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3 生徒会の書記になったよ
しおりを挟むある日突然、オレリアとともに学園生徒会の書記に指名されたアンヌ。どうやら、生徒会長を務めている王太子が自分の婚約者候補である二人と交流を深める事が目的らしい。
「交流ねぇ~? そう言えば、王太子殿下とは一度ご挨拶したっきりだったわ」
王太子妃になると意気込んでいる割に王太子本人には何の興味も無さそうなアンヌの態度に、家族も友人も呆れ気味だ。
ついに幼馴染のジスランにまで言われた。
「お前……殿下には興味ないの? 『王太子妃になる!』って息巻いてるくせに?!」
「え……。だって、ろくに話したことも無い人に興味ある訳ないじゃん?」
「お前って……」
「え? 何、何? 何かマズい?」
「いや。ある意味安心した」
「へ?」
「お前、ただオレリア様に負けたくないだけなんだな。よく分かったよ」
「鼻につくのよ! あの女!」
「はいはい」
呆れたように首を竦めるジスランに苛立つアンヌ。
「何よ、その態度! ジスランのくせに生意気よ!」
ほぼ毎日、放課後は生徒会室に行き、書記の仕事をするようになったアンヌとオレリア。
王立貴族学園は5年制で、生徒会役員はそのほとんどが4年生(16歳)と3年生(15歳)の男子生徒で構成されている。その中に突然放り込まれた2年生(14歳)の二人の令嬢――3年生ながら生徒会長を務める王太子が、婚約者候補である彼女たちと交流を深めることを目的として書記に指名したことは周知の事実だ。
ただ、王太子は愛想のないイケメンだった。自分の婚約者候補であるアンヌとオレリアに対して、驚くほど事務的に接し、容赦なくバンバン仕事を振ってくるのだ。
⦅ただのスカしたイケメンかと思ったら、情け容赦ないタイプかよ。どうせ『仕事の出来る俺様カッコイイ! この俺様の婚約者になりたかったら書記の仕事くらいサクサクこなせよな』とか思ってるんだろうな~。はっ。いけ好かねぇ~⦆
だが、王太子がどんなにいけ好かないイケメンでも、アンヌの「王太子妃になる!」という決意は1ミリも揺らがない。なぜならオレリアに負けたくないから。大嫌いなオレリアに絶対に負けたくないのだ。アンヌの思考は単純だった。だが、単純な思いというのは、ある意味強い。アンヌは生徒会の仕事にがむしゃらに取り組んだ。
王太子は無慈悲だが公平な人物らしい。書記に与えられた仕事は膨大ではあったが、アンヌとオレリアの二人は、ほぼ同じ量の仕事を割り振られていた。どちらかに仕事量が偏ることは決して無かった。
だが、悲しい事にアンヌとオレリアには能力の差があり過ぎた。
オレリアが涼しい顔をしてさっさと仕事を片付け「それでは失礼いたします」と帰宅した後、アンヌは1時間以上居残りをして、ようやくオレリアと同量の仕事を終わらせる日々が続いた。
⦅我ながら情けないわ……⦆
アンヌ以外の役員7人全員が帰宅した後、生徒会室に残り、たった一人で仕事をしていると、涙が出てくる。悲しいのではない。寂しいのでもない。悔しいのだ。己の能力不足が恨めしいアンヌ。
「私がもっともっと優秀なら、あの女に一泡吹かせてやれるのに!」
何をどう一泡吹かせるというのかアンヌ自身もよく分からないが、とにかくオレリアが憎い。
⦅悔しい、悔しい、悔しい……⦆
その日も、いつものように一人居残り、泣きながら書類に噛り付いていると、不意に生徒会室の扉が開いた。
「うわっ!?」
叫び声を上げたのは、生徒会副会長の公爵家令息だった。
「ア、アンヌ嬢。まだいたのか? いや、誰もいないと思って扉を開けたからビックリしてしまって。失礼した」
アンヌは馬面のこの先輩(副会長は4年生)の事をけっこう信用している。生徒会役員の中でオレリアを贔屓しないのは、生徒会長の王太子とこの副会長の二人だけなのだ。あとの男ども4人は皆、オレリアに靡いている。
「まだ、仕事が終わらないんですよ。先輩は忘れ物ですか? 人参でも忘れました?」
馬面の副会長をおちょくるアンヌ。
だが彼はアンヌが涙を流している事に気が付いた。
「アンヌ嬢。泣きながら人をおちょくるのは止めたまえ。どう反応していいか分からんぞ」
「あ……」
慌ててゴシゴシと顔を擦るアンヌ。
「ダメだよ。そんな風に制服の袖で乱暴に擦っちゃ」
そう言うと副会長はポケットから自分のハンカチを取り出し、アンヌの涙を拭ってくれた。
「(涙の痕が付いているから)少し擦るよ。痛むだろうけど我慢して」
「あ、先輩。ダメ。痛い……」
その時、バンっと大きな音を立て、乱暴に扉が開かれた。
「貴様! 何をしている!?」
大声を上げて生徒会室に飛び込んで来たのは、王太子だった。
「へ?」
きょとんとするアンヌ。
「殿下。そんなに慌ててどうなさったのですか?」
何故かニヤニヤしながら王太子に問い掛ける副会長。
「え? あ、いや……あ、アンヌ。泣いているのか? やっぱりこいつに何かされたのか?!」
王太子の顔が怖い。イケメンが睨むと迫力があるよね。「やっぱり」って何だよ? とは思ったが、王太子に誤解されるのはよろしくないだろう。
「あの、目にゴミが入ってしまって、副会長に取って頂いたのです」
「え? ゴミ?」
「はい」
まさかオレリアに差を付けられて悔しくて泣いていたなんて言えない。アンヌにだって一応【婚約者候補】としてのプライドがあるのだ。
「そ、そうか。ナンだ」
あからさまにホッとした表情を浮かべる王太子。
いつもは何があっても表情を変えず、感情を表に出さない王太子が、さっきから慌てたり怒ったり安堵したり――その様子にアンヌは驚いた。だからつい口に出してしまったのだ。
「王太子殿下も人間だったんですね。てっきり人外かと……あ、ヤバ!」
アンヌもさすがに不敬だと思い、慌てて手で己の口を押えたが遅かった。
この後、王太子と副会長の二人から「王族の婚約者候補そして上位貴族令嬢としてのあるべき姿」を懇々と説かれた。
アンヌは説教してくる男は嫌いである。
⦅だってモラハラ予備軍じゃね?⦆
神妙な顔をしつつ、二人の話を聞いてはいないアンヌなのだった。
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