王太子殿下の小夜曲

緑谷めい

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15 本当にあった王妃様の怖い話

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 私はようやく全身打撲の痛みが薄れ、寝台の上で上体を起こせるようになった。
 右足首を骨折しているのでまだ当分歩けないが、寝台の上に座って自力で食事も取れるようになり、寝たきりだった時と比べると随分過ごしやすくなってきた。


 毎日のように、学園帰りに我が家に来て下さるバルド様。
「フローラ、もう触れても大丈夫か?」
 バルド様はそう言いながら、恐る恐るご自分の腕の中に私を包み込む。
「バルド様、優しくしてくださいね」
「フローラ。その台詞、あらぬ妄想を掻き立てられるからやめろ」
「あん、痛くしないで」
「お前……わざと言ってるだろ?」
 少しだけ腕に力を込めるバルド様。
「いやぁん、激し過ぎますわ~」
「フローラ、やめてくれ。俺の王子が反応する」
「バルド様ったら、怪我人相手に王子が元気になるなんて鬼畜でございますわね」
「鬼畜はお前だろ! この状況で煽られる俺の身になれよ!」
「それは申し訳ございませんでした。おほほほ」
「お前、結婚したら覚えとけよ!」
 うふふ、楽しみにしておりますわ。

 暫くして、いろいろ落ち着いた後、バルド様が淡々と話される。
「リリヤは修道院へ送られることになった。養父の男爵は自ら爵位を返上した」
「そうでございますか……」
「父上と俺は、本気でリリヤを処刑するつもりだったんだぞ。でもお前がそれは絶対イヤだと言うし、母上もリリヤを処刑したらフローラが心に一生の傷を負ってしまうからって反対されたんだ」
「王妃様が?」
 私のことをそんな風に心配してくださるなんて……ありがたいことだわ。
「あんな事をされたのに、本当に処刑しなくて良かったのか?」
「修道院送りで充分でございます」
 処刑なんて、夢見が悪くなりそうでイヤですもの。
「フローラは女神か?」
 何をおっしゃってるのかしら?


 マーガレット様も頻繁に私に会いに来てくださる。
「それにしても、まさかヒロインのリリヤが悪役令嬢みたいな事をして修道院送りになるとはね」
 ヒロイン? 悪役令嬢?
「リリヤがヒロインですの?」
「私の夢の中ではね、リリヤが主人公だったの。私はそのヒロインのリリヤを苛める敵役。予知夢の中では、敵役の私は『悪役令嬢』という呼ばれ方をしていたわ」
「そうだったのですか」
 実はリリヤが主人公ヒロインだったのかー。

「”階段から突き落とす”という行為は、夢の中で私がリリヤに対してやったことなの。そして私は断罪されて婚約破棄された上に、国外追放になったわ。それなのに、まさかリリヤがフローラを階段から突き落として、修道院送りになるなんて」
「マーガレット様、修道院での生活ってツライですよね?」
「フローラ、まさかリリヤの心配をしているの? 貴女、あんな事をされて打ち所が悪かったら本当に死んでいたかもしれないし、重い後遺症が残ったかもしれないのよ? まぁ、夢の中では私がリリヤに同じ事をしたのだけれど……」
「マーガレット様。夢と違って実際のマーガレット様はとてもお優しいではありませんか。私、マーガレット様のことが大好きですわ。本当にお慕いしております」
「フローラ……今の台詞、バルド殿下に聞かれたら、私が処刑されそうだわ」
「やだ、マーガレット様ったら。いくらバルド様でも、さすがに女性に嫉妬なんてされませんわよ」
「いえ、割と本気マジで処刑されそうな気がする~」
 マジ?



  ある日、王妃様がお見えになった。お付きの侍女が大きな花束を抱えている。
「フローラ、元気そうで良かったわ。この花はお見舞いよ。もっと早く来たかったのだけれど、遅くなってごめんなさいね」
「いえ、とんでもございません。わざわざ御出でくださって、ありがとうございます」
「ずいぶん怪我も良くなったって聞いたわ。本当に命に別条がなくて良かった」
「ご心配をおかけしました」

 王妃様がしみじみおっしゃる。
「あの日、学園でね、騒ぎに気付いて駆けつけたバルドが、階段の下に倒れていた貴女を抱いて、気も狂わんばかりに名前を呼び続けて泣いていた、って影から聞いたの」
 うわぁ……
「そうだったのですか……」
「バルドの貴女への愛は、本当に怖いくらいだわ。陛下がね、『バルドはフローラを失ったら生きていけないんじゃないか』って本気で心配なさってるの。私もそう思うのよ」
「まさか、そんな……。バルド様は強いお方ですわ」
「そうね、バルドはタフよね。でもそれはフローラが側にいてくれるからだわ」
「えっ?」
「貴女がいてくれるからバルドは強いのよ。お願いよ、フローラ。これからもずっとバルドの側に居て、あの子を支えてあげて。貴女にしか出来ないことなの。バルドにはどうしても貴女が必要なのよ」
「はい……」
 重い。愛も責任も重過ぎる……。誰かヘルプミー!


 その日、王妃様がお帰りになった後、お父様が私の部屋を訪れた。
「フローラ。王妃様はバスラー公爵夫人のことを何かおっしゃっていたか?」
「バスラー公爵夫人? いえ、何も」
 バスラー公爵家は四大公爵家の一つで名門である。御当主は人格者なのに、その夫人はとんでもなく高慢ちきでイヤ~な感じのオバさんだ。社交界ではけっこうな嫌われ者である。
「バスラー夫人がどうかされたのですか?」
  お父様は少し言いにくそうにおっしゃる。
「……いずれお前の耳に入るかもしれないから話しておくが、先日、王宮で開かれた上位貴族の夫人集会で、バスラー夫人が王妃様に、お前とバルド殿下の"婚約解消"を進言したらしい」
「えっ? 婚約解消?」
「バスラー夫人は『大怪我をして”キズモノ”になったフローラ嬢は王太子妃に相応しくない』と、皆の前で王妃様に申し述べたそうだ」
 何それ、ひどーい! 私は好き好んで怪我をしたわけではないのに「キズモノ」呼ばわりとは! あのオバはんめー!

「それで、どうなりましたの?」
「それが……王妃様はその時、バスラー夫人に何もおっしゃらなかったそうだ。熱弁を振るって『婚約解消』を主張するバスラー夫人の姿を、表情を変えずに黙ったままジッとご覧になっていらしたとか。その場にいた他の夫人達は、王妃様の一見冷静に見える態度が逆に恐ろしくて震えあがったらしい」
「そ、それはもしや……」
「フローラ。人は本当に怒った時、その場で激昂したりせず、相手に真に効果的なダメージを与える方法を冷静に考えるものだ」
 ひぃ~! 王妃様は今、その方法を考え中というわけですの?
「お父様……私、何か恐ろしいことが起こる気がして、背中がゾワゾワいたしますわ」
「奇遇だな、フローラ。私もだ」
「おほほほほ」
「アハハハハ」



 1ヵ月後、社交界からバスラー夫人の姿が消えた……らしい。自宅療養中の私に、誰も詳しいことを教えてくれないのだ。不安になった私は、マーガレット様に食い下がったのだが、
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。夫人はちゃんと屋敷にいるわよ。消されたりしてないから安心して」
 という返事だった。
 そっかー、消されてないなら安心だわ~……って、なるかー!!
 誰か私に真実を教えてー!!





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