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3 幼馴染
しおりを挟む結婚後、まだそれほど日が経たぬうちに、セレナは夫ルーベンから一人の女性を紹介された。
「彼女は私の幼馴染で一つ年下なんだ。屋敷が近いから子供の頃から今に至るまでずっと、しょっちゅう我が家に出入りしていてね。私にとっては妹みたいなものだ。セレナも仲良くしてやってくれ」
「クラーラ」という名のその女性は近くに住む伯爵家の令嬢だそうだが、ルーベンの一つ下ということは……24歳? 20歳のセレナより4つも年上である。セレナは単純に疑問を持った。伯爵家令嬢が24歳にもなって結婚もせずに、幼馴染とは言え親族でもない男性の屋敷に気軽に出入りするなど、常識的に考えてあり得ない。どういうことなのだろう? と。しかしルーベンもクラーラという女性も、セレナの訝し気な様子に気付かないようであった。その日は三人でアルファーロ侯爵家の庭でお茶を飲み、当たり障りのない話をした。
セレナの疑問に答えてくれたのは執事のセバスティアンだった。腑に落ちない納得できない表情をしているセレナに、セバスティアンはその日クラーラの帰宅後、ルーベンの居ない所でこう説明してくれた。
「一人っ子の旦那様は、一つ違いのクラーラ様を幼い頃から実の妹のように可愛がっていらっしゃいまして。あちらの伯爵家は、クラーラ様の10歳上の兄君が既に家督を継いでいらっしゃるのですが、クラーラ様はその……」
そこまで話してセバスティアンが言いよどむ。セレナは率直に尋ねた。
「クラーラさんはどうして結婚しないの? もう24歳なのでしょう?」
「クラーラ様は子供の頃から持病がおありなのです。その為『出産に耐えられない』と医者から申し渡されていらっしゃいます」
セバスティアンの返答にセレナは頷いた。ああ、なるほど。貴族は血を重んじる。最初から子を産めないと分かっている令嬢を娶る貴族男性は、まずいない。下位貴族ならともかく、伯爵家令嬢が嫁ぐ先となれば、それなりの爵位の貴族となる。結婚は難しいだろう……
セレナは同じ女性として気の毒な事だとは思ったが、何せその日初めて会った相手である。クラーラのそのような事情よりも、ルーベンへの馴れ馴れしい態度の方が余程気になった。いくらルーベンが「妹みたいな幼馴染」と言っても、実際にはクラーラは妹どころか親族ですらない他人なのだ。子供時代はともかくも、妙齢になった貴族令嬢が他家の屋敷に気軽に出入りしている事に、セレナは拭い難い違和感を覚えた。
クラーラは、呆れるほど頻繁にアルファーロ侯爵家の屋敷を訪れる。クラーラも、セレナが嫁いできて暫くの間は一応気を遣ったのか、来ればセレナに挨拶をしていた。しかし、それも結婚当初のほんの2ヵ月程のことで、やがてセレナに一言の断りもなくルーベンの執務室に直行し、彼の仕事の手を止めさせて二人で過ごすようになった。その上、クラーラはまるで自分が女主人であるかのように振る舞い、侯爵家の使用人に対して勝手気ままに命令までするのだ。これは一体どういうことなのか? セレナは訳が分からなかった。使用人達も明らかにクラーラに不満を持っている様子だ。セレナに「クラーラ様の自分勝手な命令に従いたくありません」と訴えて来た者も複数いる。セレナは自分を引き受けてくれたルーベンに楯突くような事はあまりしたくなかったが、使用人達のことを思えば、そうも言っていられない。
「ルーベン様、お話があります」
セレナは勇気を出して、ルーベンに意見した。言葉を尽くしたつもりだ。にもかかわらず、セレナの懸念は全くと言っていいほどルーベンに伝わらなかった。
「クラーラは私の妹同然なのだから、この屋敷で自由に過ごしても別に構わないだろう? 使用人にやたらと命令したがるのも子供の我が儘のようなもので、クラーラに悪気はないんだ。彼女は持病の所為で家族に甘やかされて育ったから我が儘なんだよ。仕方ないだろう?」
何が「仕方ないだろう?」なのか、セレナにはさっぱり分からない。どこかズレたルーベンの返答に、セレナは脱力した。これでは”話し合い”にすらなっていない……
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