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三日目
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決死の覚悟で乗り込んでみたものの、研究所の内部は、拍子抜けするほど、まったくもって普通だった。
白一色で統一されたガラス張りの実験室の中には、カラフルな液体の入ったガラス瓶や試験管、顕微鏡、洗浄機、大型の冷蔵装置や遠心分離機、さまざまな計測・分析機器などなど、テレビでよく見る実験機器が所狭しと並び、それらを使って、白衣の研究員たちが忙しそうに働いている。
研究員たちが防護服を身に着けていないのは、エイズウイルスに空気感染の危険性がないからだろう。
(ここでエイズの特効薬の開発をしている、という話は本当だったのか……?)
終始笑顔を絶やさない辻村の、やけに詳細で丁寧な説明を聞きつつ、レンは眉を寄せる。
(しかし、それなら、島民たちは夜な夜なこの研究所へやってきて、一体何をしているんだ?)
(いや、島民がこの研究所に集まっているという考え自体が、こちらの思い込みだったのか?)
どこかに怪しいところはないか、と無数にある部屋の一つ一つに眼を光らせていたレンは、いつのまにか、見学グループの中からリクの姿が消えていることに気が付かなかった。
広い通路をのんびり歩く辻村は、エイズウイルス研究の歴史から、現在開発されているさまざまな抗HIV薬の特長、実験に使う多様な機器や薬品の説明などを、飽きもせずに延々と話し続け、一行がようやく通路の端に到達する頃には、すでに一時間以上が経過していた。
その間、ひたすら神経を張り詰めていたレンは、さすがに疲れを感じて、思わずため息をつく。
「つまらない話を聞かせて、退屈させてしまったかな?」
辻村の視線を受けて、レンはかぶりを振った。
「いえ……」
「ちょっと休憩にしようか。コーヒーでもごちそうするよ」
辻村が一行を応接室に連れていくと、すぐに事務員らしき女性がコーヒーとオレンジジュースの載った盆を部屋に運んできた。
その女性の、この島ですでに何度も目にした、作り物じみた柔和な笑みをみて、レンはふたたび疑念を深くする。
(やっぱり、この研究所は、何かを隠している……)
そして、その時、ようやくこの場にリクの姿がないことに気がつく。
「っ! 高宮は、どこにいった?」
慌てて訊くと、ユイが薄く笑った。
「たぶん、トイレじゃないかな」
「……」
応接室でも、辻村は、会社のこれまでの業績などについて、いつまでも楽しそうに話し続けたが、レンはすでに男の話などまともに聞いてはいなかった。
「……高宮、いくらなんでも遅すぎるだろ」
約二十分後、レンは、とっくに空になったコーヒーカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「そう?」
「ちょっとトイレを見てくる」
レンが言うと、部屋にいる全員が彼の顔を見上げ、微笑んだ。
「トイレの場所は、わかるかな?」
「……はい」
辻村がついて来ないことを意外に思いつつ、レンは急いで部屋を出た。
白一色で統一されたガラス張りの実験室の中には、カラフルな液体の入ったガラス瓶や試験管、顕微鏡、洗浄機、大型の冷蔵装置や遠心分離機、さまざまな計測・分析機器などなど、テレビでよく見る実験機器が所狭しと並び、それらを使って、白衣の研究員たちが忙しそうに働いている。
研究員たちが防護服を身に着けていないのは、エイズウイルスに空気感染の危険性がないからだろう。
(ここでエイズの特効薬の開発をしている、という話は本当だったのか……?)
終始笑顔を絶やさない辻村の、やけに詳細で丁寧な説明を聞きつつ、レンは眉を寄せる。
(しかし、それなら、島民たちは夜な夜なこの研究所へやってきて、一体何をしているんだ?)
(いや、島民がこの研究所に集まっているという考え自体が、こちらの思い込みだったのか?)
どこかに怪しいところはないか、と無数にある部屋の一つ一つに眼を光らせていたレンは、いつのまにか、見学グループの中からリクの姿が消えていることに気が付かなかった。
広い通路をのんびり歩く辻村は、エイズウイルス研究の歴史から、現在開発されているさまざまな抗HIV薬の特長、実験に使う多様な機器や薬品の説明などを、飽きもせずに延々と話し続け、一行がようやく通路の端に到達する頃には、すでに一時間以上が経過していた。
その間、ひたすら神経を張り詰めていたレンは、さすがに疲れを感じて、思わずため息をつく。
「つまらない話を聞かせて、退屈させてしまったかな?」
辻村の視線を受けて、レンはかぶりを振った。
「いえ……」
「ちょっと休憩にしようか。コーヒーでもごちそうするよ」
辻村が一行を応接室に連れていくと、すぐに事務員らしき女性がコーヒーとオレンジジュースの載った盆を部屋に運んできた。
その女性の、この島ですでに何度も目にした、作り物じみた柔和な笑みをみて、レンはふたたび疑念を深くする。
(やっぱり、この研究所は、何かを隠している……)
そして、その時、ようやくこの場にリクの姿がないことに気がつく。
「っ! 高宮は、どこにいった?」
慌てて訊くと、ユイが薄く笑った。
「たぶん、トイレじゃないかな」
「……」
応接室でも、辻村は、会社のこれまでの業績などについて、いつまでも楽しそうに話し続けたが、レンはすでに男の話などまともに聞いてはいなかった。
「……高宮、いくらなんでも遅すぎるだろ」
約二十分後、レンは、とっくに空になったコーヒーカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「そう?」
「ちょっとトイレを見てくる」
レンが言うと、部屋にいる全員が彼の顔を見上げ、微笑んだ。
「トイレの場所は、わかるかな?」
「……はい」
辻村がついて来ないことを意外に思いつつ、レンは急いで部屋を出た。
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