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8 王家の仕打ち
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1ヶ月ほど王立病院に入院していたアンヌだが、ようやく医師から退院の許可が下り、侯爵邸に戻って来ることが出来た。
背中の傷は塞がり痛みも殆ど無くなってはいるが、身体の向きを変えた時などにまだズキリと痛むことがある。医師からの提言もあり、アンヌは更に2ヶ月ほど学園を休学して屋敷で養生に専念することとなった。
学園の友人や幼馴染のジスラン、そして何故か既に学園を卒業している馬面の(元)生徒会副会長までもがしょっちゅう訪れてくれるので、自宅療養は思ったほど退屈でも寂しくもなかった。
王太子も忙しいだろうに度々アンヌに会いに来てくれる。
だが、アンヌが自宅療養を始めて1ヶ月、事件からは2ヶ月が経った頃、突如父が王宮に呼び出されたのだ。王宮に向かう父は、どういう用件で呼ばれたのか心当たりがある様子であった。
そして王宮から帰宅した父は、家族を居間に集め、実に言いにくそうに話し始めたのである。
「陛下から、アンヌを王太子殿下の【婚約者候補】から外す旨のお話があった」
苦悶の表情でそう告げた父に、兄が詰め寄る。
「何故ですか!?」
「……身体に傷痕のある女性が婚姻において忌避されることはお前も知っているだろう?」
「そんな!?」
悲鳴を上げたのは母だ。そして母はそのまま泣き崩れてしまった。
兄は憤怒の形相で父に喰ってかかる。
「アンヌの傷は王太子殿下をお護りしたが故に負った傷ではありませんか! 命懸けで殿下を助けたアンヌに何という仕打ちを!!」
「……ワシとてそう思う。だが、陛下は、傷のある令嬢を王家に迎え入れる事は出来ぬと仰せなのだ」
「何という非道な……くそっ」
兄は拳で居間の壁を力一杯殴り付けた。
この間、当のアンヌはただ呆然としていた。
あまりの衝撃に感情が追い付かない。
⦅……【婚約者候補】から外される? 何それ? どういうこと?⦆
頭が回らない。
何も考えられない。
「……ワタシ、ヘヤニモドリマスネ」
家族にそう一言告げ、アンヌはフラフラしながら自室に戻ろうとした。余程危なっかしい足取りだったのだろう。いつの間にか侍女が傍らに来てアンヌの身体を支えてくれていた。
その夜アンヌはまんじりともせず、朝を迎えた。
⦅全部あの女の所為だ……⦆
そう思ったが、オレリアにだけでなく、王太子に対しても沸々と怒りが沸き上がってきた。
アンヌは王太子に恋をしているわけではない。
けれど――
彼を信頼していたのだ。
大事な公務を取りやめて、意識を取り戻したアンヌのもとに駆け付けてくれた彼。
その後も忙しいだろうに度々アンヌに会いに来てくれた彼。
いつも公正で公平で、決してオレリアを贔屓しなかった彼。
アンヌの16歳の誕生日に贈られたサファイアのペンダントが彼の瞳の色だという事にも、もちろん気付いていた。
それなのに、こんな形で裏切られるなんて、あんまりだ。
翌々日、王太子がボージェ侯爵邸にやって来た。
アンヌと話がしたいとのことだった。
客間に入り、王太子と顔を合わせた途端、アンヌは冷たく言い放った。
「これはこれは王太子殿下。婚約者候補を外された女に、今更何の御用でしょうか?」
無論、客間には王太子だけがいる訳ではない。彼の従者や護衛、そしてボージェ家側の使用人も複数控えている。彼ら彼女ら全員が、アンヌの台詞に息を呑んだのが分かった。
「アンヌ……」
これまでとは打って変わったアンヌのあまりに慇懃無礼な物言いに驚いた様子の王太子。
⦅何を驚いてるの? まさかこの期に及んで歓迎されるとでも思ってたわけ? バカかよ!⦆
「御用が無ければお帰り下さい」
「い、いや。アンヌ。君ときちんと話したくて来たんだ」
「……」
無言で王太子を睨み付けるアンヌ。
「アンヌ。すまない……父上に考え直して欲しいと必死に訴えたのだが、どうしても傷痕の残る女性を王家に入れることは出来ないと言われて――」
「言い訳ですか。必死に訴えた? はっ。笑わせないで下さい。事件からまだほんの2ヶ月しか経ってないんですよ? たったの2ヶ月で何をどれだけ訴えたと言うのです? 最初から陛下に抗う気など無いんですよ、殿下は。なのに自分の意思とは違うみたいな言い方は卑怯ですわ!」
「うっ……すまない」
「謝って済むなら騎士団は要りません!」
「アンヌ……」
「私が候補を外されるという事は、つまりもう一人の【婚約者候補】であるあの方が正式な婚約者になるのですよね?」
「ああ……おそらく」
「私はこの身を挺して殿下をお護りしました。あの方はあの時、何もしなかった。なのにどうして私ではなく、あの方が婚約者に選ばれるのです? あまりにも理不尽ではありませんか?」
「アンヌ。許してくれ。仕方の無いことなんだ」
仕方が無い?
何という無責任な言い草だろう。
「殿下を庇って怪我をした私を傷物呼ばわりして切り捨て、一歩も動かずボサッと突っ立っていたあの女が婚約者になることが『仕方の無い』ことなんですか?!」
「『切り捨て』るだなんて! 違う! そんなつもりでは無いんだ!」
「じゃあ、どんなつもりなんですか? もしも私が男だったら、背中の傷は【名誉の負傷】だと褒め称えられ、間違いなく昇進もしたはずですよね? なのに女の私が傷を負ったら、傷物に用は無いとばかりにゴミのように捨てるって事でしょう? そういう事ですよね!? 違いますか? 違うんですか? 何処がどう違うのか言ってみてくださいよ! 言えるものなら言ってみろ! ほら、言ってみろよ! この卑怯者!」
アンヌは鬱憤をぶつけるように捲し立てた。もはや王族に対する言葉遣いではなくなってきたが、そんな事はどうでもいい。
あまりに不敬な発言に王太子の従者がアンヌに物申すつもりか前に出ようとしたが、王太子はそれを手で制した。
「アンヌ。本当にすまない。許してくれ」
「許せる訳ないでしょう? 殿下は私に罰を与えたんですよ? 殿下の命を助けた私に罰を与えたんです」
「罰など与えていない!」
王太子が悲痛な声を上げる。
「いいえ【婚約者候補】から外すという罰を与えました。殿下を庇ったが故に大怪我をした私に、その傷を理由にして罰を与えたんです。頭、オカシイんじゃないですか? オマケに殿下は私の大嫌いなあの女と婚約するんですよね? 死に物狂いで王太子妃を目指してきた私にとって、これ以上ないくらいの罰です。だいたい、あの事件の元凶はあの女じゃないですか! あの女の信者が暴走して事件を起こしたんですよね? なのにどうして私がこんな理不尽な目に遭わなきゃならないんです? どうして諸悪の根源であるあの女が、のうのうと殿下の婚約者の座に納まるんですか?! 私は絶対に認めません! そして許さない! 殿下のこともあの女のことも絶対に許さない! この人でなし! 人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし!! 禿げろ!! もげろ!! アンタなんか、庇うんじゃなかった!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! やめてくれー!!」
王太子は耳を塞ぎ、客間を飛び出して行った。
王太子の従者や護衛達も慌てて彼を追いかけて行った。
客間に残ったのは、アンヌとボージェ家の使用人達だけである。
「ふんっ! あれしきの口撃で逃げ出すなんて、王族のくせにメンタル弱弱かよ! あ~、言いたい事をぶちまけたらスッキリしたわ~。ねぇ、お腹空いちゃったから、何か用意してくれる?」
そう言ってアンヌが笑顔を見せると、使用人達から一斉に拍手が沸き起こった。
「お嬢様! 素晴らしいキレっぷりでした!」
「いや~、胸がすく思いがしました!」
「あれくらい言ってやらないと分からないんですよ!」
「そうそう。王族は傲慢だから!」
「惚れ惚れする啖呵でしたよ! お嬢様!」
「さすがですよ! お嬢様!」
「最高です! お嬢様!」
口々にアンヌを讃える使用人達。
「そう? えへへ。照れるな~♡」
立ち直りが早い――これこそがアンヌの長所であった。
背中の傷は塞がり痛みも殆ど無くなってはいるが、身体の向きを変えた時などにまだズキリと痛むことがある。医師からの提言もあり、アンヌは更に2ヶ月ほど学園を休学して屋敷で養生に専念することとなった。
学園の友人や幼馴染のジスラン、そして何故か既に学園を卒業している馬面の(元)生徒会副会長までもがしょっちゅう訪れてくれるので、自宅療養は思ったほど退屈でも寂しくもなかった。
王太子も忙しいだろうに度々アンヌに会いに来てくれる。
だが、アンヌが自宅療養を始めて1ヶ月、事件からは2ヶ月が経った頃、突如父が王宮に呼び出されたのだ。王宮に向かう父は、どういう用件で呼ばれたのか心当たりがある様子であった。
そして王宮から帰宅した父は、家族を居間に集め、実に言いにくそうに話し始めたのである。
「陛下から、アンヌを王太子殿下の【婚約者候補】から外す旨のお話があった」
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「何故ですか!?」
「……身体に傷痕のある女性が婚姻において忌避されることはお前も知っているだろう?」
「そんな!?」
悲鳴を上げたのは母だ。そして母はそのまま泣き崩れてしまった。
兄は憤怒の形相で父に喰ってかかる。
「アンヌの傷は王太子殿下をお護りしたが故に負った傷ではありませんか! 命懸けで殿下を助けたアンヌに何という仕打ちを!!」
「……ワシとてそう思う。だが、陛下は、傷のある令嬢を王家に迎え入れる事は出来ぬと仰せなのだ」
「何という非道な……くそっ」
兄は拳で居間の壁を力一杯殴り付けた。
この間、当のアンヌはただ呆然としていた。
あまりの衝撃に感情が追い付かない。
⦅……【婚約者候補】から外される? 何それ? どういうこと?⦆
頭が回らない。
何も考えられない。
「……ワタシ、ヘヤニモドリマスネ」
家族にそう一言告げ、アンヌはフラフラしながら自室に戻ろうとした。余程危なっかしい足取りだったのだろう。いつの間にか侍女が傍らに来てアンヌの身体を支えてくれていた。
その夜アンヌはまんじりともせず、朝を迎えた。
⦅全部あの女の所為だ……⦆
そう思ったが、オレリアにだけでなく、王太子に対しても沸々と怒りが沸き上がってきた。
アンヌは王太子に恋をしているわけではない。
けれど――
彼を信頼していたのだ。
大事な公務を取りやめて、意識を取り戻したアンヌのもとに駆け付けてくれた彼。
その後も忙しいだろうに度々アンヌに会いに来てくれた彼。
いつも公正で公平で、決してオレリアを贔屓しなかった彼。
アンヌの16歳の誕生日に贈られたサファイアのペンダントが彼の瞳の色だという事にも、もちろん気付いていた。
それなのに、こんな形で裏切られるなんて、あんまりだ。
翌々日、王太子がボージェ侯爵邸にやって来た。
アンヌと話がしたいとのことだった。
客間に入り、王太子と顔を合わせた途端、アンヌは冷たく言い放った。
「これはこれは王太子殿下。婚約者候補を外された女に、今更何の御用でしょうか?」
無論、客間には王太子だけがいる訳ではない。彼の従者や護衛、そしてボージェ家側の使用人も複数控えている。彼ら彼女ら全員が、アンヌの台詞に息を呑んだのが分かった。
「アンヌ……」
これまでとは打って変わったアンヌのあまりに慇懃無礼な物言いに驚いた様子の王太子。
⦅何を驚いてるの? まさかこの期に及んで歓迎されるとでも思ってたわけ? バカかよ!⦆
「御用が無ければお帰り下さい」
「い、いや。アンヌ。君ときちんと話したくて来たんだ」
「……」
無言で王太子を睨み付けるアンヌ。
「アンヌ。すまない……父上に考え直して欲しいと必死に訴えたのだが、どうしても傷痕の残る女性を王家に入れることは出来ないと言われて――」
「言い訳ですか。必死に訴えた? はっ。笑わせないで下さい。事件からまだほんの2ヶ月しか経ってないんですよ? たったの2ヶ月で何をどれだけ訴えたと言うのです? 最初から陛下に抗う気など無いんですよ、殿下は。なのに自分の意思とは違うみたいな言い方は卑怯ですわ!」
「うっ……すまない」
「謝って済むなら騎士団は要りません!」
「アンヌ……」
「私が候補を外されるという事は、つまりもう一人の【婚約者候補】であるあの方が正式な婚約者になるのですよね?」
「ああ……おそらく」
「私はこの身を挺して殿下をお護りしました。あの方はあの時、何もしなかった。なのにどうして私ではなく、あの方が婚約者に選ばれるのです? あまりにも理不尽ではありませんか?」
「アンヌ。許してくれ。仕方の無いことなんだ」
仕方が無い?
何という無責任な言い草だろう。
「殿下を庇って怪我をした私を傷物呼ばわりして切り捨て、一歩も動かずボサッと突っ立っていたあの女が婚約者になることが『仕方の無い』ことなんですか?!」
「『切り捨て』るだなんて! 違う! そんなつもりでは無いんだ!」
「じゃあ、どんなつもりなんですか? もしも私が男だったら、背中の傷は【名誉の負傷】だと褒め称えられ、間違いなく昇進もしたはずですよね? なのに女の私が傷を負ったら、傷物に用は無いとばかりにゴミのように捨てるって事でしょう? そういう事ですよね!? 違いますか? 違うんですか? 何処がどう違うのか言ってみてくださいよ! 言えるものなら言ってみろ! ほら、言ってみろよ! この卑怯者!」
アンヌは鬱憤をぶつけるように捲し立てた。もはや王族に対する言葉遣いではなくなってきたが、そんな事はどうでもいい。
あまりに不敬な発言に王太子の従者がアンヌに物申すつもりか前に出ようとしたが、王太子はそれを手で制した。
「アンヌ。本当にすまない。許してくれ」
「許せる訳ないでしょう? 殿下は私に罰を与えたんですよ? 殿下の命を助けた私に罰を与えたんです」
「罰など与えていない!」
王太子が悲痛な声を上げる。
「いいえ【婚約者候補】から外すという罰を与えました。殿下を庇ったが故に大怪我をした私に、その傷を理由にして罰を与えたんです。頭、オカシイんじゃないですか? オマケに殿下は私の大嫌いなあの女と婚約するんですよね? 死に物狂いで王太子妃を目指してきた私にとって、これ以上ないくらいの罰です。だいたい、あの事件の元凶はあの女じゃないですか! あの女の信者が暴走して事件を起こしたんですよね? なのにどうして私がこんな理不尽な目に遭わなきゃならないんです? どうして諸悪の根源であるあの女が、のうのうと殿下の婚約者の座に納まるんですか?! 私は絶対に認めません! そして許さない! 殿下のこともあの女のことも絶対に許さない! この人でなし! 人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなし人でなしこの人でなし人でなし人でなし人でなし!! 禿げろ!! もげろ!! アンタなんか、庇うんじゃなかった!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! やめてくれー!!」
王太子は耳を塞ぎ、客間を飛び出して行った。
王太子の従者や護衛達も慌てて彼を追いかけて行った。
客間に残ったのは、アンヌとボージェ家の使用人達だけである。
「ふんっ! あれしきの口撃で逃げ出すなんて、王族のくせにメンタル弱弱かよ! あ~、言いたい事をぶちまけたらスッキリしたわ~。ねぇ、お腹空いちゃったから、何か用意してくれる?」
そう言ってアンヌが笑顔を見せると、使用人達から一斉に拍手が沸き起こった。
「お嬢様! 素晴らしいキレっぷりでした!」
「いや~、胸がすく思いがしました!」
「あれくらい言ってやらないと分からないんですよ!」
「そうそう。王族は傲慢だから!」
「惚れ惚れする啖呵でしたよ! お嬢様!」
「さすがですよ! お嬢様!」
「最高です! お嬢様!」
口々にアンヌを讃える使用人達。
「そう? えへへ。照れるな~♡」
立ち直りが早い――これこそがアンヌの長所であった。
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