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11 新しい人生を貴方と
しおりを挟む最近、マリウス様がリリアを連れて、また頻繁に夜会やパーティーに現れるようになったらしい。しかもやたらとベタベタして、まるで二人の仲睦まじさを周囲に見せつけているようだと聞いた。
ここ数ヶ月、マリウス様とリリアは関係が悪化して破局が近いというもっぱらの噂だったから、その様子の変化に皆、驚いているようだ。
私はダリオ様に言った。
「マリウス様がおっしゃった『ジェンマの幸せを守る』というのは、こういうことでしたのね」
「ああ、きっとそうだね。マリウス殿下がいまだにリリアに執着しているとなれば、さすがに陛下もマリウス殿下とジェンマとの復縁の話を進めるわけにはいかないからね」
ダリオ様は何とも言えない複雑な表情だ。
あの日、リリアとのことを尋ねた私にマリウス様は、
「あの女には、もう愛情はない」
と、はっきり言い切ったのだ。
好きでもない女と仲睦まじい振りをして、夜会だのパーティーだのに出席するのは苦痛でしょうに……
****************
結婚式当日。
王家からの横槍も入ることなく無事にこの日を迎えられて、正直ホッとしていた。
私はマリウス様に婚約を解消されてまだ1年弱、そしてダリオ様は再婚、というわけで貴族としてはこじんまりとした結婚式を挙げた。けれどもその分、私とダリオ様を心から祝福してくれる人だけが集ってくれて、とても暖かい雰囲気の式だった。
「綺麗だよ。ジェンマ」
ウェディングドレスを纏った私を見て、ダリオ様は甘く微笑んだ。
「ダリオ様もとても素敵ですわ」
愛する人と結ばれる。嬉しい――とても幸せだわ。
「母上! すっごく綺麗! 女神様みたいだ!」
ほほほほほ、ゴリちゃんもありがとう。子供は正直ですわね。
その日、結婚式とその後のささやかな披露パーティーを終えて、私はダリオ様とゴリちゃんと一緒にコルトー侯爵家に帰宅した。
今日から私はこの屋敷で暮らすのだ。笑顔で迎えてくれたコルトー侯爵家の使用人達の中で、ただ一人執事だけは滂沱の涙を流している。
困り顔のダリオ様。
「ジェンマ、すまない。執事の涙が止まらないようだから、今日は使用人の紹介や屋敷の案内を侍女頭がするよ」
「い、いえ、旦那様! 私が奥様をご案内いたします!」
泣きながら執事がダリオ様に縋る。ダリオ様は心底面倒くさそうな表情だ。
「泣き止んでから言え!」
「旦那様~!」
ヨヨヨと縋る執事。コントか!?
ゴリちゃんはずっと私にくっついている。
「母上~! 僕、今晩母上と一緒に寝たい! いいでしょ?」
ええっ? えーっと、さすがに今夜は初夜なのでマズイわよね?
ゴリちゃんにどう言えばいいのかしら? と私が逡巡していると、
「グレゴリオ、ちょっと来なさい」
と、ダリオ様がゴリちゃんを別室に連れて行ってしまった。
しばらくして戻って来たダリオ様とゴリちゃん。
「母上。僕、やっぱり一人で寝ます」
ゴリちゃんが神妙な顔をして言う。ダリオ様、どうやってゴリちゃんを納得させたのかしら?
その夜、ダリオ様と私はいつぞやの続きをして本当の夫婦になった。
****************
私とダリオ様が結婚して1ヵ月が経った頃、マリウス様とリリアが別れたと聞いた。
ちなみにリリアには、もう既に次の恋人がいるらしい。今度のお相手は王都でも指折りの豪商の次男坊だそうだが、マリウス様と被っていた時期があるのではと噂されている。王太子殿下と平民男性を二股にかけるとは! リリア恐るべし!
王太子という地位にあるマリウス様が、男爵家令嬢に過ぎないリリアに誑かされた挙句、平民と二股をかけられていたというこの醜聞は、もともと地に落ちていたマリウス様の評判を更に下げ、もはや社交界では「道化」呼ばわりだ。陛下と王妃様はますます第2王子に肩入れされるようになったらしく、マリウス様のお妃選びは当分棚上げされそうだ。
マリウス様……どうか女性を見る目を充分に養って、いつかマリウス様をしっかりと支えてくれる女性を見つけてくださいませ。
一人、庭のテーブルでお茶を飲みながら、私がそんな事を考えていると、ふいにダリオ様が現れた。
「ジェンマ。今、マリウス殿下のことを考えていただろう?」
「あら、どうして分かりますの?」
「ジェンマは殿下のことを考えている時、少し悲しそうで……でも優しい顔をしてる。妬けてしまうな」
へぇ~、そうなんだ。自分ではよく分かりませんわ。
「ダリオ様が亡くなった奥様のことを考えていらっしゃる時と同じですわね」
「えっ?」
ダリオ様が驚いた顔をして私を見つめる。
「ダリオ様も悲しそうな、でも優しいお顔をされますわ」
「ジェンマ、すまない。私はそんなつもりは――」
慌てるダリオ様。別に責めたりしておりませんのに。
「ダリオ様が亡くなった奥様を憶われるのは当たり前のことですわ。奥様はダリオ様と結婚してゴリちゃんを出産されたのですもの。ダリオ様にとって、とても大切な方だと分かっております」
「ジェンマ……私を嫌いにならないでくれ」
ダリオ様のお顔が切なそうに歪む。
嫌いになる? 何故? 私の言い方が悪かったかしら? ダリオ様にそんなお顔をさせたいわけではありませんわ。
「ダリオ様、そんな心配は御無用ですわ。私は、亡くなった奥様を想い出しもしないような薄情な殿方こそ嫌いでございます」
「ジェンマ。貴女という女性は……」
ダリオ様は私を強く抱きしめた。
「貴女を愛してる。本当だ。この気持ちに嘘はない」
「ダリオ様、私も愛していますわ。私もこの気持ちに嘘はございません」
「ジェンマ……」
ダリオ様が亡くなった奥様との日々を忘れることなどあり得ない。ダリオ様はとても優しくて誠実な方だ。きっと奥様と仲睦まじい夫婦だったろう。ダリオ様は一生、奥様との想い出を大切にされるはずだ。
そして、私もマリウス様との想い出を忘れることはないだろう。私にとってマリウス様は大切な初恋の人だ。8歳の頃から9年間も婚約者だったのだ。結局裏切られて傷ついたのは事実だけれど、それまでの長い時間、私は確かに幸せだった。
けれど、過ぎた日は戻らない。
私は前を向く。
そして、歩いて行きたい。
新しい人生を貴方と――
「ねぇ、ダリオ様。これからの人生をずっと私と一緒に生きてくださいませ」
「ああ、もちろんだ。一生をジェンマと共に生きる。ずっと一緒だよ」
「約束でございますよ」
「約束するよ。私の愛しいジェンマ」
「父上~! 母上~!」
ゴリちゃんが私達の姿を見つけて、こちらに走ってくる。満面の笑顔で手を振りながら……ん? もう片方の手に花を持っているの?
「母上、これあげる! 僕が『母上に花をあげたい』って言ったら、庭師のテオがこの花をくれたんだよ。母上、はい! どうぞ!」
それは可憐なスズランの花だった。
「まぁ、可愛らしいスズラン! ありがとう! ゴリちゃん!」
「えへへ」
私がお礼を言って受け取ると、ゴリちゃんは照れ笑いをした。
「ダリオ様、ゴリちゃん。スズランの花言葉をご存知?」
「えっ? 何、何?」
ゴリちゃんは興味津々ね。
「……私は、そういう事には疎いんだ」
ちょっと困った表情のダリオ様。
「うふふ……ダリオ様もゴリちゃんもお耳を貸してくださいませ」
私は二人に顔を寄せて囁いた。
「スズランの花言葉は――――」
ダリオ様がそっと私とゴリちゃんの肩を抱き寄せる。
私達は三人で微笑み合った。
花言葉は――――〖 再び幸せが訪れる 〗――――
終わり
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