7 / 12
7 大切な想い出
しおりを挟むその日、午後の一時を、私はお義母様と一緒に過ごしていた。庭のテーブルでお茶を飲みながら二人でお喋りしていると――
「ちょっと貴女! お母様に取り入って、この家を乗っ取る気? お金で買われた嫁のくせに生意気なのよ!」
出たな! コリンヌ! もうウンザリである。
お義母様が、顔をしかめておっしゃる。
「コリンヌ! いい加減にしなさい! ロザリーは我がベルクール伯爵家の跡取りの嫁なのよ。ロザリーを貶めることは、ベルクール家を貶めることと同じだと分かっているの? 貴女はもうすぐこの家を出て行く身でしょう? 立場を弁えなさい。これからのベルクール伯爵家を担っていくのはセストとロザリーなの。貴女ではないわ」
「お母様! 酷い! 私はこの女を認めないわ! この女がお父様やお母様に余計なことを吹き込んで、私を追い出すように仕向けたのでしょう? 全てこの女の企みなのだわ!」
何、言ってんだ、コイツ! 自分の悪行を振り返ってみやがれ! 私は何も言わずに、コリンヌへ嘲りの視線を向けた。彼女の顔が怒りに染まる。コリンヌは、いきなり手を伸ばし、私が着けている髪飾りを乱暴に奪い取ると地面に叩きつけ、そのまま足で踏みつけた。鼈甲の髪飾りは割れてしまった。それは一瞬の出来事だった。
「な、なんてことを……」
その髪飾りは、私の15歳の誕生日にマティアス様が贈ってくださった物だった。私は地面にしゃがみ込み、震える手で割れた髪飾りを拾った。マティアス様からのプレゼントなのに……私の大切な想い出の……。堪えようとするのに涙が溢れ出す。ボロボロと涙を流し始めた私を見て、コリンヌはバカにしたように言う。
「ふん! そんな安っぽい髪飾りを壊されたくらいで泣くなんて、どれだけ貧しい家の出なのかしら? やっぱり貴女なんか、お兄様に相応しくないのよ!」
うるさい! うるさい! うるさい!
私の大事な髪飾り。2年前の15歳の誕生日、マティアス様は、
「ロザリー、誕生日おめでとう。もう成人だね。立派なレディーだ」
と言って、手づから私の髪に、この鼈甲の髪飾りを着けてくださったのだ。嬉しくて嬉しくて舞い上がった、あの日の私。コリンヌに叩きつけられ、踏みつけられ、壊されてしまった、私の大切な想い出の髪飾り。涙が止まらない。庭にしゃがみ込んで泣いている私を見下ろして、コリンヌは勝ち誇ったように笑うと、その場を去って行った。
「コリンヌ! 待ちなさい! ロザリーに謝りなさい!」
お義母様は憤怒の形相でコリンヌの後を追って行かれた。
私は、割れた髪飾りをハンカチに包むと自室に戻った。
自室で一人、無残に割られた髪飾りを見ながら泣いていた。どれくらい、そうしていたのだろう? 扉をノックする音がして、我に返った。私は部屋の内側からカギを掛けていた。
「ロザリー、私だ。開けてくれ」
セスト様だ。
「嫌です」
「ロザリー、母上から話は聞いた。すまない。またコリンヌが貴女を傷つけて……本当にすまない。ロザリー、話がしたいんだ。開けてくれ」
「嫌です」
「ロザリー?」
「一人にしてください」
「ロザリー、お願いだ。ちゃんと話をしよう」
「『一人にして』って、言ってるでしょう!!」
私は、ほとんど叫ぶように言った。
「ロザリー……」
その日、私は誰も部屋に入れず、夕食も取らなかった。セスト様もお義母様も何度も呼びかけてくださったけれど、誰とも話す気になれなかった。その夜は夫婦の寝室には行かず、自室のソファーで眠った。
そして翌朝、日の出とともに私はこっそり屋敷を抜け出して、辻馬車を拾って実家に戻った。自室に〈 しばらく実家で過ごします 〉と書き置きを残して。
泣き腫らした顔で突然、早朝に戻って来た私を見て、実家の両親は大層驚いたが受け入れてくれた。お兄様も起きてきて私の酷い顔を見ると、険しい表情で、
「あの妹が原因か?」
と尋ねた。
「はい……」
私は短く答えて唇を噛んだ。お母様が私の肩を抱く。
「とにかく、少し休みなさい」
お母様に促されて、湯浴みをして朝食を食べ、嫁ぐ前そのままにしてある私の部屋の寝台で横になった。昨夜、ソファーで寝たせいで身体が痛い。ウトウトしていると、ノックが聞こえ、お母様の声がした。
「ロザリー、起きてる?」
「はい、お母様」
扉が開き、お母様が困ったような表情で部屋に入っていらした。
「ロザリー。セスト様がみえたの」
「えっ?」
思ったよりも随分と早い登場ですわね、セスト様。
「どうしても貴女と話がしたいと、おっしゃってるわ」
「お母様。私、こんな酷い顔でセスト様にお会いしたくありません。今日は帰っていただいて下さい。いずれ落ち着いたら必ず話し合いに応じます、とお伝えくださいませ」
「……わかったわ。そうね。確かにそんな状態で無理して会うことはないわね」
109
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説

リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

王女と騎士の殉愛
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
小国の王女イザベルは、騎士団長リュシアンに求められ、密かに寝所を共にする関係にあった。夜に人目を忍んで会いにくる彼は、イザベルが許さなければ決して触れようとはしない。キスは絶対にしようとしない。そして、自分が部屋にいた痕跡を完璧に消して去っていく。そんな彼の本当の想いをイザベルが知った時、大国の王との政略結婚の話が持ち込まれた。断るという選択肢は、イザベルにはなかった。
※タグに注意。全9話です。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる