道参人夜話

曽我部浩人

文字の大きさ
上 下
52 / 62
第八夜   変性女子

第5話 3人娘から4人娘へ 

しおりを挟む



「だから、葵ちゃんは性同一性障害だったんじゃないかな」

「心と身体の性が不一致だっていう症例でございやすか? もう完全に女になっちまってる葵がそうだったかどうかは今更でございやすがね」

 明けて翌日──信一郎の屋敷の居間。

 幽谷響は未だに葵が女性になってしまったことに得心がいかないのだが、信一郎は葵をフォローするかのようにそれらしい話題を振ってくるので、幽谷響は辟易しているところだった。

 理解はしても納得はしない、これが幽谷響の心境だった。

「……やれやれ、こんな頑固な怪我人、魔酔館まよいかんに置いてくれば良かったよ」

「それこそ勘弁してくだせぇよ……こんな身体で葵に迫られでもした日にゃあ抵抗できやせんぜ」

 あの闘いで幽谷響は全身打撲などで全治一ヶ月の怪我を負っていた。

 当初ハットに「ウチで養生していけば?」と勧められたのだが、それは魔酔館で葵の世話を受けるも同然。その間に何かされたら幽谷響に抗う術はない。

 だからこそ無理を押して、東京まで逃げ帰ってきたのだ。
 全身包帯ぐるぐる巻きで僧衣を着ているから、野暮やぼったいことこの上ない。

「まあ、逃げられないけどね」
 何故だろう、信一郎はニヤニヤと楽しそうにしている。

「それじゃあ坊主らしく宗教用語はどうだい──変性へんせい女子じょしっていうんだ」

 その昔、とある宗教で使われた言葉である。

 その宗教では開祖の巫女が『魂は男、体は女』で変性男子といい、その宗教を世に広めた教主の男性が『魂は女、体は男』で変性女子だったという。

「魂に性別なんかありゃせんでしょうに……その教主は何が言いたかったんで?」

「さてね、そこらへんは私も勉強不足で詳しくはないんだが、変性女子は大事を成し遂げることができる存在だとかどうとか……女性性を取り込むことで神聖視されたかったというのが有力じゃないかな? 女装すること霊力を増すシャーマンという信仰もあったから、その流れかもしれない」

「へっ、それこそこじつけじゃありやせんか」
 葵が女になっちまった理由にはならねぇ、と幽谷響ははね除けた。

 ケチを付けられた信一郎は「いやいや」と大袈裟に手を振る。

「男性性と女性性を併せ持つ者が強い力を持つ、という信仰は世界各地にあったのさ。それこそ両性具有者、つまりアンドロギュヌスは神さえ脅かす力を持っていたという。その力を恐れた神がアンドロギュヌスを男と女に分けたので、人間の男女は互いに失われた半身を求め続けるのだ、とプラトンも言っているしね。それに両性を併せ持つ神と言えば、ヘルマフロディトスという神もいてね……」

 信一郎の蘊蓄うんちくは止まらない。

 しかし、気付いているのだろうか?

 男性性と女性性を併せ持つ強大な力──。
 それは他ならぬ信一郎であることを。

 この初恋の人によく似た青年は、自分のことにはまるで無頓着むとんちゃくなのだ。

 だから、幽谷響の複雑な想いも気取られる心配はない。

「……どうせ愛を告白されるんなら、先生の方が全然マシでやしたのに」
「ん? 今、気色悪いこと言わなかったか?」

 まあいいや、と言いながら信一郎は立ち上がって縁側へと声をかけた。

「おーい、みんな用意できたかい?」

「「「「はーい」」」」
 四つの少女の声が異口同音で返ってきた。

「──シラヤマ・ギガトリアームズ・T・ティアーナ・マイル」

 まずは一人目、縁側の舞台袖から金髪碧眼の美少女が現れる。
 ブレザーの制服、そのスカートの裾を摘んで一礼する様は、まるで社交界にデビューする淑女のようにみやびだった。

「本日より東王大学附属高等学校一年生となりました」

 続いて二人目、マイルに引き続いて活発そうな美少女が軽快に現れる。
 ブレザーの制服はマイルのものと同じ、敬礼みたいなポーズを取るとウィンクひとつで愛想を振りまく。

火野ひのあかね──マイルと同じだから以下同文~♪」

 殿の三人目、ロリータファッションの幼女がランドセルを背負って現れる。腰に手を当てると威張るように胸を張って、大きな口で高らかに名乗り上げる。

朱雀院すざくいんアリス──今日からピッカピカの小学一年生だ! 母様母様母様ーッ!」

 アリスは信一郎へと抱き着いた。
 その信一郎は既に女性化しており母親気取りである。

 そうだった──今日からこの三人は新学期で学校に通うのだ、

 その準備をしていたのだろうが、だとしたら4人目の声は誰だろう?
 嫌な予感がしたのも束の間、その正体が縁側に現れる。

青島あおしまあおい──本日より源家にて御奉仕させていただきます」 

 そのメイドを目にした途端、幽谷響は反射的に後ずさっていた。

 できることなら地の果てまで逃げたかったのだが、途中でふすまに阻まれてしまった。おまけに身体にガタも来ている。

「な、な、な、なんでおまえがいるんだーっ!?」

「ああ、幽谷響はタイミング的に聞いてなかったっけ。葵ちゃんは今日からアリスちゃんたちの面倒を見てくれるんだよ。ついでにウチの家事も一切任すことになってるんだ」

 謀られた──信一郎は教えてくれなかったのだ。

 昨晩から屋敷内に自分たちの他にも誰かいる気配には気付いていたのだが、どうせ他の魔道師が泊まりに来たのだろうと高を括っていたのは失敗だった。

 この演出のため、幽谷響を驚かすため──ずっと葵が潜んでいたのだ。

 信一郎は身嗜みだしなみを整え、三人の少女と共に出掛ける準備を始めた。

 三人の少女たちは新学期だから入学式と始業式、信一郎はアリスの保護者ということで小学校に顔を出してくるという。

 そうなると──この屋敷には幽谷響と葵の2人だけになってしまう。

「それじゃあ葵ちゃん、留守と幽谷響の面倒を頼んだよ」

「はい、御屋敷の留守とお兄様のお世話──しっかり務めさせていただきます」
 葵が舌なめずりする音を確かに聞いた。

 あの肉食獣のような瞳──まるで発情期を迎えた女豹めひょうだ。

 ここで葵とふたりっきりにされたら、何をされるか火を見るより明らか。

 信一郎はそれを知ってか知らずなのか、爽やかな笑顔で幽谷響に言ってきた。

「そんなわけだから幽谷響、可愛い妹さんにしっかり看病してもらいなさい」
 三人の少女を連れて出掛ける信一郎に幽谷響は追い縋った。

「ちょ、待ってくだせえ! せ、拙僧も用事を思い出し……ねすこッ!?」
 幽谷響の首筋に痺れるような一撃が打ち込まれる。

 実際、全身が痺れていた。全く動かせないわけではないが、少なくとも四肢に力が入らないので立ち上がれない。

 辛うじて動かせる首で振り返ると、そこには当然のように葵が立っていた。

「力法宗・蒼式──響雷きょうらい
 手の形は手刀、幽谷響の背後に回ってそれを首筋に打ち込んだのだ。

「先日のお兄様の技を応用いたしました、スタンガン要らずの拘束術です」

「テ、テメェ、覚えるの早過ぎだ……ろおっ!?」
 身動きできない幽谷響を抱き上げ、葵は猛然と走り出す。

 居間を出て、廊下を駆け、屋敷内の使われてないはずの部屋へと入る。
 そこは簡素ながらも少女然とした雰囲気の漂う部屋に模様替えされていた。

 しかし、例の3人娘の部屋ではない。

 どうやら葵のために用意された部屋のようだ。
 そんなことより、これ見よがしに用意されている寝具が不安を煽る。

 大きめの布団がひとつ──だが、枕はふたつ用意されていた。

「お兄様……葵はこの日が来るのを心待ちにしておりました」
 幽谷響を布団に横たえた葵は、見せつけるようにメイド服を脱いでいく。

 ろくに身動きの取れない幽谷響はそれを見せられる。
 目を背けることもできなかった。

「お兄様とひとつになれる瞬間を……お兄様に寵愛ちょうあいしていただけるその時を……」

 ヘッドドレスを取り、ポニーテールも解き、洗い晒しのような髪が広がる。

 その下には眩しいくらいに輝く白い肌があった。

 細身ながらも鍛え上げられた筋肉、それを覆い隠すように柔らかい脂肪が覆っており、それでいて均整の取れた肢体。臀部でんぶは大きく丸みを帯びるも引き締まり、乳房は見事なくらいたわわに実っていた。

 武術家としても女体としても極め、精緻せいちを尽くした美術品の如き肉体美。

 改めで朱雀院の技術に感嘆する──そして、心の底から恨む。

 レースをあしらったゴージャスな純白のブラとショーツは明らかに勝負下着、同色のガータベルトも一級品と見た。それらは脱ごうとせず、下着姿のままで葵は幽谷響に覆い被さってくる。

 据え膳食わぬは男の恥という。それでも食わぬ男の意地もあるはずだ。

 しかし、抵抗する力が奪われている時はどうすればいい?

 葵の顔が迫る──その澄んだ瞳は真に迫っていた。

「そのためならばどんな手段も厭わないと……たとえお兄様に嫌われても成し遂げると……葵はそう誓ったのです……ッ!」

「ほ、本末転倒じゃねーかそれ! 葵、やめろ! やめねぇと……」

 もう兄の言葉さえ耳に届いていない。

 ──妹は完全にやる気だった。



「愛しております……お兄様あああああああぁぁぁーッ!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ…………ッ!!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルール

新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。 その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。 主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。 その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。 □第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□ ※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。 ※結構グロいです。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。 ©2022 新菜いに

煩い人

星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。 「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。 彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。 それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。 彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが…… (全7話) ※タイトルは「わずらいびと」と読みます ※カクヨムでも掲載しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

バベルの塔の上で

三石成
ホラー
 一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。  友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。  その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。

喰われる

原口源太郎
ホラー
行方知れずだった父が見つかったと連絡があった。父はすでに白骨化していた。私は父の死んでいた場所に花を添えに行った帰りに、山の中で足をくじいてしまった。一人で足を引きすりながら歩く夜の山は恐怖に包まれていた。

放浪さんの放浪記

山代裕春
ホラー
閲覧していただきありがとうございます 注意!過激な表現が含まれています 苦手な方はそっとバックしてください 登場人物 放浪さん 明るい性格だが影がある 怪談と番茶とお菓子が大好き 嫌いなものは、家族(特に母親)

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/1/17:『ねえ』の章を追加。2025/1/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/16:『よみち』の章を追加。2025/1/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/15:『えがお』の章を追加。2025/1/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/14:『にかい』の章を追加。2025/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/13:『かしや』の章を追加。2025/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/12:『すなば』の章を追加。2025/1/19の朝8時頃より公開開始予定。 2025/1/11:『よなかのきせい』の章を追加。2025/1/18の朝8時頃より公開開始予定。

処理中です...