妹は奪わない

緑谷めい

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1 謎の婚約申し込み

しおりを挟む


 妹はいつも私から奪っていく。私のお気に入りのモノを……



 私は、カッセル伯爵家長女パニーラ。現在17歳。
 私には2つ年上のお兄様と2つ年下の妹がいる。お兄様はいかにも長男らしい穏やかで落ち着いた優しい人だ。問題は現在15歳の妹である。
 妹のアリスは、幼い頃から私のお気に入りのモノを必ず欲しがり、奪っていく。


 例えば髪飾り。
 それは私の髪色に全く合わない地味な色の可愛くない髪飾りだった。
「ねぇ、アリス。見て見て。この髪飾り、可愛いでしょう? 私の1番のお気に入りなのよ~」
 私は妹にそれを見せびらかす。「1番の」「お気に入り」というフレーズを強調する。すると必ず妹は欲しがるのだ。
「お姉様、お願い! その髪飾り、私に頂戴!」
「えっ? でもこれ、私のお気に入りなのよ……」
 勿体ぶるのもお約束。
「お姉様~! お願~い!」
「もう、仕方のない子ね。今回だけ特別よ」
 そして私は、お母様にそのことを報告する。無理して微笑んでいる風な笑顔を作って。すると、お母様は私の頭を撫でながらおっしゃった。
「パニーラ。いつも偉いわね。自分は我慢ばかりして、何ていい子なのかしら。貴女にはすぐに新しい髪飾りを買ってあげるわね」
「ありがとうございます。お母様」
 よっしゃー!


 例えばドレス。
 それは私の誕生日プレゼントとしてセンスの悪い叔母が贈ってくれた、センスの悪いドレスだった。
「ねぇ、見て見てアリス! 叔母様から頂いたドレス、素敵でしょう? さすが叔母様はセンス抜群よね~。そう思わない? 私、このドレス、とっても気に入ったわ~。私の持ってるドレスの中で1番可愛いわ~」
 妹の目がギラリと光る。
「お姉様~。私、そのドレスが欲しい!」
「えっ? アリス。さすがに、これはあげられないわ。叔母様から私へのプレゼントですもの」
「お願い! お姉様! どうしてもそのドレスが欲しいの!」
 私は大きな溜息をつく。
「仕方のない子ね。叔母様には内緒よ」
「もちろん! 分かってるわ! お姉様、ありがとう!」
 そして当然、お母様に報告する。
「____というわけでアリスにドレスをあげてしまいました。私、叔母様に申し訳なくて……」
「まぁ、アリスの我が儘にも困ったものね。パニーラには私が新しいドレスをプレゼントするわ。そんなに落ち込まないで。来週にでも仕立て屋を呼びましょう」
「お母様、ありがとうございます」
 よっしゃー! ドレス、ゲットだぜ!


 無機物だけでは終わらない。
 例えば侍女。
 ある時、結婚して辞めた侍女の代わりに私付きとして新しい侍女が雇われた。彼女は神経質で細かいことまでうるさい。私はすぐに、その侍女に辟易するようになった。
「ねえ、アリス。私の新しい侍女は素晴らしいのよ。とても細やかな気配りができて、仕事はいつも完璧。あんな侍女は初めてだわ。今までで1番の侍女だわ。私の超お気に入りなんだから! あ~、ずっとずっと私の元に居てくれないかしら~」
「お姉様~。私の侍女と取り換えて~。お願い!」
 さすがに私の一存では無理なので、お父様に頼みに行った。
「____というわけなので、アリスの願いを叶えてあげてほしいのです」
 お父様は、
「いつもいつもお前ばかり我慢していいのかい? アリスの望みを全て叶えてやることはないんだぞ」
 と、私を優しく見つめながらおっしゃった。
「いいえ、お父様。私はアリスの願いなら全部叶えたいのです。大事な大事な妹ですもの」
「パニーラ。お前はなんて優しい良い子なんだ」
 こうして、私の口うるさい侍女は妹付きになり、代わりに妹付きだった大らかな侍女が私に付くことになった。ラッキー!




 子供の頃から、こんな風にいろいろなモノ(人を含む)を妹に奪われてきた可哀想な私……な~んてね。
 妹との仲は良好だ。当たり前だ。妹は確かに我が儘だけれど、私の本当に大事なモノを彼女が奪ったことなど一度もないのだから。


 17歳になってすぐのこと。私の婚約が決まった。
 一つ年上のダールバック侯爵家令息ライル様との婚約は、候爵家からの突然の申し込みにより、あっという間に調った。侯爵家から是非にと望まれたのだ。我が家が断れるはずはない。何でもライル様が夜会で私のことを見初めたのだとか。絶対に嘘だと思う。
 ライル様はものすごいイケメンなのだ。それはもう嫌味なくらいに綺麗な顔をしている。夜会ではいつも多くのご令嬢に取り囲まれていらっしゃるから、面倒事の嫌いな私は「触らぬイケメンに祟りなし」という信条のもと、ライル様に近寄ったこともなければお話ししたこともない。勿論、ダンスに誘われたことも一度もない。なのに見初めただぁ? 嘘も大概にしてほしい。一体、何が目的なのだろう? 私は疑心暗鬼になっていた。あ、ちなみに私は遠目に見て一目惚れされるような容姿ではない。ちょっと可愛い程度の見た目であり、私の魅力は会話してナンボのモノである。
 あちらは侯爵家で我が家は伯爵家。家格が釣り合わないということはないが結婚によって侯爵家に新たなメリットは生まれない。あちらの方がずっと恵まれた領地をお持ちの為、経済的にも我が家より豊かなはずである。う~ん、わからない。もしかして人違いをしていらっしゃるのでは? と最初は思ったくらいだ。だが、両家顔合わせの席でお会いした際、ライル様にそんな素振りはなく、とてもにこやかに私に接してくださった。

「お姉様、婚約が決まったというのに、どうしてそんなに憂い顔なの?」
 妹が心配そうに声をかけてくる。我が儘だけど根は良い子なのだ。
「ライル様が私を夜会で見初めるなんてあり得ないと思ってね……理由のわからない婚約なんて怖いわ」
「お姉様は女らしくて色っぽいわ。お胸も大きいし会話も楽しいし殿方には人気があるじゃない?」
「相手がフツメンなら分かるわよ。でも、あのライル様よ? 私よりももっと綺麗でもっと色っぽくてもっと胸の大きいご令嬢をいくらでも妻に出来るのに、なぜ私? 分からないわー」
「うーん、そう言われてみればそうね。夜会でいつもライル様を取り囲んでいるご令嬢達も色っぽい美人が多いものね。選り取り見取りよね」
「でしょー? あー、やだやだ。アリス、代わってよ!」
「お姉様の要らないモノなんて欲しくないわよ!」

 そうよね。貴女が欲しいのは私の「1番の」「お気に入り」だけだものね。

 いくら何でも今回ばかりは、アリスを言いくるめてハイ、交代! というわけにいかない。子供の頃お父様に頼んで担当侍女を交換したようにはいかないのだ。当たり前である。相手は侯爵家の令息だ。そしてこれは両家が結んだ正式な婚約なのである。はぁ~、憂鬱だわ。







しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

❅異世界恋愛❅短編集

緑谷めい
恋愛
 それぞれ1話完結の物語を7話ほど集めた短編集です。  7つの話に繋がりはありません。1話ずつ全く別の物語です。 1〖 お詫び婚 〗  姉が駆け落ちをした。  姉は豪商の次男と恋に落ちた。公爵家の長女である姉が平民の彼と一緒になれるはずがない。しかも姉は王太子殿下の婚約者だったのだ。姉と恋人は逃げるしかなかった。  それから1年後。私は王太子殿下と結婚した。言ってみれば、この結婚は「お詫び婚」である。 2〖 拗らせて17年 ~乙女ゲームの端っこの更に裏~ 〗 「お母様みたいな地味な女性が、この私の母親だなんてあり得ませんわ!」  私は一体どこで娘の育て方を間違えたのだろう? 目の前で母親である私に向かって暴言を吐く、この美しい令嬢は私の実の娘である。  やはり自分と釣り合わない美し過ぎる夫と結婚したことが、そもそも間違いだったのかもしれない。 3〖 優しい嘘 〗 「例の【罰ゲーム】の内容を考えたぞ」  放課後の空き教室から聞こえて来たのは、この国の第2王子カールの楽し気な声だった。 「ハインツ。お前、エリーザ・クラッセンに告白しろ」  突然、自分の名が出て来てエリーザは驚いた。思わず空き教室の扉に耳を寄せる―― 4〖 王太子殿下の地雷 〗 5〖 コメディ「婚約破棄」 ~異世界劇場~ 〗 6〖 コメディ「就活令嬢」〗 7〖 コメディ「ミッション ❆君を愛するつもりはないと告げられた花嫁❆」〗

学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。

朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。  そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。  だけど、他の生徒は知らないのだ。  スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。  真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

地味女は、変わりたい~告白するために必死で自分磨きをしましたが、相手はありのままの自分をすでに受け入れてくれていました~

石河 翠
恋愛
好きな相手に告白するために、自分磨きを決心した地味で冴えない主人公。彼女は全財産を握りしめ、訪れる女性をすべて美女に変えてきたという噂の美容サロンに向かう。 何とか客として認めてもらった彼女だが、レッスンは修行のような厳しさ。彼女に美を授けてくれる店主はなんとも風変わりな男性で、彼女はなぜかその店主に自分の好きな男性の面影を見てしまう。 少しずつ距離を縮めるふたりだが、彼女は実家からお見合いを受けるようにと指示されていた。告白は、彼女にとって恋に区切りをつけるためのものだったのだ。 そして告白当日。玉砕覚悟で挑んだ彼女は告白の返事を聞くことなく逃走、すると相手が猛ダッシュで追いかけてきて……。 自分に自信のない地味な女性と、容姿が優れすぎているがゆえにひねくれてしまった男性の恋物語。もちろんハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

プロポーズされたと思ったら、翌日には結婚式をすることになりました。

ほったげな
恋愛
パーティーで出会ったレイフ様と親しくなった私。ある日、レイフ様にプロポーズされ、その翌日には結婚式を行うことに。幸せな結婚生活を送っているものの、レイフ様の姉に嫌がらせをされて?!

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

処理中です...