上 下
21 / 27

21 それは恋

しおりを挟む





 彩音は少しずつ快方に向かい始めた。
 毎日お弁当の時間が待ち遠しい。
 ユーグと一緒にいると気持ちが安らぐ。
 お弁当を食べ終えてユーグが仕事に戻る時、いつも⦅もっと一緒にいたい⦆と、思ってしまう。

「トメ。お前、それ ”恋” ってヤツじゃねぇの?」
 彩音の話を聞いていたダミアンが偉そうに言う。
「ガキんちょが恋を語るな!」
「オレは経験豊富な10万666歳だ!」
「……ねぇ、ダミアン。ユーグさん、婚約者とか恋人とかいるのかな?」
「本人に聞けばいいだろ」
「いや~ん。『ええ、いますよ』って言われたら、どうするのよ?」
「奪えばいいだろ?」
「へ?」
「欲しけりゃ奪えばいい」
「……これだから悪魔は! 私は人の倫に外れる事はしない主義なの!」
「ご立派な主義だな――だったら、オレがユーグの屋敷やら職場やらに潜入して、アイツに女がいるかどうか探ってきてやるよ」
「ホント!? ありがとう、ダミアン!」
 それにしても、人間の恋路をサポートする悪魔って一体……



 数日後。
「おい、トメ。朗報だ。アイツ、今フリーだぞ」
「えっ? 本当に?」
 ダミアンの報告に彩音は小躍りした。
「しかもアイツは多分、トメに惚れてる」
「ひぇ~!?」
 思わずム○クの叫び状態になる彩音。
「落ち着け!」
「う、うん」
「職場でも家でもユーグのヤツ、お前の話ばっかりして、周りから呆れられてた」
「ウソ!? 恥ずかし~い!」
「良かったな。お前にも春が来るぞ」
「ぐへへへへ……」
「汚ねぇ~な。ヨダレを垂らすな!」




 彩音はいつものように一緒にお弁当を食べながら、ユーグとおしゃべりをしていた。
 その日、彩音はユーグの家族について根掘り葉掘り尋ねていた。
 好きな男性ひとに関することは何でも知りたいものね。

 先代聖女はこの国の騎士団団長をしていたブラッハー伯爵と結婚した。3人の娘を授かり、後に末娘が婿を取って伯爵家を継いだそうだ。ユーグはその末娘夫婦の長男、つまりブラッハー伯爵家の跡取りである。彼には弟と妹がいるが、弟は騎士になり実家を出て騎士団の寮に入っており、妹は有力な侯爵家に嫁いでいるとのこと。

「――と、いう訳で、我が家は現在、両親と私の3人暮らしなんです。祖父は3年前に既に亡くなっていたのですが、昨年、弟の入寮と妹の嫁入りが続き、その後たいして日も経たぬうちに祖母が亡くなったものですから、何だかあっという間に3人になってしまったんですよ。おまけに父は領地と王都を行き来する生活をしているので、王都の屋敷には私と母の2人きりという日も多いのです」
「まあ、それではお母様はお寂しいでしょうね」
 もちろん、伯爵家なのだから使用人はたくさんいるだろうが、それとこれとは違う話だ。

「トメ様にお願いがあります」
「はい?」
 ユーグが真剣な面持ちで彩音を見つめる。

 やだ、そんなに見つめちゃって。
 いつもの柔らかい笑顔も素敵だけど、こういう表情も堪らないわね。
 ユーグって、ベッドの中ではどんな顔をするのかしら?
 彩音の名を呼びながら切なそうに歪む彼の表情を想像してみる。
 ⦅ あ~、抱かれたい! ⦆

 ユーグはもちろん、そんな愛と欲望にまみれた彩音の心の内なぞ知るはずもなく、表情を崩さぬまま切り出した。
「トメ様。今度、我が家に遊びにいらして下さいませんか? うちの母は以前からトメ様にお会いして、ニホンのことや祖母のこと等いろいろとお話ししたい、そして是非作りたてのニホン風料理を食べて頂きたいと申しておりまして――トメ様さえ、よろしければ是非お越し頂きたいのです」

 作りたて?! 何という魅力的なお誘いだろう。
 毎日のお弁当もとても美味しいけれど、温かい日本風料理も是非食べたい!
「行きます! 是非お邪魔させて下さい!」
 即答した彩音に、ユーグは顔を綻ばせた。
「ありがとうございます。母も喜びます」

 彩音はここで気が付いた。
 ユーグは、彼の母親が彩音に会いたがっているから来て欲しい、という誘い方をした。
 それは事実かもしれないが、彼は、ホームシックに罹っている彩音を元気づける為に招くというていを取らずに、”母親が会いたがっているから、料理を振る舞いたがっているから彩音にお願いして来てもらうのだ” という名分で彩音を屋敷に呼びたいのだ。
 彼の母親の為に訪ねるという建前があれば、彩音がユーグや彼の母親、そしてブラッハー伯爵家に気兼ねをする必要はない。ユーグは、彩音に余計な気を遣わせたり遠慮させたりしたくないのだろう。
 ユーグのことを何も知らなければ、彼の気遣いを汲み取れずに ”母親の為? マザコンか?” と、思ったかも知れないが、彩音はもう1ヶ月以上、ほぼ毎日ユーグと一緒にお弁当を食べ、会話をしている。
 ユーグがどんな人柄で、どういう気遣いをする男性なのか、彩音は既に知っていた。
 そして、ユーグもまた彩音のことを分かってくれている。
 普段は大雑把なくせに、ふとした時に日本人らしい遠慮をしてしまう彩音のことを分かっているからこそ、ユーグは今回のような誘い方をしたに違いないのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

聖女はこの世界に未練がない

菜花
ファンタジー
ある日、聖女として異世界に呼ばれた理穂。けれど、召喚された先ではとっくに聖女がいると言われた。だがそれは偽者らしく、聖女なら出来るはずの瘴気の浄化は不十分だった。見るに見かねて理穂は聖女の仕事を始めるが、偽聖女周りの人間には疑われて暴言まで吐かれる始末。こんな扱いされるくらいなら呼ばれない方が良かった……。でも元の世界に帰るためには仕事はしないといけない。最後には元の世界に戻ってやる!あんたらは本物の聖女を疑った人間として後世に語られるがいいわ!カクヨムにも投稿しています。

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

処理中です...