61 / 62
第十夜 刑天
序章 刑天の談
しおりを挟む力こそパワー、これぞ至言である。
力がすべて。強き勝者こそが正義、弱き敗者に語る口はなし。
勝てば官軍という言葉こそが、力ある勝者が歴史を紡いできたという事実を物語っている。それが世界の真理であり、覆しようのない真実だった。
力さえあれば──あらゆることが罷り通る。
力があれば何もかもねじ伏せられる。頭なんぞ使う必要はない。べらべらと喋るだけの口先野郎など説き伏せる前に叩き伏せてしまえばいい。逆らいようのない力を前にすれば、弱き者の言葉など負け犬の遠吠えに過ぎない。
圧倒的な力こそが世の正しさを示すもの、万物における正義なのだ。
少なくとも──我輩はそう教えられてきた。
神も仏も信じない。我輩が信奉するのは絶対的な力のみ。
強くあれ、逞しくあれ、力ある者であれ──。
幼き頃より、この3箇条を合い言葉に鍛えられてきた。
鍛錬は血を吐くほど苦しいものだったが、繰り返す度に己が内に培われていく力と強さを実感でき、更なる高みへと登ることにエクスタシーを感じたものだ。
強き力を縦糸に、力ある強さを横糸に──自己を織り上げていく。
そうして我輩は何者にも負けぬ力を手に入れた。
だが、手に入れた力を否定された。
父が、母が、兄弟が、親族が、あらん限りの罵声を浴びせてきた。
おまえの生き方は間違っている、真っ当な人間として生きろ、働け、家から出ろ、ニート、穀潰し、人間失格、引き籠もり、社会不適合者……。
我輩を罵る言葉は枚挙に暇がなく、朝昼晩と絶え間なく続いた。
父よ、「力こそすべて」と我輩に教えてくれたのはあなたではないか?
母よ、「強くなりなさい」と我輩に道を示したのはあなたではないか?
兄弟よ、「弱い奴はいらない」と我輩を焚きつけたのはおまえたちではないか?
親族一同よ、「出来損ない」と我輩を煽ったのは貴様らではないか?
あなたたちの言葉を糧に力を育て、おまえたちの叱咤を薪に向上心という火を焚き付け、貴様らの侮蔑に鞭打たれた我輩は、力と強さを磨いてきた。
あなたたちが、おまえたちが、貴様らが──。
すべてが一丸となっても敵わない、絶対的な力と強さを身に付けた。
そんな我輩に、おまえたちはあらん限りの罵声を浴びせてきた。
いや、罵詈雑言くらいなら甘んじて受け止めよう。それを燃料にして力への探究心を燃やすことができる。むしろウェルカムと言うべきだろう。しかし、我輩が何も言わないのをいいことに、おまえたちは理不尽な真似に打って出た。
力で敵わぬことを知りながら、我輩に挑んできたのだ。
まるで弱者のように群れを成して我輩を取り囲み、リンチを仕掛けてきたのではないか。だから我輩は、この鍛え上げた力で応戦した。
父が幼い頃の我輩へしたように──鉄拳制裁で報いてやった。
最強を極めた我輩に敵う者はなく、逆らう気力がへし折れるまで、徹底的に殴ってやった。無論、奴らも弱者なりに牙を剥いてくる。
皮を裂かれた。肉を抉られた。骨を折られた。臓腑を破られた。
だがしかし、最強を培いし我が身は意に介することもない。
裂かれた皮を筋肉を収縮させて繋ぎとめ、抉られた肉は筋肉を盛り上げて塞ぎ、折れた骨は筋肉で抑え込み、破かれた臓腑も筋肉で覆って動かした。
この最強無敵の筋肉があれば──何人たりとも恐るるに足らず。
逆らう愚か者どもを懲らしめた後、我輩はあることに気付いてしまった。
──物足りない。
我が筋肉が求めている、もっと強い敵を、全力で戦える相手を!
考えるのも煩わしい。思うよりも先に、考えるよりも速く、全身の筋肉を躍動させてぶちのめせる真の強敵を求めて已まないのだ。
「んんんんんんっ……ならば旅に出るまでですぞ! 我輩と血湧き肉躍る戦いを楽しめる敵を探しに! 我輩の鉄拳を浴びてもすぐにはへこたれない強敵に! この天下無双の筋肉を戦慄させる好敵手を求めてッッッ!!」
我輩に相応しい敵を探す旅へ──!
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜
野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。
内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
怪奇蒐集帳(短編集)
naomikoryo
ホラー
【★◆毎朝6時30分更新◆★】この世には、知ってはいけない話がある。
怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——
どれもがただの作り話かもしれない。
だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。
本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。
最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる