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8 同好の士、現る

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「サイラス様。はい、あ~ん」
 甘ったるい声を出すヴィクトリア。
「あ~ん」
 嬉しそうに応えるサイラスの口の中にピーマンを突っ込む。
「(モグモグ)美味しいよ。ヴィー」
「うふふふふ。もっと召し上がれ。ほれ、あ~ん」
「あ~ん」
 ピーマンばかりを突っ込まれるサイラス……

 ここは王立貴族学園の学園食堂である。
 ヴィクトリアは、最近、ほぼ毎日、サイラスと一緒にここで昼食を取っている。
 サイラスがどんなに鼻につくイケメンであっても、ヴィクトリアが彼と結婚する事は既に決定事項なのだ。公爵家と結んだ婚約を「タイプじゃない」からと反故に出来る訳はないのである。
 サイラスを婿に迎え、バルサン伯爵家を盛り立てて行く事は、ヴィクトリアの貴族としての務めである。ならば腹を括るしかない。いずれ夫となるサイラスに歩み寄り、まずは表面上だけでも仲良くしてみよう、とヴィクトリアは決意した。
 
 婚約後2ヶ月間も自分に塩対応だったヴィクトリアの態度が急に軟化し、サイラスは当初面食らった様子だった。が、適応力の高い彼は直ぐにヴィクトリアに合わせて、仲睦まじい婚約者どうしを【演じて】くれるようになった。
 そう。ヴィクトリアも演じているが、サイラスも演じている。彼は、ヴィクトリアの態度が軟化した理由を、ついに彼女が格好良い自分に惚れたからだ、などど勘違いする阿呆ではない。ヴィクトリアが本当は自分を好いていない事など充分分かった上で、ヴィクトリアの相手役として演じてくれているのだ。14歳にしてはなかなか大人である。頭空っぽ系自惚れイケメンとは違う。
 話をしていても、サイラスの頭の良さや洞察力の鋭さ、問題解決能力の高さに驚くことが多い。やはり彼を婿に迎えることは、バルサン伯爵家にとっては正解なのだと思う。悔しいが父の判断は間違っていない。
 家の益になるのなら、生涯を通じて演じ切ればいい、とヴィクトリアは割り切ることにした。
 ⦅そう、人生は舞台。私は女優。しかも主演女優よ! おーほっほっほ!⦆

「急に笑い出して、どうしたの? ヴィー」
 あれ? 声に出てた?
「いえ、ちょっとした思い出し笑いですわ」
「思い出し笑いで高笑いする人を初めて見たよ」
「サイラス様の初めてになれて光栄ですわ」
 わざと意味ありげに微笑むヴィクトリア。
 だが、そんな事でドギマギするサイラスではない。
 彼は、自分が1番色っぽく見える角度に口角を上げて微笑み、こう言った。
「私をこれ以上翻弄しないでくれ、美しいヴィー。私のお姫様」
 はいっ! 頂きました! 「お姫様」!

 ここは学園食堂なので、当然ながら周囲にはたくさんの生徒がいる。彼ら彼女らは、イチャイチャするヴィクトリアとサイラスを生温かい目で見守っていた。
 が、突然、空気を読まない女子生徒が二人のテーブルに乱入してきたのだ。
 彼女はヴィクトリアを睨み付け、こう叫んだ。
「ヴィクトリア様! サイラス様を解放してください!」
 恋愛小説フリークのヴィクトリアにとっては馴染みのある台詞だが、実際に現実世界で耳にするのは初めてである。きっと、この女子生徒も恋愛小説が好きなのだろう。

「貴女、私と話が合いそうね。お友達になりましょう」
「は? な、何、言ってるの?」

 その女子生徒は、ブラウンの髪に緑色の瞳というこの国ではありふれた色の持ち主だったが、庇護欲をそそる可愛らしい顔立ちをしていた。制服の胸元に付いている学年章は青。という事は同じ2年生のはずだが、何故かヴィクトリアは彼女に見覚えが無い。もしかして、転入生? そう言えば隣のクラスに可愛い女子が転入してきたと、男子達が噂していたっけ。あー、なるほどね。
 ヴィクトリアは全てを理解した。可愛らしい容姿の彼女は自らが【転入生】となったことで、きっと恋愛小説のヒロインになってしまったのだ。気持ちの上で。分かる、分かる。そういう風に小説の世界に入り込んじゃうこと、あるよね~。本気で【ドアマットヒロイン】を目指していたヴィクトリアには、よく分かる。

「うふふ。『○○様を解放してください』って、それ、悪役令嬢モノに登場するピンク髪ヒロインの台詞でしょう? この後の展開はどういうパターンが好み? 貴女の好みに合わせてあげるわ。ねぇねぇ、どうする? どうしたい?」
 嬉しそうに尋ねるヴィクトリア。
「?!?!?!」
 目を白黒させる乱入女子。
 何をそんなに驚いているのだろうか?
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