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13 事件
しおりを挟む目覚めると、見慣れた寝室の天井が見えた。
「セレナ! 気付いたのか?!」
セレナの顔を覗き込んだのはルーベンだった。
「ルーベン様……」
「セレナ! 良かった!」
ルーベンは、寝台に横たわっているセレナを掻き抱いた。
「あの、私……」
「2日間、意識がなかったんだ。心配したよ、セレナ」
助かったのだわ――――まだハッキリしない頭で、セレナはぼんやりと思った。
すぐに主治医が呼ばれ、セレナは診察を受けた。もう大丈夫だと言われ、セレナ本人ではなくルーベンの方が安堵の息を吐いた。セレナはあの時、煙を吸い込んで意識を失ったが、その後すぐにルーベンに助け出され、火傷などは負っていなかった。
「ルーベン様、助けて下さってありがとうございました」
「セレナ。もうあんなムチャはしないでくれ。東の広場で院長からセレナが孤児院へ戻ったと聞かされて、慌てて私も向かったんだ。そうして孤児院の中に踏み込んだら、煙の充満する室内で君が倒れていて……あの時……私がどんな気持ちだったか、わかるかい?」
声を詰まらせるルーベン。
「……ごめんなさい」
俯くセレナの手をルーベンが握りしめる。そこでセレナは初めて気が付いた。
「ルーベン様。手を怪我されたのですか? 私を助けた時に!?」
動揺するセレナ。ルーベンの右手に包帯が巻かれていたのだ。
「いや……これは違うんだ……」
ルーベンは首を横に振った。
「あの、それでは、その怪我は?」
問うセレナから目を逸らすと、ルーベンは言った。
「……クラーラからナイフを取り上げようとした時に揉み合いになって、ナイフで切ってしまったんだ」
「えっ!?」
どういうことだろうか? ナイフ? クラーラがナイフを持っていた? 何故? 困惑するセレナをルーベンはそっと抱き寄せた。
「セレナ。落ち着いて聞いてほしい――――クラーラは、今、貴族牢に収監されているんだ」
「……!?」
驚き過ぎて声の出ないセレナ。一体、何が起きたと言うのか!?
――――2日前――――
ルーベンはセレナを助け出し、屋敷へと運び込んだ。すぐに医者に診せたが、右足の捻挫以外の外傷はなく、意識が戻るのを待つしかないとの事だった。
寝台に意識なく横たわるセレナの側に、もちろんルーベンや侍女が付き添っていた。意識不明のセレナの姿を見て、ルシオとファビオは泣き続け、使用人達も一様にショックを受けて屋敷中に動揺が広がった。
そして夜になっても尚、西地区の火事は全く勢いが衰えず、更に広範囲に燃え広がっていた。今後の風向き次第では、南東地区にあるアルファーロ侯爵家の屋敷も確実に安全とは言い切れぬ状況になってきたのである。ルーベンは、使用人達に避難の準備を始めるよう命じた。けれど、女主人セレナの指示を仰げない状態での避難準備に、使用人達は混乱気味で、屋敷は騒然とした空気に包まれた。
そんな中、ほんの僅かな時間、寝室のセレナに誰も付いていなかったのだ。いつの間にか屋敷に入り込んでいたクラーラはその隙を狙った。クラーラが夫婦の寝室に侵入するところを、セレナの元に戻ろうとしていたルーベンが目撃した。クラーラの纏う、明らかにいつもと違う異常な雰囲気に気付いたルーベンは、彼女を追って慌てて寝室に駆け込んだ。そこでルーベンが視界に捉えたのは、ナイフを手に寝台の上のセレナに近付くクラーラの姿であった。
「クラーラ!! 何をするつもりだ!?」
クラーラは何も答えず、握りしめたナイフを意識のないセレナに向けた。ルーベンは反射的にクラーラに掴みかかり、ナイフを奪おうとする。ところがクラーラは、その細腕からは考えられないような力で激しく抵抗し、揉み合いになった挙句、ルーベンはナイフで右手を切ってしまった。血まみれの手でようやくクラーラを組み伏せ、ナイフを取り上げたルーベンは叫んだ。
「何故だ!? 何故、こんなことをする!? クラーラ!!」
「この女さえいなければ!! この女さえいなければ、私が貴方の妻になれたのに!!」
クラーラは、そう喚いた。ルーベンは、信じられないとばかりに頭を振る。
「そんなわけあるか!! 私とお前はただの幼馴染じゃないか!? お前を妻になどと考えたこともない!!」
「そんな……」
愕然とするクラーラ。彼女のその表情を見て、ルーベンは自分が長い間、とんでもない間違いを犯してきたのだと思い知った。
「……私が、お前に勘違いをさせたのか?」
「だって! 私を愛してるから、この女が文句を言っても私を受け入れてくれたんでしょう? 私を愛してるから、私と一緒に子育てしたくてルシィちゃんとファビちゃんに、いつも会わせてくれたんでしょう?」
「違う!! 違う!! 違う!! 私が愛しているのはセレナだけだ!!」
「今更、そんな……酷い……」
絞り出すような声で、そう呻いたクラーラの目から涙が溢れた。
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