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14 愛してる

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 セレナは2日前に起きたという、その事件の顛末をルーベンから聞かされ、言葉を失った。

「私が間違っていた。私の所為でセレナはクラーラに命を狙われたんだ。本当にすまない」
 項垂れるルーベンに、セレナはどう声を掛ければいいのか分からなかった。
 「命を狙われた」と言われても、その時意識のなかったセレナには実感がない。「クラーラが牢に収監されている」と聞かされても尚、それが現実の事だとは思えなかった。

「何度も何度もセレナに意見されたのに、私はまるで分かっていなかった。自分にそのつもりがないのだから、当然クラーラも私に恋愛感情など持っていないと決めつけていたんだ。今考えると愚の骨頂だ」
「…………」
「セレナ。すまなかった。私のことを許せないかもしれないが、それでも……これからも私の側に居てくれないか? 必ず、良い夫になるから――頼む」


 結婚以来、ずっと夫婦間の火種だったクラーラ。そのクラーラがいなくなったのだ。ならばルーベンと、もう一度最初からやり直せるかもしれない――――一度は消えた希望の明かりが、セレナの胸に再び灯った。


「……はい。ルーベン様」
 少しの間を置いて答えたセレナを、ルーベンは強く抱きしめた。
「セレナ、愛してる」
 明るい時間に言われるのは初めてだ。夫のその言葉を信じたくて、セレナは敢えて真っ直ぐに不安をぶつけた。
「押し付けられた妻なのに? 本当に私を愛して下さるのですか?」
「押し付けられた? 何のことだ?」
 怪訝な顔をするルーベン。

「9年前、私だけなかなか下賜される先が決まらなかったのは、誰が私を引き受けるかで候補者の殿方が揉めていたからだと聞きました」
「ああ、そうだよ。君を望む男たちが誰も引かないから揉めに揉めた。最終的に私の熱意が陛下に認められたんだ」
「私を望む? 皆、イヤがったのではなくて?」
「君をイヤがる男なんているはずがないだろう? 私がどれほど苦労して君を手に入れたと思ってるんだ? 君は貴族の男に大人気だったからね。ライバルが多くて大変だった」

「そんな……」
 自分はずっと思い違いをしていたのか――セレナは呆然とした。
「愛してる、セレナ」
 ルーベンはもう一度そう言うと、呆けているセレナに口付けた。





 その後、使用人に連れられて、息子たちがセレナの元へやって来た。
 ルシオとファビオは2日前、屋敷から連行されるクラーラの姿を目の当たりにし、何が起こったのかルーベンから聞かされていた。

「「母上!!」」
 泣きながら縋りついて来る息子たちを、セレナはギュっと抱きしめる。
「心配かけてごめんなさいね。もう大丈夫よ」
「母上、母上、ごめんなさい! 僕のこと嫌いにならないで!」
「母上! ヒドいこと言ってごめんなさい! ごめんなさい!」
 泣きじゃくりながら必死に謝る息子たち。セレナはそんな彼らを宥めるように頭を撫で、優しく微笑む。
「愛してるわ、ルシオ。愛してるわ、ファビオ」
 そう言って、息子たちの頬にキスをした。
「母上、大好き!!」
「僕もー!! 好きー!!」
 顔を真っ赤にして高揚するルシオとファビオ。その様子を見ていたルーベンが、憮然とした表情でセレナに物申した。

「セレナ。私にだけ、『愛してる』って言ってくれないんだね!?」
「あら? 先程、言いませんでした?」
「言ってない! ルシオとファビオにしか言ってない!」
 ムキになるルーベンを、使用人達が残念そうに見ている。セレナは可笑しくて吹き出しそうになるのを堪え、ルーベンの耳元に唇を寄せた。
「愛しています、ルーベン様」







 意識が戻ってから数日後。右足の捻挫もある程度回復して、何とか歩けるようになったセレナは、孤児院の子供達が避難しているテント村へと向かった。たくさんの食料品や日用品を携えてテント村に着くと、子供達がセレナに纏わりついて来た。
「「「「「セレナ様ー!!!」」」」」「「「「「良かったー!!!」」」」」

 院長は涙目でセレナを迎えた。
「奥様……ご無事で……本当に、ようございました」
「心配かけて、本当にごめんなさい。もう大丈夫ですわ」

 あの日、姿が見えなくなっていた5歳のテオは、北の広場で見つかったそうだ。避難する途中で、孤児院の仲間達とは別の避難者グループの後について行ってしまい、そのまま北の広場に辿り着いたらしい。

 セレナはテオを抱きしめた。
 その小さな身体の温もりに、セレナはテオの確かな「生」を実感した。
「テオ! 良かった!」
「セレナ様。僕を探してくれたんでしょ? ごめんなさい」
「いいえ、いいのよ。テオが無事なら、それでいいの」
「うん。ありがとう。セレナ様」


 西地区は、大火によって見るも無残な焼け野原になっていた。王宮主導で街の復興がなされるらしいが、取り敢えずの仮の孤児院を建てるにしても暫く時間がかかる。セレナは院長と相談した上で、テント暮らしが厳しい1~3歳の幼児7人を、仮の孤児院が完成するまでの間、アルファーロ侯爵家の屋敷で預かることにした。セレナが頼むと、ルーベンは快く承諾してくれた。



 1歳児2人、2歳児3人、3歳児2人――7人の幼児を引き取ってからというもの、屋敷は毎日てんやわんやだ。
 突然やって来た幼児達に、8歳のルシオと6歳のファビオがどう反応するか、実はセレナもルーベンも心配していた。だが、それは全くの杞憂であった。二人の息子は、お兄さんぶって、大張り切りで幼児の面倒を見始めたのだ。
「『お兄様』と呼ぶんだよ」
 と言い含め、甲斐甲斐しく幼児達の世話をするルシオとファビオ。セレナとルーベンは、その様子を半ば感心し、半ば呆れて見ていた。

「ルシオとファビオに、あんな一面があるなんて思いもしなかったな」
 ルーベンの言葉に頷くセレナ。
「本当に……。我が儘に育ってしまったと思っておりましたのに、まさか小さい子の面倒をあんなに一生懸命みるなんて――きっと、ルシオもファビオも、まだまだ私たちの気付いていない良い面を、他にもたくさん持っているに違いありませんわ」
「ああ、きっとそうだね」
 息子たちを見つめながら微笑むルーベン。セレナはそんな夫の横顔を見上げ、自身も自然と微笑んだ。




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