜吞みにするほど世間知らずではなかった。

⦅きっと、愛人がいるのよね……⦆

 ただ、レクスが愛人を囲っていようがいまいが、どちらにせよドーラは文句など言える立場にはない。

 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
 レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
 ドーラの実家は一応、それなりに歴史のある子爵家である。だが、領地経営の才能がからっきしな父の代になってからというもの、徐々に家は傾き始め、更にここ数年続いた領地の自然災害により、抜き差しならぬ状況になってしまっていた。
 そこへ手を差し伸べてくれたのが先代から付き合いのあったアーレンツ侯爵だったのだ。アマリアの兄にあたるアーレンツ侯爵は、融資の見返りとして、自分の甥であるゼーマン伯爵家の若き当主レクスに娘を嫁がせるよう、ドーラの父に求めたそうだ。
 ドーラの母親は5年前、ドーラが12歳の頃に病で亡くなっているが、実家には頼りない父とまだ13歳の妹、そして11歳の弟がいる。父はともかく、妹と弟を守る為に、四の五の言っている猶予など無かった。
 ドーラは【牢獄】に入る覚悟で結婚を承諾したのである。
 
 だが、そんなドーラの鬱屈は、初めての両家顔合わせの席で吹き飛んだ。
 初めて会った、夫となるレクスは、大柄でがっしりした体躯の男性だった。顔立ちも男らしい。ドーラのタイプではなかったが、逞しい男性を好む女性からはモテるのではなかろうか。ただ、彼はかなり寡黙な性質らしく、顔合わせの席だと言うのに、あまり言葉を発しない。
 しかし、そんな事はどうでも良かった。
 ドーラが目を奪われたのは、同席していたレクスの母親である。

⦅……お母様!?⦆

 5年前に病で亡くなったドーラの実母にそっくりな女性が「愛想のない息子でごめんなさいね。でも、我が家は貴女を歓迎します。安心して嫁いで来て頂戴」と、ドーラに笑顔を向けたのだ。

「は、はい。よろしくお願い致します」
 もう二度と会えない、大好きだった母。
 その母に瓜二つの女性が自分の義理の母となる。
 おまけに、これから、ひとつ屋根の下で暮らせるのだ。
 ドーラの心は浮き立った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。 なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。 前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

処理中です...