王太子殿下の小夜曲

緑谷めい

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23 とりあえず今日も私は……

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 バルド様と二人でのんびり朝食を食べる。結婚式の翌日なのでバルド様も私も休息日となっていて、何も予定はない。
「フローラ。この”東ノ宮”の中をまだあまり把握できてないだろ? 案内してやる。俺は9歳までここに住んでいたからな」
「はい、ありがとうございます。まだ昨日使用した私的な部屋のあるフロアしか分かりませんの。他のフロアを見てみたいですわ」
「よし、朝食の後、案内してやる」

 バルド様と私はこれから王太子宮である、ここ”東ノ宮”で暮らすことになる。王宮の広い敷地の中にはいくつかの宮があるのだが、王太子は結婚をすると”東ノ宮”に住まうしきたりだ。陛下も王太子時代はご家族とともに、この”東ノ宮”にお住まいだった。そしてのちに、国王に即位された際に、今上国王宮”照ノ宮”にお移りになったのだ。バルド様が9歳の時に陛下は即位されたので、お子様であるバルド様もその時ご一緒に”照ノ宮”に移られた。というわけで、私とバルド様が結婚後住むことになった、ここ”東ノ宮”は、バルド様にとっては9歳までを過ごした懐かしい宮なのである。

 二人で東ノ宮を歩く私とバルド様。
「全然、変わってないな――」
 バルド様はそうおっしゃりながら、東ノ宮の中を隅から隅まで案内してくださった。
 王家の人間だけが知るという隠し通路も教えて下さり、私は自分が本当に王家に嫁いだのだと実感した。この通路を使って逃げなければならない恐ろしい事態は勘弁してほしいですけれど……
 私の表情を見て、何を考えているか察したらしいバルド様は、
「万が一の時の為の通路だ。お前を危険な目には合わせない。俺が必ず守るから、そんな顔するな」
 と言って、私の肩を抱き寄せた。
 けれど、守ってもらうばかりでは妃として失格ですわよね。生半可な気持ちでは王太子妃は務まらないのだわ。もっとしっかりしなくては! 私は思いを新たにした。


 午後になるとバルド様は、
「南東庭の花が見頃だ。フローラ、行こう!」
 と私を誘った。
 二人で手を繋いで南東庭をゆったり散歩する。
「初めてお会いした日に、バルド様にこの南東庭を案内して頂きましたわ」
「ああ、覚えてる。あの時、初めてフローラに会って”こんなに可愛い女の子がいるのか!?”って、本当にびっくりしたな」
 ……やっぱり最初からバルド様の感性(眼?)は、おかしいのですわね。
「あの時、ここで私の髪に花を挿してくださったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「勿論だ。お前を見てたら自然にそうしたくなって、花を手折ってこうして髪に挿して――」
 そう言いながら、バルド様は近くに咲いている花を一輪手折ると、あの日と同じように私の髪に挿してくださった。

「あの時、俺が花を挿して『よく似合う。可愛い』って言ったら、お前は『ありがとうございます』って俺に微笑んだ。その笑顔がこの世のものとは思えないくらい可愛くて眩しかった。俺の天使だと思ったんだ」
「バルド様……」
 どこから突っ込んでいいかも分かりませんわ。
「あの日出会った俺の天使と結婚することが出来た。本当に幸せだ」
 バルド様はそう言って、私の髪にキスをした。


 そんなこんなで再び夜がやって来た。
 今夜こそ! 今夜こそ寝落ちしたりしませんわ! 
 湯浴みを終え、夫婦の寝室でバルド様を待つ。暫くしてバルド様が寝室に入っていらした。ソファーに座っている私の姿を見て、
「良かった。起きてる」
 と嬉しそうにおっしゃる。起きているだけで喜ばれる妃って、一体……?
「バルド様、ワインお飲みになります?」
 私が声をかけると、バルド様は、
「何もいらない。今すぐフローラが欲しい」
 と言って、私を抱きしめた。もうバルド様ったら、欲しがりさん!

 そのままバルド様に横抱きにされて寝台に運ばれ、上にのしかかられる。
 うぅ、いざとなると、やっぱりちょっと怖いわね……
 私がつい身を硬くすると、バルド様が不安そうな声で、
「フローラ、嫌なのか?」
 と問う。
「そんな事はございません。ただ少し怖いので優しくして下さいませ」
 バルド様は私の額にそっとキスをする。
「フローラ、身体の力を抜け。優しくするから心配するな」
「はい……」

「フローラ、好きだ」
 そう言って何度も唇を吸った後、夜着を脱がし私の全身ありとあらゆるところに口付け、丁寧に時間をかけて愛撫するバルド様。私の心と身体が次第にほぐれてくるのが分かる。もっと性急に求められると思ったのに、ご自分は我慢していらっしゃるのね……バルド様に優しく、じっくり、ときほぐされて、私の中から蜜が溢れ出す。
「バルド様、きて……」
 思わず自分から求めてしまった。言ってしまってから恥ずかしくて手で顔を覆う私。するとバルド様がその手を退かす。
「フローラ、隠すな。顔を見せてくれ。フローラ……フローラ……」
 バルド様の声が掠れる。
 やがて私たちは一つに溶け合った――





********************





 結婚から一年後、私は女の子を出産した。
 金髪碧眼のとても美しい赤ちゃんだ。陛下の隔世遺伝に違いない。将来はとんでもない美貌の王女になりますわね! 楽しみ~!
「我が子ながら、なんて綺麗な赤ちゃんなのかしら! まるで天使ですわ! ねぇ、バルド様!」
「俺の天使が天使を産んだ。やっぱりフローラは俺のもとに舞い降りてきた天使だったんだな」
「ちょっと何をおっしゃってるのか分かりませんわ」




 そののち、数年の間に、バルド様にそっくりな鋭い目をした男の子2人にも恵まれ、東ノ宮はとても賑やかになった。


 今日も、3人の子供たちの笑い声や泣き声やケンカをする声が響き渡る。
 そしてバルド様はブレない。相変わらずである。
「フローラ。お前、ホントに可愛いな」
「バルド様。私はもう3人の子持ちですのよ」
「母親になっても物凄く可愛いなんて反則だぞ。フローラ」
 バルド様はそう言って、私を抱き寄せる。
 幾つになっても、バルド様のフィルターは外れないようだ……
「フローラ、愛してる。お前が好きだ。大好きなんだ」
「はいはい」
「流すなー!」
 バルド様ったら、毎日毎日飽きもせずに自分の妃を口説いて一体どうなさりたいのかしら? ホントに困った方ね。でもちょっと可愛い……ふふふ。
「私も大好きですわ、バルド様」
 私が背伸びをして頬にキスすると、バルド様の精悍なお顔が真っ赤になる。少年か!?

 とりあえず、今日も私は幸福に包まれている。














 終わり

  ※ 本編終了。次回は、ちょっとした付録です。
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