57 / 79
三日目
56
しおりを挟む
決死の覚悟で乗り込んでみたものの、研究所の内部は、拍子抜けするほど、まったくもって普通だった。
白一色で統一されたガラス張りの実験室の中には、カラフルな液体の入ったガラス瓶や試験管、顕微鏡、洗浄機、大型の冷蔵装置や遠心分離機、さまざまな計測・分析機器などなど、テレビでよく見る実験機器が所狭しと並び、それらを使って、白衣の研究員たちが忙しそうに働いている。
研究員たちが防護服を身に着けていないのは、エイズウイルスに空気感染の危険性がないからだろう。
(ここでエイズの特効薬の開発をしている、という話は本当だったのか……?)
終始笑顔を絶やさない辻村の、やけに詳細で丁寧な説明を聞きつつ、レンは眉を寄せる。
(しかし、それなら、島民たちは夜な夜なこの研究所へやってきて、一体何をしているんだ?)
(いや、島民がこの研究所に集まっているという考え自体が、こちらの思い込みだったのか?)
どこかに怪しいところはないか、と無数にある部屋の一つ一つに眼を光らせていたレンは、いつのまにか、見学グループの中からリクの姿が消えていることに気が付かなかった。
広い通路をのんびり歩く辻村は、エイズウイルス研究の歴史から、現在開発されているさまざまな抗HIV薬の特長、実験に使う多様な機器や薬品の説明などを、飽きもせずに延々と話し続け、一行がようやく通路の端に到達する頃には、すでに一時間以上が経過していた。
その間、ひたすら神経を張り詰めていたレンは、さすがに疲れを感じて、思わずため息をつく。
「つまらない話を聞かせて、退屈させてしまったかな?」
辻村の視線を受けて、レンはかぶりを振った。
「いえ……」
「ちょっと休憩にしようか。コーヒーでもごちそうするよ」
辻村が一行を応接室に連れていくと、すぐに事務員らしき女性がコーヒーとオレンジジュースの載った盆を部屋に運んできた。
その女性の、この島ですでに何度も目にした、作り物じみた柔和な笑みをみて、レンはふたたび疑念を深くする。
(やっぱり、この研究所は、何かを隠している……)
そして、その時、ようやくこの場にリクの姿がないことに気がつく。
「っ! 高宮は、どこにいった?」
慌てて訊くと、ユイが薄く笑った。
「たぶん、トイレじゃないかな」
「……」
応接室でも、辻村は、会社のこれまでの業績などについて、いつまでも楽しそうに話し続けたが、レンはすでに男の話などまともに聞いてはいなかった。
「……高宮、いくらなんでも遅すぎるだろ」
約二十分後、レンは、とっくに空になったコーヒーカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「そう?」
「ちょっとトイレを見てくる」
レンが言うと、部屋にいる全員が彼の顔を見上げ、微笑んだ。
「トイレの場所は、わかるかな?」
「……はい」
辻村がついて来ないことを意外に思いつつ、レンは急いで部屋を出た。
白一色で統一されたガラス張りの実験室の中には、カラフルな液体の入ったガラス瓶や試験管、顕微鏡、洗浄機、大型の冷蔵装置や遠心分離機、さまざまな計測・分析機器などなど、テレビでよく見る実験機器が所狭しと並び、それらを使って、白衣の研究員たちが忙しそうに働いている。
研究員たちが防護服を身に着けていないのは、エイズウイルスに空気感染の危険性がないからだろう。
(ここでエイズの特効薬の開発をしている、という話は本当だったのか……?)
終始笑顔を絶やさない辻村の、やけに詳細で丁寧な説明を聞きつつ、レンは眉を寄せる。
(しかし、それなら、島民たちは夜な夜なこの研究所へやってきて、一体何をしているんだ?)
(いや、島民がこの研究所に集まっているという考え自体が、こちらの思い込みだったのか?)
どこかに怪しいところはないか、と無数にある部屋の一つ一つに眼を光らせていたレンは、いつのまにか、見学グループの中からリクの姿が消えていることに気が付かなかった。
広い通路をのんびり歩く辻村は、エイズウイルス研究の歴史から、現在開発されているさまざまな抗HIV薬の特長、実験に使う多様な機器や薬品の説明などを、飽きもせずに延々と話し続け、一行がようやく通路の端に到達する頃には、すでに一時間以上が経過していた。
その間、ひたすら神経を張り詰めていたレンは、さすがに疲れを感じて、思わずため息をつく。
「つまらない話を聞かせて、退屈させてしまったかな?」
辻村の視線を受けて、レンはかぶりを振った。
「いえ……」
「ちょっと休憩にしようか。コーヒーでもごちそうするよ」
辻村が一行を応接室に連れていくと、すぐに事務員らしき女性がコーヒーとオレンジジュースの載った盆を部屋に運んできた。
その女性の、この島ですでに何度も目にした、作り物じみた柔和な笑みをみて、レンはふたたび疑念を深くする。
(やっぱり、この研究所は、何かを隠している……)
そして、その時、ようやくこの場にリクの姿がないことに気がつく。
「っ! 高宮は、どこにいった?」
慌てて訊くと、ユイが薄く笑った。
「たぶん、トイレじゃないかな」
「……」
応接室でも、辻村は、会社のこれまでの業績などについて、いつまでも楽しそうに話し続けたが、レンはすでに男の話などまともに聞いてはいなかった。
「……高宮、いくらなんでも遅すぎるだろ」
約二十分後、レンは、とっくに空になったコーヒーカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「そう?」
「ちょっとトイレを見てくる」
レンが言うと、部屋にいる全員が彼の顔を見上げ、微笑んだ。
「トイレの場所は、わかるかな?」
「……はい」
辻村がついて来ないことを意外に思いつつ、レンは急いで部屋を出た。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる