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9 旦那様とデート
しおりを挟む翌日、迎えに来て下さったセスト様とともに、私は王都の郊外にあるベルクール伯爵家別邸に向かった。
別邸に到着すると使用人達がそろって出迎えてくれた。そして、私たち夫婦がここで生活する為の準備も、すっかり整えられていた。
「ロザリー。今日からここは私たち二人の愛の巣だよ。コリンヌに邪魔はさせないからね。安心して」
「はい、セスト様。ありがとうございます」
嬉しい! 今日からここでセスト様と二人で暮らせるのね! ビバ! コリンヌのいない生活!
私とセスト様が別邸に移って3日後、セスト様のご両親が私たち夫婦を訪ねていらした。
私は、置き手紙一つで屋敷を飛び出したことを、改めてご両親にお詫びした。
「本来なら私の方から本邸へ伺って謝罪するべきですのに、重ね重ね申し訳ございません」
「いいんだよ、ロザリー。コリンヌが居るうちは無理して本邸に来ることはない。そもそも今回の件も全てコリンヌが悪いんだからね。ロザリーが謝罪する必要はないよ」
お義父様が優しくおっしゃる。
「そうよ。ロザリーは何も悪くないわ。コリンヌが酷いことをして本当にごめんなさいね」
私に謝って下さるお義母様。
「お義父様、お義母様。ご心配をおかけして本当に申し訳ありませんでした。これからは何があっても、まずセスト様にご相談します。勝手な振る舞いは二度といたしません」
そう、私の今回の行動は、妻としても嫁としても決して褒められたものではない。反省。
セスト様は、私の手にそっとご自分の手を重ねて、
「ロザリー、何があっても私は貴女の味方だ。私を信じて何でも話して欲しい。私は貴女の夫なのだから」
と、おっしゃった。
「はい、セスト様」
そうよね。セスト様は私の旦那様なのだもの。私が頼るべきは実家ではなく、セスト様だわ。
お義母様が私に向かっておっしゃる。
「ねぇ、ロザリー。半年後にコリンヌが嫁いで出て行ったら、また本邸で一緒に暮らしましょうね。ロザリーの為だと思って別居を承諾したけれど、貴女とお喋り出来なくなって寂しいのよ」
お義母様……感激ですわ。
「はい。半年後には必ずセスト様と一緒に本邸に戻ります。そうしたら、お義母様と毎日お喋りしたいですわ」
「ありがとう、ロザリー。嬉しいわ」
お義母様は心底嬉しそうにニコニコされる。
う~ん、お義父様もお義母様も本当にいい方なのよね~。どうしたら、このご両親の娘があんな風に育つのかしら? コリンヌ……実に残念な娘である。
別邸に移って初めての週末。セスト様に誘われて、二人で王都の街に出た。
「まず最初に行きたい店があるから付き合って」
セスト様は私にそうおっしゃった。
連れて行かれたのは、鼈甲細工の専門店だった。
「セスト様?」
もしかして……
「コリンヌが壊したロザリーの髪飾りは鼈甲細工だったと母上から聞いた。同じ物は売っていないかもしれないが、似た髪飾りがあるかもしれない」
セスト様はそう言うと、私の手を引いて店の中に入った。
うわぁ~。ブローチ・ペンダント・ブレスレット、もちろん髪飾りも……いろいろな鼈甲細工が所狭しと並んでいる。
「この店の職人は王都一の鼈甲細工職人なんだそうだ」
セスト様……私の為に調べて下さったのね。
「セスト様、申し訳ありません。お気を遣わせてしまって」
「ロザリー、謝るのは私だよ。本当にコリンヌがすまないことをした。髪飾り以外にも気に入った物があれば、全て買って良いからね。ゆっくり選ぶといい」
「はい、ありがとうございます」
あ、この髪飾り。壊された物によく似た薔薇のデザインだわ。思わず手に取る私。でも……あの髪飾りは、私の15歳の誕生日にマティアス様が贈ってくださったのよ? それに似た物をセスト様に買わせるの? いいの? そんなのおかしいわよね? 私はもう15歳の私ではない。今の私はセスト様の妻なのだ。
「セスト様、これとこれを買ってくださいませ」
私が選んだ2つの品物を見て、セスト様は怪訝な顔をされた。
「ロザリー、髪飾りはいいの?」
「はい。このループタイと、このペンダントにします。ループタイはセスト様にですわ」
「え? 私に?」
「このループタイとペンダント、どちらも同じスワンのデザインの鼈甲細工でしょう? お揃いですわ」
「ロザリーとお揃い……」
セスト様の耳が赤く染まる。
「私、セスト様とお揃いの物が欲しいのです。ね? この2つを買ってくださいませ」
少し甘えた声で言ってみる。
「うん、わかった」
セスト様はとても嬉しそうだ。二人でイチャイチャしながら会計をする私たちに、店員の顔が心なしか引き攣っていた。
鼈甲細工の専門店を出た私たちは、王都で話題のスイーツ店でケーキを食べ、その後別邸に飾る為の絵画を見て回った。セスト様と私は自然に手を繋いで歩いていた。ふふ、楽しい。私たちは婚約期間が3ヶ月ととても短かったので、こういうデートの経験が少ないのだ。新鮮だわ。
セスト様も同じことを思ったらしく、
「ロザリー。私たちは婚約してすぐに結婚したから、こうやって二人で出かけたことが少ないだろう? これからいっぱいデートしようね」
と言ってくださった。
「はい、セスト様。嬉しゅうございます」
優しいセスト様……この人と結婚して本当に良かった。お金の為と割り切って決めたはずの結婚なのに、こんなふうに幸せを感じるなんて、「縁」というのは不思議なものね。
夕暮れの「王都の見える丘公園」で、二人並んで眼下に広がる王都の街を眺めた。
「ロザリー、愛してるよ」
そう言って、私を抱き寄せるセスト様。
「私も愛していますわ」
私はセスト様の肩にもたれかかった。
思えば昔から憧れていたわ。殿方とのこういうシチュエーション。つい半年前までは、隣にマティアス様がいて下さることを夢見ていたけれど、今、私の肩を抱いているのはセスト様だ。私がこれからの人生を共に歩んでいくのはセスト様なのだわ。
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