王太子殿下の小夜曲

緑谷めい

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20 理屈じゃないんだ

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 今夜は王宮で夜会が催される。
「フローラ、綺麗だ」
 バルド様は夜会の時には、いつも大安売りの「可愛い」ではなく、必ず私に「綺麗だ」とおっしゃる。やっぱり夜会は艶っぽいドレスやヘアメイクにしているせいかしら?
「でもそのドレスはちょっと胸元が開き過ぎだろ。お前、胸がデカいのを強調するなよ」
「だって夜会なのですよ。色っぽく見せたいではありませんか」
「フローラ! お前、誰に見せるつもりだ?! 誰に色っぽく見られたいんだ!?」
 焦った様子で私に問うバルド様。
「バルド様に決まっておりますでしょう?」
「え? 俺?」
「バルド様に見ていただきたくて、私なりに(平凡なりに)頑張っておりますのに!」
「フローラ!」
「ほらほら、もう入場ですわよ。エスコートお願いしますね」

 ファーストダンスを踊った後も、バルド様は私を離さない。2曲目も3曲目も私と踊り、その後もベッタリと私の横にいる。二人でワインを飲んでいるとワルツが流れた。あ、この曲、フレデリク王子と想い人の思い出のワルツだわ。
 そこへフレデリク王子がやって来た。王子は私に向かって、
「一曲、お願い申し上げます」
 と言って手を差し出す。
「はい」
 私は王子の手を取った。
「フレデリク王子! フローラは俺の婚約者だ!」
 バルド様が険しい声を出す。いやいや、バルド様。夜会は本来いろいろな方と踊るのが当たり前。社交の場ですのよ。
「この一曲だけ、フローラ嬢と踊らせてくれ。頼む」
 フレデリク王子が真剣な表情でバルド様におっしゃる。
「イヤだ! フローラは俺のものだ!」
 何、言ってんだ! まったく!
「バルド様、ここは社交の場ですのよ。子供っぽい態度はやめてくださいませ。恥ずかしいですわ」
 私はそう言い放つと、フレデリク王子を促し二人でフロアの真ん中に進んだ。
「うちの殿下が失礼しました。さぁ、踊りましょう。フレデリク殿下」
「ああ」
 私とフレデリク王子は、多くの視線を浴びながら踊った。無理もない。いつもはバルド様としか踊らない私が、隣国の銀髪イケメン王子と踊っているのだ。目立つこと、目立つこと。皆が驚きの表情で注目している。どうせ目立つなら華麗に踊ってみせますわよ~。
 踊りながら、フレデリク王子が私の耳元で囁く。
「フローラ、綺麗だな」
「あら、珍しい。お世辞でも嬉しいですわ」
「お世辞じゃないよ。バルド殿下が羨ましい」
「今日はどうなさったの?」

 フレデリク王子は優しい眼差しで私を見つめる。
「フローラはバルド殿下のことが好きなんだろ?」
「ええ、勿論ですわ」
「俺のことは? 少しは好き?」
「えっ?」
 驚く私。王子の顔を見上げたまま、言葉が出て来ない。
「ごめん。困らせたいわけじゃないんだ。忘れてくれ」
 フレデリク王子は、そう言って目を伏せた。

 曲が終わるとバルド様が飛んできて、フレデリク王子から私を引き離すと自分の腕の中に抱き込んでしまった。
「フレデリク王子、気が済んだか! もう、フローラに触れるなよ!」
「ああ、わかったよ。バルド殿下、ありがとう。フローラ、踊ってくれてありがとう」
 フレデリク王子は笑顔だった。

「フローラ! 来い!」
 私はそのままバルド様にテラスに連れて行かれた。
「フローラ、俺を見捨てるな」
 バルド様の鋭い目が不安そうに私を見つめる。
「何をおっしゃってるの?」
「俺がガキっぽいことを言うから嫌になったんだろ? 自分でも分かってるんだ。社交の場であんな態度を取るなんて、王族としても成人した男としてもダメだって……」
「バルド様……」
 一応は分かっていらっしゃるのね?
「でも頭では分かってても、他の男がフローラに触れるのはイヤなんだ。理屈じゃないんだ。お前のことが好き過ぎて苦しい。どうしていいか分からない」
 バルド様の顔が苦し気に歪む。本当にこの人は……

「バルド様。私たちは学園を卒業したら、すぐに結婚しますのよ。もう結婚式の日取りも決まっているではありませんか。バルド様は私の旦那様になるのですから、もっとドーンと構えていらしてくださいな」
 バルド様と私の結婚は、つい先日、式の日取りが正式に決定し、国内外に発表された。その日は国民の祝日となるそうだ。王太子の結婚は国家行事なのである。
「結婚式まで、あと1年と少しです。あっという間ですわ」
 私がそう言うと、
「あと1年と122日だ」
 と、バルド様が呟いた。……ヤンデレ? いいえ、とても楽しみにその日を待っていらっしゃるだけよね? うん、きっとそうだわ。

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