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2 強者の余裕
しおりを挟む王宮での波乱の初顔合わせを終え、クラウディアと両親は公爵邸に帰って来た。
父は不機嫌マックスだ。
「何だ、あの失礼なガキは!? 王家は一体どんな教育をしてるんだ?!」
母も眉を顰めて言う。
「本当に。ねぇ、あなた。この婚約、何とかして白紙に出来ませんの? うちの可愛いクラウディアちゃんをあんなのに嫁がせるだなんて。私、本当にイヤですわ!」
「もちろん、ワシもだ。可愛い可愛いうちのクラウディアを『化け物』呼ばわりするなど、あのガキはイカれてるに違いない! 明日にでも王家に婚約の白紙撤回を求めてやる!」
「お願いしますわ! あぁ、それにしても腹が立つ! 私も扇で思い切り引っ叩いてやりたかったですわ!」
と言いながら扇を握りしめ素振りを始める母。
「ああ。ワシもゲンコツをお見舞いしてやりたかったぞ! 陛下のゲンコツはスナップが利いてない! もっとこう手首の力を使ってガツンとだな――」
と、拳をクッションに叩き込む父。
もうお分かりだろうが、父も母もクラウディアを溺愛している。だからこそ王太子ギルベルトの今日の態度に怒り心頭なのだ。
そして両親から話を聞いた、クラウディアの兄も激怒していた。クラウディアより5つ年上の脳筋兄は筋金入りのシスコンである。
兄が「父上。斯くなる上は、もはや王太子殿下を暗殺するしかありません!」などと物騒な事を言い始めた為、クラウディアは慌てて時間を一分ほど巻き戻し、部屋に消音魔法を掛けた。
⦅あっぶな~。どこに王家の影が潜んでいるかも知れないのに、お兄様ったら考え無しなんだから⦆
「お父様、お母様。そしてお兄様。ギルベルト殿下はまだ10歳のお子ちゃまです。許して差し上げましょうよ」
そう言うクラウディアもギルベルトと同じ10歳なのだが……。
「おぉ、クラウディア。お前は何て優しいんだ。美しい上に心まで広いなんて、天使過ぎる!」
父が感に堪えぬように叫ぶ。
「でも、殿下はクラウディアちゃんを侮辱したのよ! この婚約は白紙に戻した方がいいわ!」
母はそう言いながら、なおも扇で素振りを繰り返している。
「父上。やはり王太子殿下を殺るしかありません!」
⦅んな訳あるかぁ?!⦆
兄が短絡的な脳筋なのは今に始まった事ではないが、思わず頭を抱えるクラウディア。
クラウディアは家族を説得しにかかった。
「私は何も気にしていませんから。ギルベルト殿下との婚約はこのまま継続致します」
「クラウディア。お前はそれでいいのかい? 我が家は公爵家だ。相手が王家だとて婚約を白紙に戻すくらい出来るぞ?」
「いいえ、お父様。私は王太子妃、延いては王妃になりたいのです。何故なら、私こそが、この国においてその立場に一番相応しいからです!」
クラウディアは傲慢な10歳だった。公爵家の令嬢にして(自称)王都一の美少女、おまけに実は天才魔法使いである自分以上に王太子妃に相応しい令嬢がこの国にいるだろうか? いや、いるはずが無い。
「私はこの王国の王太子妃になるべき人間なのです!」
「その心意気、アッパレ!」
と、脳筋の兄が叫んだ。どうやら納得してくれたようだ。単純で助かる。
その後、父と母に納得してもらうには少し時間がかかったが、クラウディアの渾身の説得により、最終的には両親も渋々ではあるがギルベルトとの婚約を続けたいと言うクラウディアの意思を尊重すると約束してくれた。
実のところ、クラウディアはギルベルトにさほど悪い印象は抱いていない。
いきなりクラウディアを「ブス」呼ばわりしたことは褒められた事ではないが、見たことも無いレベルの美少女を目の前にして、10歳のギルベルトはテンパってしまったのだろうと思うし、その後の彼の暴言はクラウディアが掛けた魔法に因るものなのでノーカンだ。
「男の子は、小さいうちは生意気なくらいでいいのです。そういう子はエネルギーやガッツがありますからね。ギルベルト殿下は伸びしろが大きいと思いますわ」
したり顔で語るクラウディアに、両親は顔を見合わせ「うちの娘はまだ10歳じゃなかったか?」「その筈ですけれど……何でしょう? あの謎の余裕と貫禄は? まるで王太后様が孫について語っていらっしゃる風では?」とコソコソ話し合っていた。
クラウディアは絶対的強者である。
天才魔法使いクラウディアは、その気になればギルベルトなど一瞬で灰にする事が出来るのだ。
自信は余裕を呼び、余裕は更なる自信を呼ぶ。
故にクラウディアは他者(=弱者)に大変寛容なのだった。
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