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3 瞳の色は何の色
しおりを挟む”カトレアの間”でお菓子を食べるバルド殿下と私。
美味しい! さすがは王宮のパティシエですわ! あ~この焼き菓子最高! 上品な甘さが堪らない! 病みつきになりそう! ついつい食べ過ぎてしまう……バルド殿下にはしたないと思われるかも? でも、いいわよね! マーガレット様が正式な婚約者に決定すれば、私がこのお菓子を食べるチャンスは、もうなかなか無いだろうし。うん、食べられる時に頂いちゃいましょう! 我ながら、とても貴族令嬢とは思えない平民も真っ青の食い意地だわ。
「その焼き菓子、美味いだろ? 俺、そのプレーンのやつが大好きなんだ」
鋭い目付きでバルド殿下が話しかけていらっしゃる。
「はい! とっても美味しいですわ! プレーンも美味しいですけれどココア風味も堪りませんわ」
「そうか。ココア風味も美味いよな」
うふふ、嬉し~。幸せ~。おかわりが欲しい~!
一緒に過ごしているうちに、だんだんとバルド殿下の眼光鋭い強面にも慣れてきましたわよ。私って案外、適応能力が高いのね。
殿下自身はどうやら睨んでいるつもりはないらしい……ということにも、私は気が付いた。つまり、この鋭く怖い目付きがバルド殿下の通常形態なのだ。おそらく。
この人、この見た目でずいぶん誤解されているのではないかしら? おまけに喋り方もぶっきらぼうだから、余計に怖い印象を与えているわね……
容貌も喋り方も怖くて威圧感が凄いバルド殿下。でも、今日の彼が私に話しかけてきた内容といえば、ほぼ「お前、可愛いな」だけなのだ……何だ、そのギャップ!?
なんて考えながら、焼き菓子をパクパク食べていると、私のその様子を見ながらバルド殿下がおっしゃった。
「フローラ。お前、菓子を食べてる姿も可愛いな!」
「えっ? あっ! ぐっ!」
うっ、苦しい! 焼き菓子が喉に詰まった!? ぐぇー!
「フローラ! おい! 大丈夫か!?」
バルド殿下が慌てて私の背中を力いっぱいバシバシ叩く。
「殿下! 乱暴過ぎますぞ!」
そう言って従者がバルド殿下を止めて、私に水を飲ませてくれた。あ、お菓子が流れたわ!
あー、びっくりした! 死ぬかと思った! 王太子殿下との顔合わせに王宮に来てお菓子を喉に詰まらせて死亡、なんて恥ずかし過ぎる!
「フローラ。大丈夫か?」
「はい、バルド様。ありがとうございました。従者さんもありがとう」
「いいえ。殿下が思い切り叩いてしまったので、もしかしてお背中に痣が出来ているやもしれません。申し訳ございません」
従者がそう言って私に謝ると、バルド殿下は慌てた。
「えっ!? そうなのか?! フローラ、すまない!」
「バルド様、大丈夫ですわ。私を助けようとしてくださったのですもの。お気になさらず」
「ちょっと背中見せろ。痣になってないか見てやる」
ひぇー!? 乙女にドレスを脱げと!? それアカンやつですわ、殿下!
バルド殿下に下心も他意もないのは分かる。彼はまだ幼いのだ。同じ10歳でも、8歳の頃から9つ年上の従姉に借りた恋愛小説を読みまくっている私と、王家の箱入り王太子様とでは、精神年齢が違うのである。
仕方ないので、私は無言で従者の顔を見て助けを求めた。従者は私に頷いてみせると、バルド殿下に言ってくれた。
「殿下。淑女の肌を男の前で晒すなどあってはならないことです。軽々しくおっしゃってはいけません」
「えっ? あ? そうか?」
ご自分の失言にようやく気付いたのか、バルド殿下は真っ赤になった。
「フローラ、すまない。俺は決して変な意味で言ったんじゃないんだ!」
「分かっておりますわ。バルド様」
「ホントにすまない……」
怖いお顔でしょんぼりするバルド殿下。ちょっと可哀想になってきた。
「バルド様。お気になさらないでくださいませ。バルド様に他意がないことは分かっておりますわ」
「うん……フローラ……可愛い。すごく可愛い」
ガクッ! 結局、結論はそれかい!? 脱力ですわ~……
その後、バルド殿下と私はのんびり紅茶を飲んでいた。
「いい香りの紅茶ですわね~」
う~ん、紅茶の香りが我が家で飲む同じ種類の紅茶と全然違う。きっと最高級茶葉なのですわね。はぁ~、さすが王宮。何もかもが本物志向なのだわ。
「気に入ったか? 良かった」
相変わらずバルド殿下は鋭い目を私に向けるけれど、もう”睨まれている”とは感じなくなった。この人は、もともとこういう目付きなのだ。そうと分かれば別に怖くはない。何せ口を開けば「お前、可愛いな」の連発なのだから……最初に感じた恐怖心は消えていた。
バルド殿下がまじまじと私の目を見つめる。
「フローラ。お前の目の色は綺麗だな」
「……ありがとうございます」
殿下! お目が高い! 私は自分の目の色が、実は大好きですの。他にはあまり自慢できるものがないのですけれどね。この瞳の落ち着いた緑色は、とっても気に入っておりますのよ。例えるなら、深い森の中にある湖のような緑色。明る過ぎず暗過ぎず、本当に絶妙な深さの美しい緑色だと思っていますわ。おほほほ。いやだ、私ったら心の中で自画自賛なんて、イタイ女子みたいですわね。
「お前の瞳の色は……そうだ! 深い森の中にある湖のような色だ! 優しい落ち着いた緑色。すごく癒される色だ」
…………バルド様…………
この瞬間、私の心の中でも「殿下」呼びが「様」呼びに変わった。
私は今、猛烈に感動しておりますわ!!
そうなのです! そうなのです! 「深い森の中にある湖」のイメージなのです! あぁ! まさか今日初めてお会いしたバルド様が私と同じように感じてくださるなんて、感激ですわ! 嬉しい! しかも続けて何ておっしゃいました? 「優しい落ち着いた緑色」ですって? 「すごく癒される色」ですって? や~ん、バルド様ったらお子ちゃまだと思っていたのに、まさかこんな乙女心直撃の台詞をおっしゃるとは……恐ろしい子!
「バルド様、ありがとうございます。そんな風におっしゃって頂いて、とてもとても嬉しいです!」
私は満面の笑みを浮かべていたと思う。
バルド様は何故か唖然とした表情になり、そして次の瞬間こう叫んだ。
「フ、フローラ。その顔はダメだ! 何だ、その顔は!」
「はぁ?」
何?
「俺は知ってる! フローラみたいな可愛い子が、大人になったら『傾国の美女』っていうのになるんだぞ!」
えーっ!? おいおいおい、いくら何でも言い過ぎだから!!
くっ! 従者の肩が震えている……俯いているけれど笑いを堪えているのですわね! ええ、気持ちは分かりますわ。こんな平凡な令嬢に向かって、バルド様ったら未来の「傾国の美女」なんて言っちゃってるんですもの。爆笑ものですわよね! あー、恥ずかしい!!
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