大嫌いな令嬢

緑谷めい

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7 事件発生

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 王太子が襲われた。
 彼の警護をしているはずの近衛騎士が、突然剣を抜き、王太子に切りかかってきたのだ。 
 結果としては王太子は無事だった。だが、咄嗟に王太子を庇ったアンヌが背中に大怪我を負ってしまったのである。



 その日、王太子は視察の為、王都で1番規模の大きい王立病院を訪れていた。王妃教育の一環として【婚約者候補】のアンヌとオレリアも王太子に随行していた。アンヌはオレリアとともに王太子の一歩後ろを歩いていたが、多くの近衛騎士達に囲まれ、警護は万全の態勢だったはずだ。
 だが、視察を終えた王太子一行が病院の玄関を出たその瞬間。王太子の1番近くにいた近衛騎士が、いきなり剣を抜き、王太子に切りかかってきたのである。
 王太子のすぐ後ろにいたアンヌは、ほとんど反射的に王太子に抱き着いた。その瞬間、背中に経験したことの無い鋭い痛みを感じ、アンヌはそのまま意識を失った――
 
 アンヌの意識が戻ったのは2日後のことだ。
「あれ? ここは……?」
 見慣れぬ部屋の中をぼんやりと見渡すと、ボージェ侯爵家の侍女がいた。
「お嬢様?! 気が付かれましたか?!」
 幼い頃からアンヌの世話をしてくれているその侍女は、泣きながらアンヌに縋り付いてきた。
「うん。泣かないで。私は大丈夫よ」
「大丈夫ではありません! 大変なお怪我をなさったのですよ!」
「あちゃ~……やっぱり? 背中がすっごい痛いんだよね」
「お嬢様ぁ~っっ!! 何て御労おいたわしい!!」
 侍女の悲鳴が聞こえたらしく、両親と兄が慌てて部屋に入って来た。白衣を着た医師と看護婦もいる。
「「アンヌ~っっ!!「アンヌちゃんっ!」」」
 寝台に横たわるアンヌに駆け寄ってくる両親と兄は、見たことも無い程やつれていた。
 途轍もない心配をかけてしまったのだと、アンヌは心臓がギュッとなった。
 
 医師の診察を受け、水分と軽い食事を取り、ようやく一息ついたアンヌ。
 医師と看護婦は退出し、家族とアンヌ付きの侍女だけが部屋に残った。
 アンヌが2日間眠っていたその部屋は王立病院のVIPルームだそうだ。 
 何せ病院の玄関口で事件が起きたのだ。アンヌはそのまま視察に来たはずの王立病院に運び込まれ治療を受けたのだという。王都で1番の規模を誇るこの病院には腕利きの医師が何人も在籍している。迅速に彼らの治療を受けられたことは不幸中の幸いだった――と話す父の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「アンヌ。お前が身を挺してお護りした故に王太子殿下は御無事だ。女性の身でありながら、あのような場面で自らの危険を顧みずに行動するとは、アンヌほどの忠臣はおらぬ、感謝に堪えぬと、王太子殿下はもちろん陛下も王妃様も褒めて下さり、怪我をしたお前の事を大層心配されているよ」
 
 アンヌは意識して王太子を助けた訳ではなかった。
 近衛騎士が剣を抜くのを目撃した瞬間、身体が勝手に動いたのだ。決して「王太子殿下をお護りせねば!」と思って行動したわけではない。実を言うと王家に大した忠誠心を持っていないアンヌは「忠臣」という単語にビビった。
「え……と。まぁ、ほら。私は王太子殿下の【婚約者候補】な訳だから、殿下をお護りするのは当然というか、ね……ゴニョゴニョ」
 アンヌの台詞に母がキレる。
「アンヌちゃん! 婚約者候補は婚約者候補であって殿下の護衛ではないのよ! どうしてあんな危ないマネをしたの? 女性の貴女がすべき事ではなかったはずよ!」
 涙を流しながら叫ぶ母の姿に、何も言えないアンヌ。
 母は真にアンヌのことを愛してくれているから怒っているのだ。

 実際、どうして身体を張ってまで王太子を庇ったのか、アンヌ自身も分からない。本当に反射的に動いてしまったのである。頭では何も考えていなかった。
 兄が母を宥める。
「母上。落ち着いてください。私達の可愛いアンヌが、ようやく意識を取り戻してくれたのですよ」
 母はハッとした表情になった。
「ええ……そうね。目覚めたばかりなのに、取り乱してしまってごめんね。アンヌちゃん」
「いえ。心配かけて本当にごめんなさい。お母様」
 しょんぼりするアンヌ。
 兄が優しく頭を撫でてくれる。
「父上も母上も、そして私も、本当に心配したんだ。けれど命に別条が無くて良かった。きちんと養生して、早く怪我を治そうな。アンヌ」
 そう言う兄の目は真っ赤だった。
「お兄様……ありがとう」
 アンヌは家族の有難さを噛み締めた。

 
 翌日、王太子が見舞いに来てくれた。アンヌが目を覚ましたと聞き、決まっていた大事な公務を取りやめて駆け付けてくれたらしい。
「まぁ、殿下。ありがとうございます。こんな格好で申し訳ありません」
 背中の痛みでまだ起き上がれないアンヌは、寝台に横たわったままである。
「アンヌ、すまなかった。私の所為で君を酷い目に遭わせてしまって……本当にすまなかった」
 王太子は目に涙を浮かべ、アンヌの手を握った。
「殿下の所為ではありません。あのトチ狂った近衛騎士の所為ですわ(アイツ、まじ許さん!)」
「君は私を庇って怪我をした。それに、私があの騎士の異常性に早く気が付いていれば防げたはずなんだ」
「はぁ」
「事件の後、騎士団で犯人の尋問が行われた。私も立ち会ったのだが……ヤツはオレリア嬢の隠れ信者だった」
「あの方の、隠れ信者?」
「ああ。表面上は隠していたが、相当オレリア嬢に傾倒していたようだ。彼女を崇拝するあまり、なかなかオレリア嬢を正式な婚約者として発表しない私に恨みを募らせたらしい」
 そう言って、王太子は顔を顰めた。
 アンヌは犯人の動機に仰天した。そして思った。
⦅やっぱり、全部あの女の所為じゃない!!⦆
 
 アンヌがあんな恐ろしい思いをしたのも、この背中の痛みも、家族に途轍もない心配をかけてしまったのも、全部全部オレリアの所為だったのだ。
 どこまでアンヌの邪魔をすれば気が済むのか。
 悔しくて悔しくて悔しくて苦しくなる。
⦅あの女さえいなければ、私の人生はもっとイージーモードだったはずなのに――⦆ 



 だが、この2ヶ月後。
 更なる不幸がアンヌに訪れたのだ。


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