2 / 5
2 愛人 サラ
しおりを挟む平民であるサラが、侯爵家の令息だったジェルマンと出会った場所は、彼女が特待生として入学した王立貴族学園の生徒会室だった。
成績優秀なサラは1年生ながら生徒会の書記に選ばれ、生徒会長である王太子の側近ジェルマンと知り合った。ジェルマンは王太子の同級生で、サラより2学年上の3年生だった。側近のジェルマンは王太子の生徒会長としての仕事の補佐もしていた。その為、サラはほぼ毎日、必然的にジェルマンと顔を合わせるようになり、次第に彼と親しくなっていったのである。
生徒会メンバーの中には、平民のサラをあからさまに見下す貴族令息が複数いた。何度も侮辱され、悔しい思いをしたが、そんな時サラを庇ってくれたのはいつもジェルマンだった――いつしかサラはジェルマンに恋をしていた。親の決めた婚約者のいる彼に夢中になってしまったのである。
「ジェルマン様に婚約者がいらっしゃるのは知っています。けれど、私はジェルマン様が大好きなんです。私と交際してください」
出会ってから2年後、思い切ってジェルマンに思いを告げたサラ。ジェルマンは戸惑っている様子だ。
「サラ。私も君の事を好ましく思っている。だが私と婚約者のアネットは、彼女の貴族女子学院卒業後、すぐに結婚する予定なんだ。彼女は私の2つ年下だから、3年後だ。君と交際など出来ないよ」
ジェルマンの婚約者アネットは、サラやジェルマンの通う王立貴族学園ではなく、王立貴族女子学院に在籍していると聞いている。何でもアネットの父親である伯爵がかなりの堅物らしく、年頃の娘に男を近付けないよう、わざわざ女子校に入れたのだそうだ。
「ジェルマン様がアネット様と結婚なさるまでの間だけでかまいません。どうか、平民の私に少しばかりの夢を見させては頂けませんか?」
自分でも強引だと思う。こんな風に女から迫るなんて、随分とはしたない事をしている自覚はある。けれどサラは必死だった。心からジェルマンを愛しているのだ。期間限定でもいい。少しの間でもいいから、彼の恋人になりたい。
サラの勢いに気圧されたのか、やや口籠りながらジェルマンが返事をする。
「……じゃあ、私がアネットと結婚するまでの間だけなら……。けれど、君との関係を誰にも知られたくない。【秘密の恋人】になってしまうけど、それでもいいかい?」
「かまいません。私も誰にも話しません。ジェルマン様と付き合えるなら、二人の関係を隠し通してみせます。私はもともと結婚願望など持っていませんし、学園卒業後は王宮の文官として働きたいと思ってるんです。ジェルマン様に決してご迷惑はお掛けしませんから」
「……まぁ、そこまで言うなら……」
ジェルマンは最後まで思案顔ではあったが、それでも頷いてくれた。サラが自身の熱量で押し切った感は拭えない。それでもサラは浮かれた。とうとう2年越しの恋が実ったのだ。大好きなジェルマンの恋人になれたのである。
そして3年後。
「サラ。再来月には私はアネットと式を挙げる。君との付き合いは今日でお終いだ」
辛そうな表情をしたジェルマンから、そう告げられた。わかっていた事だ。覚悟をしていたつもりだった。けれど……サラはジェルマンの別れの言葉に、胸が抉られるような苦しさを覚えた。
サラは、いつものように平民の格好をした上に念入りな変装をしたジェルマンと、街に出かけていた。この3年間、ジェルマンはサラとの関係を誰にも知られぬよう、サラと会う時はいつも平民を装っているのだ。
「……別れません」
「サラ? 何を言ってる?」
「……ジェルマン様。私は、貴方と別れません」
「サラ。約束が違う。3年前に言ったはずだ。君との交際は、アネットを妻に迎えるまでの期間限定だと。君は今年、学園を卒業して王宮の文官になったのだし、これからは仕事に打ち込めばいいじゃないか。君はもともと結婚願望など無いと言っていただろう?」
学園での成績がトップクラスだったサラは、卒業後かねてよりの希望通り王宮の文官になっていた。ちなみにジェルマンは2年前に学園を卒業し、王太子の側近として王宮で働いている。つまり、サラとジェルマンは共に王宮が職場なのだ。
「結婚して欲しいなどとは言いません。ジェルマン様と今まで通りお付き合いを続けたいだけです」
「サラ。それでは君は私の【愛人】になってしまうよ」
「……かまいません。ジェルマン様と別れたくないんです」
「サラ……それ程までに私を想ってくれるのか……」
サラとジェルマンは既に身体の関係を持っている。サラを抱くジェルマンは、いつだって情熱的だ。ジェルマンも本心では自分を手放したくないはずだとサラは確信していた。
「アネット様に知られなければ良いだけではありませんか」
ジェルマンの耳に甘く囁く。
サラに未練のあるジェルマンは、結局サラを突き放すことは出来ず、二人の関係はそのままずるずると続くこととなったのである。
その後しばらくして、ジェルマンとアネットは盛大な結婚式を挙げ、二人は正式に夫婦となった。よって、ジェルマンの恋人だったサラは彼の【愛人】という立場になってしまった。望んだのはサラ自身だ。だが、自分がいざジェルマンの【愛人】になると、悔しさがこみ上げてくる。その悔しさがジェルマンに対するものなのか、アネットに対するものなのか、サラ自身に対するものなのか、この国の身分制度に対するものなのかさえ分からない――もしかしたら、その全てに対する悔しさなのかも知れない――と、サラは思った。
サラは、常用していた避妊薬の服用を秘かに止めた。
ジェルマンがアネットを妻に迎えて半年ほどが経ったある日。
サラは、自分に会いに来たジェルマンに笑顔でこう告げた。
「ジェルマン様。私、お腹に子が出来たんです」
121
お気に入りに追加
636
あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。



旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

今夜で忘れる。
豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」
そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。
黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。
今はお互いに別の方と婚約しています。
「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」
なろう様でも公開中です。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件
よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます
「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」
旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。
彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。
しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。
フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。
だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。
私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。
さて……誰に相談したら良いだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる