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第1話 ①

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天高く、馬肥ゆる秋。秋は顔を潜め、冬の寒さが顔を出し始めた11月だったが、これを体現するように澄み切った快晴の空に、運動不足から日に日に増えていく自分の体重。高倉恭平は、その澄み切った空に眠そうな目を向ける。
彼らの通う柳学園中等部は、中高一貫の男子校。最寄り駅の柳本町駅からは徒歩で3分とアクセスも申し分ない。学校へと続く一本道には、サクラの季節にちぎれんばかりに咲き誇る木々が、なりを潜めて並んでいる。今日は鬱屈な月曜日。道をゆく人々の表情は気分良さそうなものではなく、気だるげな様子がうかがえる。高倉も例に漏れず、今日から始まる代わり映えしない時間割の一週間をいかに乗り切るかばかり考えていた。
「高倉おはよー!」
聞きなれた声の方に目を向けると、友人の西野航星が右手を掲げていた。「おー、おはよう。」と返すと残り少ない通学路を並んで歩く。決して充実した日々ではないが、高倉は学校生活が嫌いではなく、むしろ好きだった。多くはないが友人には恵まれ、くだらない会話をしながらゆっくりと流れる時間に身を委ねる。特段面白いことも無いが、こういう普通の日常を送れることが幸せなんじゃないかと、そういう考えだった。
「今日って一限目なんだっけ」
「確か体育だったと思う」
「うわ、一限から体育とか萎えるわ」
「まじでそれな。月曜の頭から運動とか無理だわ。」
他愛ない会話をして歩いていれば、あっという間に教室に着く。中を覗けば、先に来ているクラスメイト達がいくつかのグループに分かれて集まっている。かたやは机の周りに集まって真面目に教科書を開いているし、かたやはガヤガヤと楽しそうな話し声を聞えさせる。やはり、この時間は嫌いじゃなかった。
授業が始まれば特に何も考えることなく運動して、ノートを書き写し、問題を解く。流れるように時間が過ぎ、昼休みを告げるチャイムが鳴った。廊下がざわざわとなり始め、自分の教室からも何人かが学食へと向かって走り出していた。毎日弁当を持ってくる高倉にとっては「学食ダッシュ」は身近なものではなく、いつ見ても新鮮なものがある。廊下に目をやるのもそこそこに、自分の弁当を出す。全体的に茶色く、端っこに申し訳程度に緑が置いてある。不健康そうで最高に美味そうな弁当だ。いざ箸をつけようとすると、コンビニのパンとスマホを持った西野が、学食に行ったのか空いていた自分の前の席に座った。
「いやあ、月曜日っていうのはなんとも疲れるねえ」
西野はパンの袋を開けるなり、大きなため息をついて呟いた。
「西野、お前今日もほとんど寝てたじゃねえか」
「最近、夜更かしするから眠くてさ。それに高倉みたく、無機質にノート写してるよりは楽しいよ」
「うーん、まあ楽しくはないけど。今はやるべきことがそれくらいしかないからさ」

自嘲気味に笑う。「今は」。もともと、吹奏楽部に入っていた。受験に合格して、母に連れられて一緒に行った柳学園吹奏楽部の定期演奏会。はっきり言って最初は行きたくなかった。ブラスバンドになんて興味もなかったし、部活も野球が好きだったから野球部に入るつもりだった。ただこれから通う学校のイベントだということもあって断る訳にも行かず、聞き流すつもりで席に座った。ふと、電球が消えるとスポットライトが光り、燕尾服を着た中年の指揮者がでてきた。腕を振り上げてタクトを構える。一音目からだった。脳に衝撃が走った。聞き流すつもりだった音楽の凄まじい音圧。まるで包み込まれるような感覚に襲われた。小学校の頃、課外学習でオーケストラを見た時にはこんな衝撃は受けなかった。ただただ、すごかった。憧れた。学校が始まったら吹奏楽部に入ろうと決心した。仮入部で色んな楽器を試した。リコーダー以外吹いたこともなかったズブの素人だったが、意外にもどの楽器も音が出たので自信が湧いた。その中でも上手くできた、トロンボーンを吹こうと思った。
最初の半年は順調だった。徐々に上達していって、それが楽しかったから朝早くに来て練習したりした。自分のキャパシティも知らずにやり続けた。その結果、頭が悪くなった。みるみるうちに成績が下がっていった為、練習時間を削って勉強時間を増やした。そうしたら途端に上達しなくなった。もともと優れた人間ではなかったから、みるみる同級生に遅れをとった。しかし、練習時間を増やすなら勉強時間を減らさなければならなかった。勉強時間を減らせば今度は成績が上がらない。「学生の本分は勉強で、部活は二の次だ。」親にもそう言われたから、勉強を最優先するしかない。成績は良くなったが、楽器は下手になっていった。下手なやつは単純に嫌われる。先輩みんなに嫌われてしまって、新しく出来た後輩にも舐められ、居づらくなって中2の文化祭終わりに部活を辞めた。それからは帰宅部で勉強をする目的もなくなってしまって、最低限をこなすだけになっていた。西野とは吹奏楽部で出会ったが、吹奏楽部に入って得た収穫といえば、自分のキャパシティの少なさを理解したことと西野との関係くらいだろうか。
「あ、そうそう。お前が辞めた途端に、今度は2年が標的になったよ。」
「あー、俺の事舐めてたあいつか。まあなんか、どうも思わないわ。そもそもがそういう奴らだったんだろ」
1番下手なやつをいじめる奴らだ。それを分からず自分に対するものと同じ態度で先輩たちに突っ掛かったのだろうか。そもそも自分を舐めてた後輩が今度はターゲットになる。むしろ愉快ですらあったが、黒い感情はそっと胸の中にしまっておいた。
「違いないや。……さてさて、重い話題はこれくらいに、高倉はvirtual配信者って知ってるか?」
「えらく、話題が変わったな。あれ好きだよ、えっと……さんじよじ?だっけ。結構暇つぶしに見る」
「そうそう、そういうやつ。俺今それにどっぷりでさ。ちょっと自分でもやってみたいんだよね。」
「え?まじで。でもああいうのってなんかオーディションとか受けなきゃ行けないんでしょ?親とか許してくれなさそうだし。」
「いやいや、それはプロの人たちだろ?まさかそんなのやろうとも思わないよ。ほら、最近あるじゃん誰でも配信出来るやつ。えっと、convey cast?だっけ。実はアバターも作ったりしてるんだよね」
「あー、コンキャスってやつね。でもああいうのって限られた陽キャだけがやるのを許されてる感じしない?まあ俺も興味はあるよ。いいよね、堂々としてて。憧れる」
「おお、分かってくれるか!じゃあ一緒に配信やってみない?ひとりじゃ始めづらいし」
「いやいや。遠慮しとくよ。誰ともしれない人に話しかけるとか無理無理。西野がやるなら俺も見に行くけど」
「じゃあ頑張って今日から始めてみようかな。見に来てくれるならありがたい。誰も来なかったら、みじめだし。まあ、気が変わったら高倉も配信してみろよ」
「おう、考えとく」
今から緊張するな、と呟いた西野はパンにかぶりつく。それを横目に自分も弁当へと手を伸ばし、軽いやり取りをしながらその昼休みは終わった。
それはただ、友人との他愛ない会話。残りの一週間もいつもと変わりなく時が過ぎていくと思っていたし、特に触発されるとも思ってなかった。友人の新しい趣味に付き合う。その程度のものだと考えていたが、あと数日で自分の生活がガラリと変わることを高倉はまだ知らない。
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