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第八夜 変性女子
第5話 3人娘から4人娘へ
しおりを挟む「だから、葵ちゃんは性同一性障害だったんじゃないかな」
「心と身体の性が不一致だっていう症例でございやすか? もう完全に女になっちまってる葵がそうだったかどうかは今更でございやすがね」
明けて翌日──信一郎の屋敷の居間。
幽谷響は未だに葵が女性になってしまったことに得心がいかないのだが、信一郎は葵をフォローするかのようにそれらしい話題を振ってくるので、幽谷響は辟易しているところだった。
理解はしても納得はしない、これが幽谷響の心境だった。
「……やれやれ、こんな頑固な怪我人、魔酔館に置いてくれば良かったよ」
「それこそ勘弁してくだせぇよ……こんな身体で葵に迫られでもした日にゃあ抵抗できやせんぜ」
あの闘いで幽谷響は全身打撲などで全治一ヶ月の怪我を負っていた。
当初ハットに「ウチで養生していけば?」と勧められたのだが、それは魔酔館で葵の世話を受けるも同然。その間に何かされたら幽谷響に抗う術はない。
だからこそ無理を押して、東京まで逃げ帰ってきたのだ。
全身包帯ぐるぐる巻きで僧衣を着ているから、野暮ったいことこの上ない。
「まあ、逃げられないけどね」
何故だろう、信一郎はニヤニヤと楽しそうにしている。
「それじゃあ坊主らしく宗教用語はどうだい──変性女子っていうんだ」
その昔、とある宗教で使われた言葉である。
その宗教では開祖の巫女が『魂は男、体は女』で変性男子といい、その宗教を世に広めた教主の男性が『魂は女、体は男』で変性女子だったという。
「魂に性別なんかありゃせんでしょうに……その教主は何が言いたかったんで?」
「さてね、そこらへんは私も勉強不足で詳しくはないんだが、変性女子は大事を成し遂げることができる存在だとかどうとか……女性性を取り込むことで神聖視されたかったというのが有力じゃないかな? 女装すること霊力を増すシャーマンという信仰もあったから、その流れかもしれない」
「へっ、それこそこじつけじゃありやせんか」
葵が女になっちまった理由にはならねぇ、と幽谷響ははね除けた。
ケチを付けられた信一郎は「いやいや」と大袈裟に手を振る。
「男性性と女性性を併せ持つ者が強い力を持つ、という信仰は世界各地にあったのさ。それこそ両性具有者、つまりアンドロギュヌスは神さえ脅かす力を持っていたという。その力を恐れた神がアンドロギュヌスを男と女に分けたので、人間の男女は互いに失われた半身を求め続けるのだ、とプラトンも言っているしね。それに両性を併せ持つ神と言えば、ヘルマフロディトスという神もいてね……」
信一郎の蘊蓄は止まらない。
しかし、気付いているのだろうか?
男性性と女性性を併せ持つ強大な力──。
それは他ならぬ信一郎であることを。
この初恋の人によく似た青年は、自分のことにはまるで無頓着なのだ。
だから、幽谷響の複雑な想いも気取られる心配はない。
「……どうせ愛を告白されるんなら、先生の方が全然マシでやしたのに」
「ん? 今、気色悪いこと言わなかったか?」
まあいいや、と言いながら信一郎は立ち上がって縁側へと声をかけた。
「おーい、みんな用意できたかい?」
「「「「はーい」」」」
四つの少女の声が異口同音で返ってきた。
「──シラヤマ・ギガトリアームズ・T・ティアーナ・マイル」
まずは一人目、縁側の舞台袖から金髪碧眼の美少女が現れる。
ブレザーの制服、そのスカートの裾を摘んで一礼する様は、まるで社交界にデビューする淑女のように雅だった。
「本日より東王大学附属高等学校一年生となりました」
続いて二人目、マイルに引き続いて活発そうな美少女が軽快に現れる。
ブレザーの制服はマイルのものと同じ、敬礼みたいなポーズを取るとウィンクひとつで愛想を振りまく。
「火野茜──マイルと同じだから以下同文~♪」
殿の三人目、ロリータファッションの幼女がランドセルを背負って現れる。腰に手を当てると威張るように胸を張って、大きな口で高らかに名乗り上げる。
「朱雀院アリス──今日からピッカピカの小学一年生だ! 母様母様母様ーッ!」
アリスは信一郎へと抱き着いた。
その信一郎は既に女性化しており母親気取りである。
そうだった──今日からこの三人は新学期で学校に通うのだ、
その準備をしていたのだろうが、だとしたら4人目の声は誰だろう?
嫌な予感がしたのも束の間、その正体が縁側に現れる。
「青島葵──本日より源家にて御奉仕させていただきます」
そのメイドを目にした途端、幽谷響は反射的に後ずさっていた。
できることなら地の果てまで逃げたかったのだが、途中で襖に阻まれてしまった。おまけに身体にガタも来ている。
「な、な、な、なんでおまえがいるんだーっ!?」
「ああ、幽谷響はタイミング的に聞いてなかったっけ。葵ちゃんは今日からアリスちゃんたちの面倒を見てくれるんだよ。ついでにウチの家事も一切任すことになってるんだ」
謀られた──信一郎は教えてくれなかったのだ。
昨晩から屋敷内に自分たちの他にも誰かいる気配には気付いていたのだが、どうせ他の魔道師が泊まりに来たのだろうと高を括っていたのは失敗だった。
この演出のため、幽谷響を驚かすため──ずっと葵が潜んでいたのだ。
信一郎は身嗜みを整え、三人の少女と共に出掛ける準備を始めた。
三人の少女たちは新学期だから入学式と始業式、信一郎はアリスの保護者ということで小学校に顔を出してくるという。
そうなると──この屋敷には幽谷響と葵の2人だけになってしまう。
「それじゃあ葵ちゃん、留守と幽谷響の面倒を頼んだよ」
「はい、御屋敷の留守とお兄様のお世話──しっかり務めさせていただきます」
葵が舌なめずりする音を確かに聞いた。
あの肉食獣のような瞳──まるで発情期を迎えた女豹だ。
ここで葵とふたりっきりにされたら、何をされるか火を見るより明らか。
信一郎はそれを知ってか知らずなのか、爽やかな笑顔で幽谷響に言ってきた。
「そんなわけだから幽谷響、可愛い妹さんにしっかり看病してもらいなさい」
三人の少女を連れて出掛ける信一郎に幽谷響は追い縋った。
「ちょ、待ってくだせえ! せ、拙僧も用事を思い出し……ねすこッ!?」
幽谷響の首筋に痺れるような一撃が打ち込まれる。
実際、全身が痺れていた。全く動かせないわけではないが、少なくとも四肢に力が入らないので立ち上がれない。
辛うじて動かせる首で振り返ると、そこには当然のように葵が立っていた。
「力法宗・蒼式──響雷」
手の形は手刀、幽谷響の背後に回ってそれを首筋に打ち込んだのだ。
「先日のお兄様の技を応用いたしました、スタンガン要らずの拘束術です」
「テ、テメェ、覚えるの早過ぎだ……ろおっ!?」
身動きできない幽谷響を抱き上げ、葵は猛然と走り出す。
居間を出て、廊下を駆け、屋敷内の使われてないはずの部屋へと入る。
そこは簡素ながらも少女然とした雰囲気の漂う部屋に模様替えされていた。
しかし、例の3人娘の部屋ではない。
どうやら葵のために用意された部屋のようだ。
そんなことより、これ見よがしに用意されている寝具が不安を煽る。
大きめの布団がひとつ──だが、枕はふたつ用意されていた。
「お兄様……葵はこの日が来るのを心待ちにしておりました」
幽谷響を布団に横たえた葵は、見せつけるようにメイド服を脱いでいく。
ろくに身動きの取れない幽谷響はそれを見せられる。
目を背けることもできなかった。
「お兄様とひとつになれる瞬間を……お兄様に寵愛していただけるその時を……」
ヘッドドレスを取り、ポニーテールも解き、洗い晒しのような髪が広がる。
その下には眩しいくらいに輝く白い肌があった。
細身ながらも鍛え上げられた筋肉、それを覆い隠すように柔らかい脂肪が覆っており、それでいて均整の取れた肢体。臀部は大きく丸みを帯びるも引き締まり、乳房は見事なくらいたわわに実っていた。
武術家としても女体としても極め、精緻を尽くした美術品の如き肉体美。
改めで朱雀院の技術に感嘆する──そして、心の底から恨む。
レースをあしらったゴージャスな純白のブラとショーツは明らかに勝負下着、同色のガータベルトも一級品と見た。それらは脱ごうとせず、下着姿のままで葵は幽谷響に覆い被さってくる。
据え膳食わぬは男の恥という。それでも食わぬ男の意地もあるはずだ。
しかし、抵抗する力が奪われている時はどうすればいい?
葵の顔が迫る──その澄んだ瞳は真に迫っていた。
「そのためならばどんな手段も厭わないと……たとえお兄様に嫌われても成し遂げると……葵はそう誓ったのです……ッ!」
「ほ、本末転倒じゃねーかそれ! 葵、やめろ! やめねぇと……」
もう兄の言葉さえ耳に届いていない。
──妹は完全にやる気だった。
「愛しております……お兄様あああああああぁぁぁーッ!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ…………ッ!!」
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